第5回 結論と違う結果


 私は姉の子ども、つまり甥っ子がこの世に誕生した数日後からその存在をこの目で見ていた。もっと言ってしまえば、姉のお腹の中にいたころから、その存在を理解していた。


 そして、寝転がって泣くことで何かを訴えることしかできなかった新生児だったのが、走れるようになった、言葉らしき音を発するようになったという報告を聞いて、そのたびに「すごいなぁ」とその成長に感心してきた。



 ちょうど先日、姉夫婦が家にやってきて、実際に甥っ子があれこれ喋っているのを目の当たりにした。


 まだ拙いのだけど、本当に喋っていた。「別人なのでは?」と疑いたくなるくらいに人間として成長していた。



 立ったり歩いたり喋ったりというそれらの行為すべては、彼がこの世に誕生してから、ほんの数年内で出来るようになった事柄だ。


 たったそれだけの時間の中でおおよそ人間としての基礎の「き」の字の半分くらいまでを、拙いまでも自力でこなそうとしている、してしまえる一種の本能、能力に驚いた。



 その驚きは甥っ子だけではなく、この世に生まれてきたちびっ子みんなに言えるわけだけど、しかしそうやって「すごいなぁ」と言っている私自身は、同一の時間の流れの中で果たしてなにか成長した部分があったのか。


 そんなある種の恐怖を含んだ疑問を、とある人の前で口にしたら、


「人が持つ単一の事柄への考えかたも答えも、年齢を経るごとに常に変化するのではないか」


 というような答えをもらった。



 ということは、甥っ子への私の感覚、その時間速度への体感は「いまの私」だからこそであって、じゃあもしもいま私が十代だったら、二十代前半だったら、もっと他の感覚を抱いていたのか、もしくはそんなことに向ける感覚すらなかったのか。



 近年、外で遊ぶちびっ子の声をあまり聞かないのは、某ウイルス以前の、もっと大きな要因があるはずだ。


 なんていいながら、その要因を指し示せないから「変移」としか言いようがないそれ自体も、ちびっ子をちびっ子として確立させ得る時代とか文化とか、多様なものを含んでいる。



 ある日、午後七時くらいまで外で遊んでいるちびっ子たちの声を聞いたとき、確かに私自身も小学生の頃は、日が暮れても誰かがそろそろ夕飯の時間だとかなんとか言わないと、ずっと遊んでいた記憶がある。


 というのもそうだし、甥っ子の成長を知るときもそうだし、特定の音楽聴いたときも、ほんの一瞬だけ「物悲しさ」に触れる。触れたその感覚がしばらく尾を引く。



「物悲しさ」つまりは「なんとなくの悲しさ」だから、私のどこの何によって作用しているのか、琴線に触れているのかわかっていないのだけど、でも安易に推察してしまえる単一のキーワードは「懐かしさ」なのだと思う。



「懐かしさだってことは、そう思い出せる、なにか特別な記憶でもあるのか?」


 なんて問われると、あいにくだが「そんなモンはない」と即答する。


 それとして思い出せるなにもないからこそ、「物悲しさ」としてありもしない何かを思い出そうとしているのではないか。


 なんてのは矛盾しているのだろうけど、だとすれば、過去に触れたときに実感する懐かしさや物悲しさを包括している表皮は、あるいはおしなべて「後悔」なのではないか。



 というのはいまの私の考えだから、やっぱりとある人が出した「時間と共に思考と答えは変化する」は正しい流れなのだろう。


 しかし、ここで実際に「後悔」のほうに引きずられていく、自ら駆け寄ることがバカバカしいこの「バカバカしさ」は、少し前に言った、いま私が十代だったら、二十代前半だったら、どういう感覚を抱いていただろうという疑問へのバカバカしさと同じものだ。



 後悔なんていうのは、ここまで生きてきた自分自身を否定している気がするし、成功しているか否かよりも、いまの自分を肯定してあげることがなによりも大切なのではないか。



 って、どこかの自己啓発本とか、気取ったタレントがフォトブックの中でオフショットの横に記していそうな文言を、イメージして言ってみたのだが(そんなの読んだことないけど…)


 結局のところ、私はいまの私の状態とか立ち位置で物事を捉えたり考えたりすることしかできないのだから、よくも悪くも、見出すべき「ホントのこと」は目の前にある「そこ」でしかない、ということである。





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