第2回 空箱の異端児


 前回、アリシアの名前を出したから(今後もそれなりに出てくるので)彼女のことを少し話しておこうと思う。


 アリシアはミニチュアダックスフントの女の子で、いまは確か五歳だったと思う。


 ここに初めて名前を出したときはまだ元気に走り回っていたのだけど、2024年現在は、病気を経て若干足が不自由になってしまったから走ることはできないが、それでも元気に生活している。



 彼女以前に、我が家には同じダックスのルークと、ミニチュアシュナウザーのシェルという男の子がいた。どちらもアリシアが家にやってくる前年までに亡くなった。



 アリシアが家にやってきた理由として大きかったのは、おそらく両親(特に父親)のペットロスだと思う。


 正直なところ、私はその「ペットロス」というある種の心理的な現象によって、新たに動物を迎え入れるという行為を否定的に考えているのは、結局それって人間が自分自身の悲しみを埋めているだけだ、と考えているからだ。



 我が家には犬だけでなく、ウサギもいた。その子はポーという名前の垂れ耳ウサギで、でも私はチューちゃんと呼んでいたその子は、私の自室で生活していたから、個人的には特に思い入れが強い。


 というか、我が子のように育てていたから、2017年に彼が亡くなったときには絶望した。


 いまだにその悲しみは癒えていないし、寂しいとさえ感じる。だからこそ、私は種としてウサギが大好きだとしても、新たに別の子を迎え入れることがもうずっとできないでいる。



 アリシアが我が家にやってきたばかりのころ、両親の行動を見て「自分自身の悲しみを埋めるためだけに」という言葉が顕著だと思ったのは、彼女を「犬」としてしか見ていないような部分があったからだ。


 根本的に個として捉えれば、性格の違いはあるし、無論、犬にだって男女の違いはある。特にルークはアリシアと同じミニチュアダックスフントだから、後者の違いを比較しやすい。


 ルークは筋肉量が多くて、尻肉なんかは老いてもパンッと張っていた。


 でもアリシアは女の子で筋肉量が(ルークと比較して)少ないから、当時の記憶をひきずっているそのままの状態(知識、情報というべきか)で、両親は、


「この子は他の犬(特にルーク)と比べて運動量が少ない」


 なんて、個々の違いを理解しようとせずに、ズレた視点で差異や平均値を誤認したまま、アリシアではなく「犬」を考えていた。



 十年くらい前に読んだ本を、改めて読んでいたら、とある話題の中で作者が、


「いま(すでに約十年前の話である)は保証やサービスをたくさんつけてくれるペットショップがある」


 と書いていた。


 詳しく話すと細かく長くなるから割愛させてもらうのだけど、すごく簡単に結論を言ってしまえば、その店の言いなりになって、店側が出している説明等々を鵜呑みにすることしかできない人は、それだけの人でしかない。



「その子(この子)」が欲しいと思っているのに、「その子(この子)」の前提となっている、犬や猫やウサギそのもののことでさえも自分で調べよう、学ぼう、理解しようとしない人は、そもそも動物と暮らしても一切の成長(人間的な)がないと書いていた。



 そして、さらにそのあとに、


「むしろそういう人間と暮らさなければいけない諸動物にとっては、その時間は悲劇でしかない」


 というようなことも書いていた。


 私はそれを読んで「そうだよなぁ」なんて思ったし、十年前にも「そうだよなぁ」と言ったかもしれない。



 だとすれば、じゃあ今回の話題の正解は何なんだ?


 そう問われたら、きっとある一定の答えは出せると思う。でもその答え自体も「人間側の身勝手な主張」でしかないのだとも思う。



 両親の言動を見聞きして首を傾げ続けている私だって、同じ屋根の下に住んでいるということは、傍から見れば「同じ」でしかないし、この家で生活している中でのアリシアの本音なんて、アリシアにしかわからない。


 もしも、もっと明確に他種との意思疎通をはかれたら、きっと私はチューちゃんをさらに大きく愛せていたと、そう信じている。




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