第28回 稀に見る加速


 本を求めて書店に行くのは、まぁ普通のことなのだけど、今回買おうと思っていたものは少々特別だというか、珍しいというか、兎にも角にも専門的な一冊で、販売している店はとある地域にある「そこ」だけだった。



 ずっと前から欲していたのに、「いつか近くに行ったら立ち寄ろう」なんて適当な感覚で過ごしていたから、結構な月日が経っていて――、いや、一度機会があって店に行ったのだが、その日はあいにくと定休日だったから、今回は二度目の挑戦になった。(無駄なチャレンジ精神である)



 その書店はすごく古くからやっていて(こういう曖昧さが適当さの最たる部分)、狭くて、店員は老人が一人。つまりは店のご主人。



 私はようやく目の当たりにした現物を手にしてレジに向かい、「お願いしま~す」と、本をレジに置いた。でもご主人は無反応だった。


「すいませ~ん」とちょっと大きめの声で二回発したのだけど、無反応。


 イスに座って目を閉じていたご主人は、完全に寝入っていた。



 さらにもう一度声をかけると、ようやく目を開けたご主人。目の前に置かれた商品と、私が手にしていたお金を見て、夢現のまま無言で商品を袋に入れて、お金を受け取った。



 ハッキリ言って、そんな事態に遭遇したのは生まれて初めてだった。珍しくもあり、面白い一幕だった。


 欲しかった本は手に入れたわけだけど、果たしてそれを買うべきだったのかなんて今更になって迷っているのは、その本が、ご主人を起こしてまで買い求めるほどの代物だったのか、私には判断がつかないからだ。



 気持ちよさそうに寝ているから、縁がなかったと思って買うのをやめよう。支払わずに財布に留まった数千円は、得したと思えばいいじゃないか。そっちの選択肢もあったはず。



 なにより、その場面、一幕が面白かったせいで、せっかく買った本にそれ以上の面白味を感じられないでいる。


 だから、買った当日にパラパラとページをめくっただけで、まだまともに読んでいない、それがいいんだか悪いんだか、いまになっても私にはよくわからない。






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