第17回 魅力的な沈黙


 時々、相手や世間一般と自分自身の違いをどうやって、なにを基準にはかるべきなのだろうか、なんて考えてしまう。しかし答えは簡単だ。


「そんなことを考える必要は無い」



 いや、でもはかりたくなるというか、無意識のうちに比較していることもあるその無意識のうちに現れたものさしは、私のどういう部分なのか。そこんとこは、ほんのりと気になる。



 ネット上でとある人が、とある有名人、芸能人の書いたエッセイ――著者がいまの立ち位置を得るまでに経た、苦悩や挫折を記した本を読んだ感想として、


「こんなの挫折でもなんでもない」


 と言っていた。



 というのも、著者はきっと結構裕福な家庭で育っている(はず)。


 幼いころから様々な習い事を経験していて、それらを活かせるような(活かすような)学校に進学できて…、と、ものすごくわかりやすくいうと「いいとこの子」というやつなのだと思う。

(進学に関しては、家の家計事情以上に本人の学力が重要なのだが…)



 著者が「挫折だ」と示していた事柄は、進学した学校で多様な理由が重なって、受けたかった授業が受けられなくなったとかそういうものだった。



 感想を言っていたネット上のとある人は、


「自分は幼少期から家庭環境が悪かったし、進学した先もランクが低かった」


 というような、相手と自分の比較をしていた。



 私がそれらをどう思ったのかはちょいと横に置いておくことにする。


 あっ、いや、ハッキリ言ってしまえば、どっちもどっちで「あぁ」とか「へぇ」としか思わないから。



 それを挫折だと感じる度合いは人によって違うし、たったひとつのものさしで、まるで違う二者をはかることなんでできない。



 たとえば、私が苦しいとか、最悪だとか、不幸だとか感じる「0」の地点から、楽しいとか、最高だとか、幸福だと感じる「100」までの地点、その距離があったとする。


 でも、私にとっての日常、普通と示せる「50」の地点が、誰かにとっては「0」地点の場合もあるし、別の誰かにとっては「100」の場合もある。


 そこで両者に「なんでだよ!」「ホントにそれでいいの?」なんて言ってしまったら、それは私が私のものさしで「誰か」をはかってしまっていることになる。



 そりゃまぁ、上を見れば、いまの自分の立ち位置を、境遇や親の育てかたのせいにしたくなるときもある。


 あのとき母が私の描いた絵を笑わなければ、いまでもペンを投げ出さずに、海とイルカのキラキラした絵を描き続けて、そのコピー品を駅前の画廊で通常の何倍もの値段で、気の弱そうな人たちに売りつけて儲けていたかもしれない。


 そしていずれは名前を「ラ〇セン」と改めることに――(よしなさい)



 バカにされたとか、悔しい思いをしたとか、境遇が悪いとか、そういう理由をつけて物事を投げ出すことは、投げ出すことこそが最も簡単な方法のはず。


 だから私が絵を描かなくなった理由が、本当に前述の「母に笑われたから」なのだとすれば、しかし私はそれ以前から(幼いころの話なのだけど)「絵を描くこと」にある程度の限界を感じていたとかそういうことにもなるのではないか。



 誰かとなにかを比較してしまったとして、そこに悔しさを実感した、実感できてしまったのなら、そのときは立場や境遇なんて度外視して、「誰か」と対等かそれ以上になれるように努力するしかない(と、私は思う)。


 それでもダメだったら、いい意味で素直に諦めて、別の道を探して進むのがいい。



 生まれたばかりのお馬さんや象さんが立ち上がるまでの映像を見た。


 どの子も生まれてすぐに立ち上がれなければ、すでに「生」の外側に放り出されてしまう。つまり、生まれてすぐに死ぬことになる。



 映像を見たとき、


「あぁ、この子たちには挫折する暇なんて与えられてないんだなぁ」


 なんて思った。



 人間の「生」には、挫ける、折れる時間的余裕が、他者と自分を比較して落ち込む暇があるんだとも思ったら、「頑張る」という言葉に不思議と説得力が生まれた。




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