第7話 蟹高専

対巨大蟹専門のエキスパート、甲殻機動隊。

正式には国家公安委員会の外部組織であり、これは巨大蟹の管理が外交的な問題を多く抱えているからである。日本企業が開発した技術で巨大化した蟹が諸外国に流出しないように管理する必要もあり、その為に研究、捕獲すら自国内で完結する必要がある。蟹は災害として対策すればいいというわけではないのである。だからこそ、特殊な教育が必要なのである。


国立の対蟹研究専門高等教育学校

蟹高専である


タキジは今、その教室に座っていた。

学校の教室というには狭いその部屋には長机が一つ。どちらかといえばワーキングスペースに近い無骨な部屋である。蟹高専はその機密性や取り扱う情報の性質上、一年に入学できる人間はごく少数である。だからこそ精鋭を育て上げることができるのではあるが、閉鎖的な環境においては特殊なヒエラルキーが形成される。

基本的に編入という事がありえない蟹高専で、タキジは孤立していた。

「ねぇ、アレってあの転校生なんでしょ」

「蟹を倒したって本当なのか」

「秘密に開発された兵器に乗ってたって本当なの?」

数人しかいない教室で周囲に噂されながらタキジが感じていたのは、居心地の悪さだった。そもそも蟹の管理のプロフェッショナルを育てるこの蟹高専にいる生徒達と蟹を倒すことを経験し、復讐を心の底に燃やしているタキジとは、モチベーションも違う。表立ってそれを表す事もないが、どうにも部外者である感覚が拭えなかったのだ。タキジにとって、こんな教育すら必要かどうかもわからなかったのだ。

どんな意図があってムシャノコウジはここに自分を入れたのかも理解できず、同世代の少年少女達に囲まれて、タキジは退屈だった。もっといえば、自分がこうして安穏と教室にいるのに、被害を受けたアキコは元の生活に戻れてもいないという事に苛立ちを感じてすらいた。


急に、教室のドアが開いた。生徒たちが目をやると、そこには目つきの悪い小柄な生徒が立っていた。どうやら、他の学年の生徒のようだった。

「転校生ってどいつや」

大きくはないが、とても通る声でそう告げると、彼は教室を見回した。

タキジの同級生達は答える事はなかったが、どうやら視線でタキジの事だと理解したらしく、彼はまっすぐタキジの元に歩みを進めると、ピタリと目の前に立つと、タキジを見上げるとフン、と鼻を一度鳴らすとこう言った。

「話がある。顔貸してくれや」

そういうと、彼はタキジの返事も待たず、踵を返して歩き出した。

どうしたものか、別に無視をしても良いのだけれど、とタキジは思ったが、この状態の教室に残り続けるのも居心地が悪い。諦めて行くしかないか、とタキジは仕方なく腰を上げてついて行く事にした。


「あんな、転校生。場合によっちゃあ俺はお前を殴らなあかん」

校舎裏までついていったタキジに告げられたのは、理不尽な予告だった。

あまりにも唐突なその言葉に、タキジは何もいえなくなってしまった。

「まぁ、まずは自己紹介やな。俺の名前はチュウヤ ナカハラ、蟹高専の二年や」

チュウヤはそういうと、その場に座り込んだ。

「お前が乗ったプロレタリアのパイロット候補、正確に言えばその補欠や」

その言葉に、タキジは驚きを隠せなかった。プロレタリアの存在は極秘だと聞いていたのだ。その名前をあの場にいなかった人間から聞く事があるとは思わなかった

「ま、俺がなんで呼び出したかわかるやろ」

「なんとなく、かな」

タキジはチュウヤの声に敵意がないことを感じ、その横に同じように座り込んだ。

ぼんやりと、グラウンドを二人で眺めながら、少しの時間が流れた。

「正パイロット候補は三年生のシローオザキ、俺は補欠。まぁ、それでも成績優秀者や。二年からはカニカマの実習も始まる。俺らは優秀やから現場に出る事もあった」

そういうチュウヤは何かを思いだすかのように手を握っては開きを繰り返す。

「初めてプロレタリアの事教わった時は震えたでぇ、蟹を倒すなんて考えた事もなかったからな。そもそも人間の手に負えるものやないって事を一年みっちり叩き込まれた後やからな」

チュウヤの言う通り、蟹高専のカリキュラムは一年は基本座学を行い、蟹の生態について判明していることや、習性、そしてその為に機動隊が取りうる作戦を叩き込まれる。それは基本的には蟹による被害を少なくする為に蟹を市街地から引き剥がし、追い返す、海へ逃がす為の作戦である。蟹の撃破という視点はそもそも存在しないのだ。

「転校生、高専生はな、いろんな理由で入ってきたやつがいるが、モチベーションが一番続くやつは、お前や俺と同じ理由の奴や」

「・・・復讐」

「俺は妹がやられた。妹を殺した蟹を倒せるって聞いた時、俺は震えたね」

チュウヤは拳を握りしめた。その時、二人は同じ光を目に湛えていた。暗い、確かな炎だった。

「シロー先輩はちゃうかった。あの人は蟹の研究の一環やと思ってた。ただ、粛々と任務を拝命して、その為の教育もスポンジみたいに飲み込んではった。元々あの人は蟹を殺す気はなかったんと違うかな。研究者タイプというか、逆に怖いところもあったけどな。研究のためなら、まぁ、死体の方が楽ならやったるかぁ、みたいな冷たい目をしてはるときもあったなぁ」

シローの事を話す時のチュウヤは憧れの強い目をしていて、タキジは理解した。突然のアクシデントとはいえ、自分がプロレタリアに搭乗し、適正ありと判断したために、繰り下げてパイロットの座をこの二人から奪ってしまったのだろう。その事で振り上げた拳をどこに下ろして良いのかわからない気持ちは、今のタキジには理解できた。自分でさえ、今蟹から少し遠ざけられている現状にイラついている。しかし自分は復讐を遂げる未来がある。チュウヤはそれを横から自分はに奪われてしまったのだ。場合によっちゃあ殴る、と言ったチュウヤの怒りも自然なものかもしれない、と何処か納得していた。

しかし、チュウヤが告げたのは、タキジの予想とは大きく外れていた。


「シロー先輩、プロレタリアのパイロットじゃなくなってすぐ、失踪しはってん」

「失踪? 一体どこに?」

「それはわからん。だからな、シロー先輩そこまで追い込んだやつがヘラヘラした奴やったら、殴ろうと思ったんや」


そういうチュウヤの目は、憧れと、その憧れが裏切られた捨て犬のような感情が複雑に入り組んだ色をしていた。

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