第3回 悲しみの着地点
アリシアは相手が誰であろうと、どんな人物だろうと、興味があれば近付いて、しつこいくらいにまとわりつく。特に見知った相手に関してはそれが色濃く出る。
自宅から道を挟んだ向かい側の奥の家にはおばあちゃんが住んでいる。アリシアは散歩の途中でわざわざ家の前まで行って、おばあちゃんが出てこないかしばらく待つこともあった。
アリシアが見知っているもう一人は、十四歳だったか十五歳になる老いたシーズー犬を連れている明るいおじさん。
時々は奥さんが連れているときもあるが、でも大半はおじさんが連れている。
散歩のときもよく会うみたいだし、日曜日の午前中に父が洗車をしていると、家の前を通りかかったおじさんが父と挨拶を交わしたあとに、
「あら~、アリシアちゃん!」
と、開け放たれた窓から外を眺めているアリシアに向けられた、少し高い声を私は何度も耳にしていた。
正直なところ、そこまでおじさんに懐いているアリシアのことも、アリシアのことを必要以上に可愛がるおじさんのことも、老いたシーズー犬は常に不機嫌そうに眺めていたらしいし、アリシアがシーズー犬に挨拶をしようとすると、結構な具合で怒るという。
いわゆる嫉妬なのだろう。そりゃそうだろうなんて思わないでもない。
「あら~、アリシアちゃん! どうしたの~、ん~、ん~、そっかそっか~!」
この「ん~、ん~」の部分は、アリシアがおじさんの顔、特に口の周りを重点的に舐めているタイミングらしくて、父は内心、「アリシア、やめろ!」と思っていたという。
私はそれを聞いてゲラゲラ笑っていた。でも、もし生前のチューちゃんの頬に、他人(おじさん)が「可愛いねぇ~」なんていいながら、チューをしていたら、きっと私もムッとしたに違いない。
ある日、母がふと、
「そういえば、最近おじさんの姿を見かけない」
と言い出した。
確かに私も、最近は日曜日の朝の「あら~、アリシアちゃん」という少々高い声を耳にしていないことを思い出した。
私と母の頭をよぎったのは、老いたシーズー犬のことだった。
話を聞く限りでは、まだまだ元気そうだったみたいだけど、ルークは老いても走り回るくらい元気だったのが、ある日の夜、不意にガクッと崩れるように倒れて、そこから一時間もしないうちに息を引き取った。
だからおじさんのところのシーズー犬も、ともすれば急に亡くなったのかもしれないし、もしそうだとすれば、散歩に出る理由もなくなってしまうだろう。という話で結論付けた。
それから少し経って、アリシアの散歩中だった父がおじさんの奥さんに道端で会った。やっぱり奥さんはシーズー犬を連れていなかった。
どうしても気になった父がそのことを訊いてみたら、約三週間前におじさんが亡くなったのだという。
おじさんはガンを患っていたようで、体の表面に違和感(腫れ)として出たのが、下半身のちょっと人に見せるのが恥ずかしい部分だったから放っておいたら、病院に行ったときにはもうかなり病状が進行していたらしい。
その実、母は術後のおじさんが老いたシーズー犬と散歩していたときに、一度だけ会っていた。
「何の、どういう」という部分は訊かなかった(訊けなかった)ものの、手術をしたことだけはおじさんの口から直接聞いていた。でもそのときも、あまり調子がよさそうには見えなかったという。
おじさんが連れていたシーズー犬はまだ元気で、奥さんは、
「いまはあの子が気を紛らわせてくれている」
と言っていたらしい。
アリシアはその事実をまだ知らない。
いや、この先もずっと知ることはないのだろう。
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