第8話 クラブ活動

シローオザキ 蟹高専きっての秀才。成績優秀、品行方正。

同級生は彼の怒っているところを見た事がないと言い、教師達は揃って彼を褒め称えた。彼が特殊任務であるプロレタリアの搭乗者に選ばれたのは当然の事だろう。それに対して、彼は大きな感動も抱いていなかった。彼は至極冷静に、目標へ一歩近づいたことだけを理解していた。タキジやチュウヤと違い、彼は蟹に家族を奪われていたわけではない。彼には何処か仄暗い、蟹への執着があった。ともすればある意味、彼と彼の親族の一生を蟹は奪ったのかもしれない。彼の一生は蟹とともにあった。それは彼の出生を辿れば自ずと判明する。彼の母方の祖父は、食用蟹巨大化のシステムを開発した食品会社の会長だったのである。事故とはいえ国及び世界を動かしかねないスイッチを押した祖父は世論の非難を一身に浴びる事になった。たとえそれが一人の責任と言うには余りにも多くの人の手によるものだとしても、だ。

「責任とは、そう言うものなんだよ」

それでも祖父はシローに優しくそういった。父もまた、蟹の研究に一生を捧げる道を選んだようだった。なら、自分もそうあろう。会社が、世界が、誰がなんと言おうと、自分達血の繋がった家族だけは、祖父を信じていよう。祖父のミスを責めずにいよう。たとえばそう、自分が蟹を一掃する人間になれたら、もしかしたら。


そんなシローの思いを知るものは、蟹高専には誰もいなかった。

名前も違っていれば、自らの事を話さず、笑いながら人の話を聞く彼の身の上の秘密は守られた。ましてやその事がわかったとはいえ、彼の実力は本物だったのだ。

だからこそ、彼が消えた時に、彼の行く先も彼の思惑も、誰も思い当たらなかった。


「シロー先輩、結局誰にも心を開いてなかったんと違うかな」

そう言うチュウヤの顔には複雑な表情が浮かんでいたが、タキジは彼にかけられる言葉を持っていなかった。二人の関係性に入り込むほどデリカシーがないわけではなかったし、ましてや偶然とはいえその原因は自分にある事もわかっていた。

「なんだか、悪いことしたのかな」

そう、タキジがつぶやいた瞬間、二人のポケットの端末がけたたましく緊急事態を告げた。蟹高専の生徒としてではなく、甲殻機動隊の特殊隊員としての二人に召集がかかったのである。突然の事に慌てているタキジの背中を叩き、チュウヤはすでに走り出していた。

「切り替えていくで、タキジ」

その声だけ残すと、チュウヤの背中はみるみる小さくなっていく。

「は、走るの早いな!」

思わず声を上げながら、タキジもその背中を追って走り出した。



「おうおう、きたなぁ、坊主ども」

機動隊に配備された装甲車のドアを開けるとそこにいたのはカフーナガイだった。

髭を撫で付けながら、咥えたばこで端末を操作しているカフーの他には、痩せぎすの背の高い男が一人装甲車の中に入るばかりだった。

「特殊隊員 チュウヤナカハラです」

「特殊隊員 タキジコバヤシです」

柔らかい雰囲気を持っていてもカフーは上官である。形式的な礼を欠かすほど二人は慣れているわけでもなかった。

「僕ははじめましてかな。特殊隊員のカーンキクチです」

「特殊隊員というか、坊主どものおもちゃ作ったのはこの兄ちゃんだ」

「あはは、おもちゃじゃないんだけどね。プロレタリアの運用が前回の件でなし崩し的に決定しちゃったからね。配属されました。」

ケラケラと楽しげに笑うカーンを前にしても二人の緊張は解けることはなかった。

「座っていいぞ、坊主ども」

カフーに促され、二人は椅子に腰を下ろした。

装甲車の後部座席は円卓が配置しており、壁面には多くの機材やコンソールが設置されている。カフーは円卓に大型の自分の端末を置くと二人に示した。

「蟹だ。前回よりも大型、特殊形状が見られる」

巨大蟹は基本的にはタラバガニに似た形状の物と毛蟹に似た形状の物が存在している。前回タキジが倒したのは手足の短い毛蟹型だった。その二体を基本型と分類しているが、それらとは違う形状を持つものは特殊形状とされる。これは蟹が工場を離れ人間の手から自然に身を晒した上での形状進化とも言える。

より、餌が取りやすいよう、より外敵を効率的に倒せるよう、カニは猛スピードで進化していく。蟹同士での情報共有が行われているかは分からないが、おそらくは前回の様に死骸を捕食する事により情報を取り入れていると機関は判断している。


蟹による共有進化活動 クラブ活動である。


「右鋏が、大きい?」

「目測だがそっちが利き腕だろうな、鉄骨をバターみたいに切りやがる」

「外殻を切断、左の細かい鋏で小さな餌を捕食、って感じかな」

資料に示された数枚の画像が、二人の説明を裏付けていた。

「ちなみにプロレタリアの装甲でこれを試す気はないけど、まぁ、挟まれたらただじゃ済まないだろうねぇ」

カーンはそういうとまたケラケラと笑ったが、タキジは正直に恐れていた。

プロレタリアに乗った自分の数少ない経験を持ってしても、この鋏は脅威なのではないだろうか。何度も何度も不意打ちが成功するとは思えない。ましてや攻撃を掻い潜っての戦闘ができるほど、プロレタリアの動きが速いとも思えない。プロレタリアの優位性は、巨大蟹に対して通用する攻撃手段を持っている、ということであり、そして周辺被害を最小に抑えるために遠距離の攻撃手段は装備されていないのである。火力が強い、ということは被害が広がる確率が高い、と同義なのだ。

「一人で倒すんじゃない、そのために作戦がある。気負うなよ、坊主」

タバコの煙を吐き出しながら、カフーが笑う。そこには自分達のバックアップ、及び今までの対蟹行動を行ってきた経験に対する自信が滲んでいた。

少し、タキジは緊張がほぐれた様な気がして、ぐ、と拳を握りしめた。

「さて、それじゃあ作戦を説明するね、でも、その前に」

カーンがそう言いながら円卓に腰掛けると同時に、今までの様子とは打って変わって真面目な口調で言葉を続けた。

「タキジくん、今回の作戦では君にプロレタリアを降りてもらうから」

す、とメガネを人差し指で持ち上げながら言うカーンの言葉に、タキジの動きが止まった。

「どう言うことですか?」

「言葉通りの意味だよ。まだ正式な訓練も積んでいない君に任せるにはプロレタリアは高すぎるおもちゃなんだよ」

カーンとタキジのやり取りを横目に見ながら、カフーはタバコをポケットから取り出した灰皿に押し付け、チュウヤは今にも殴り合いそうになるタキジとカーンを見比べながらオロオロしていた。

「訓練を受けて死ぬ確率を減らしてからじゃないと不安で俺たちには任せられねぇと言うのが制服さんのご意見なんだとよ」

「そんな言い方」

「そう言うことだろ。誤魔化すんじゃねぇよ」

今度はカフーとカーンの空気が悪くなってしまう。装甲車が嫌な空気に包まれそうになったところに

「したら、俺が乗るって、そう言うことですよね」

チュウヤの声が割って入る。

「ああ、そう言うことになるん、だ」

そこまで言って、カーンは言葉を飲んだ。


チュウヤの目には、見て取れるほどの、真黒の復讐の炎が燃えていた。

快活で活発な少年の面影は、そこには微塵も残っていなかった。

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