第21回 転換点の旋律


 他人の恥なんて、誰も覚えていない。


 つまり、あなたがいつかどこかで恥をかいたとしても、私は覚えていない。逆もまた然り、ということなのだが、この言葉をとある場で目にして「あぁ、確かにそうだなぁ」なんて思った。


 しかしその「あぁ、確かに――」は、改めて言葉として捉えたからこその理解だった。ということは、言葉で(目で)捉えないと、理解、納得できないくらいに大きくて小さな問題でもあるのかもしれない。



 直接的な「恥をかいた」の話ではないのだけど、私はずっと散髪に行けなくて、髪の毛が伸びっ放しになっていた。


 あくまでも個人的に、私は私の髪が伸びて、真ん中で分けているのを見るのが好きじゃない。だから他者に見られることを恥ずかしく思っている部分がある。


 まぁ、整えれば何とかなるのかもしれないが、前髪は目に入るし、側面には癖が出てくるし、と全体的に伸びたところでいいことはない。



 そんなときに友人から出かけようと言われて秋葉原に行った。


 ちょうど日曜日だったこともあって人がたくさんいて、お店の中でもたくさんの人とすれ違うし、通りを歩いていれば、コンセプトカフェの女の子たちが「お兄さん、どうですか?」と訊いてきた。(この「お兄さん」というのが常に不快なのだが)


 でも私の髪の毛の伸び具合なんて、誰も気にしていなかった。



 そりゃそうだ。おそらくすれ違った全員が私と初対面(対面していないが)だったのだから、私が是としている私の髪の長さや形なんて誰も知るわけがない。


 で、先日ようやく床屋さんに行ったのだけど、翌日以降、私が是としている長さや形になった(戻った)ところで、誰がなにを言うわけでもなかった。


 無論、最初から誰も私の髪の長さや形の変化に興味なんてないし、気にすることも無かったから。



 とある小説賞を受賞した作者は、重度の障害を持っていて、約二十年間さまざまな賞に応募したけど全く引っかからなかったという。だから二〇二三年になって初めて障害者が受賞したことを、みんなに考えてもらいたいとコメントしていた。


 正直なところ私は「この人、なに言ってんだろう…」と首を傾げてしまった。




 小説に限らず「作品」と指し示されるものに、作者の容姿も性格も、生活も環境も関係ない。作品は作品自体が他者に表現し得る容姿にも、性格にもなっているのではないか。



 なぜ二〇二三年になって障害者が初めて受賞したのか。


 否、そこんとこは単純にその人が今回書いた作品が評価されたというだけだし、いままで応募してきた賞に、その作者の作品がそぐわなかっただけで、当人がある種負い目だと感じていた体の障害云々が理由ではない。(応募作品に作者の全身写真を添付するわけでもないのだから)



「なぜ二〇二三年になって――」みたいな言いかたをしてしまうと、いままでは「障害を持っているから落とされた」ということになってしまう。


 それは私の髪の毛と同様、「誰も知らない(無関心な)ただの自意識」だから、被害妄想になってしまう。


 作品は受賞に値したんだろうけど、違う部分でなんかガッカリした。




 某アニメーション会社に火をつけた者に関しては、「(作品を)パクられた」は、設定としてそこに世界があって、人物がいて名前があれば、大半の作品はすでに、数百年前から連綿としている「パクリ」になってしまうのではないか。


 という言いかたは少々雑だけど、たったそのひとつだけが誰かの作品と酷似していた(本当に盗用された)から、腹が立ったのだとすれば、それは圧倒的に数が少ない(と私は思う)。



 というか、たったひとつに対してそこまでの感情になってしまう者は、その「たったひとつ」しか作れなかったのではないか。

(なんだか語弊があるような気もするけど、どうにもこういう表現しかできない…)


 もし本当に「パクられた」のであっても、ただの思い込みだったとしても、その瞬間は悔しがって、でも見返すためにもっとすごい面白いものを作れば、作ろうとすればよかっただけだろう。


 つまりは「飢え」とか「渇き」に似た当人の意欲の問題。



 短期間の苦労で成せる事柄なんてたいしたものじゃないし、それをやることを、その時間を面白がれないのなら、さっさとその事柄から手を引いて、他者のために道を開けたほうが賢明だ。


 怒りにまかせて誰の命を奪ったところで、なにが生まれるのでも、なにが完成するのでもないんだし。




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