第2話 甲殻機動隊
巨大蟹の襲来により、漁港は大混乱に陥っていた。
逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供。
シェルターに向かって避難を始める冷静さを誰もが持っているわけではない。
立ち止まり、絶望する者も多かったが、そんな事にを気に止めることもなく、蟹は我が物顔で建物を押し潰しながら歩いていく。その姿はどこか楽しげにも見えた。
そこに颯爽と駆け込んでいく複数の影があった。
「足を止めるな!シェルターに逃げ込め!蟹は待ってくれないぞ!」
スピーカーから声が響き、その声で我に帰るように人々は再び動き始めた。
警察や自衛隊だけでは対応しきれない巨大蟹専門の国家対策機関が到着したのだ。
甲殻機動隊である。
精鋭で構成され、最新鋭の対蟹装備を配備された彼らはプロフェッショナルだ。
通報を受けて漁港に現れた彼らは見事な手際で住民の避難誘導を始めた。
それだけではない、建物の上や破壊された残骸の上に陣取り、誘導路確保のために、蟹の足止めに転じるのだ。放たれる銃弾が蟹の甲羅を少しずつ削っていく。
「しかし硬くて難儀だなぁ」
「文句を言わずに撃ち続けろ」
そんな会話を交わしながら、しかし効果的に彼らの作戦は展開していく。
「少佐ぁ、到着しましたぁ」
第一陣に遅れて到着したのは、人間ではなかった。
「遅いぞ!カニカマ!」
カニカマ。そう呼ばれたのは、彼ら甲殻機動隊の特色である、自立式多脚思考戦車であった。鹵獲された小型巨大蟹(小型といっても軽自動車くらいの大きさはある)の甲羅を用いて作られたそれは、対蟹戦闘に於いて最も効果的であるとされている。どういった原理かはわからないが、彼らはカニカマを自分達と同じ蟹であると認識し、その行動を制限、制御することが可能になるのである。
しかしそれは、甲殻機動隊、および人類の限界を表していた。
人類は巨大蟹に対して避難や目標を逸らして逃げるという手段しか残されておらず、蟹自体を倒すには周辺地域に多大な被害をもたらす巨大火力を用いるしかないのである。それは自国への大きなダメージをランダムなスパンで負い続ける必要がある上、火力保持は他国への外交的な面でも火種となりかねないのである。だからこそ、巨大蟹が出現した後にそれを海へ押し戻す、という微力な対処療法しか持っていないのである。
「ジリ貧、だな」
カニカマと同じ原理の蟹の甲羅を用いた防護服、甲殻迷彩に身を包んだ、先ほど少佐と呼ばれた隊員がポツリと呟いた。その声には、ほんの少しの諦めの色すら感じられた。その時である。
将棋盤の様に整然と配置された甲殻機動隊員達の陣形を崩すように、何か巨大な物が蟹に向かってものすごい勢いで近づいて行く。
「な、なんだぁ?」
今まさに蟹の誘導を始めようとしていたカニカマが、自分の横を通り抜けた存在を認識して周囲の状況には合わない呑気な声をあげたのと、その近づいてきた何者かが巨大蟹を思い切り殴りつけたのは、同じタイミングだった。
その巨大な何かは、鈍い金属の光を放つ、人型をした何かだった。
漁港という場所におけるロボットという単語には似つかわしくないしなやかなシルエットのそれが放った拳は、銃弾では細かな傷しかつかなった堅牢な蟹の甲羅を易々と砕いていた。
場面は少し過去へと遡る。
アキコを置いて走っていったタキジは土地勘を生かし、蟹の被害を受けることなく蟹が避けて通った建物へと辿り着くことができた。巧妙にカモフラージュされてはいるが、漁船や漁具を保管している建物とは様子が違うのは、普段それらを取り扱っているタキジには簡単に感じ取れた。その違和感の一番大きな場所へ、タキジはまっすぐ歩いていく。漁船とは比べ物にならない大きさの何かにかけられた防護シートを少しだけ捲り上げると、そこにはやはり見慣れないものがあった。
「・・・ロボット?」
確かに、それは人型をしていた。丁度天蓋付きのベッドに横たわるように防護シートをかけられたそのロボットは、小さな機動音を響かせながら、タキジを待っていたかのようにも見えた。
「蟹は、こいつを嫌がって近づかなかったのか?」
恐る恐る近づくと、そのロボットの恐らくコクピットと思える場所が開いているのが目に留まった。タキジには、選択肢がない様に思えた。
破壊されて行く漁港、叫び声、泣いているアキコ、かつて蟹に殺された両親、色々な記憶がコクピットに近づいていくに連れてハッキリしていく気がした。
「僕は・・・男の子だからな」
そう呟くと、タキジはコクピットに飛び込んだ。
彼を迎え入れるように、待機状態だったモニターが輝きを取り戻し、機動音が徐々に大きくなる。タキジがコクピットに設置されているヘッドギアをつけると、ハッチが自動で閉まる。
「こいつ、思考で動くのか」
タキジの言葉に答えるように、ロボットはゆっくりと立ち上がった。
場面は再び現在へと戻る。
「効いてる、やれる!」
コクピットの中で、タキジは拳を握り直した。
そう、巨大蟹を殴りつけたロボットはタキジが操っているのである。
タキジのフラストレーションをぶちまけるかのように、ロボットの拳は蟹の甲羅を砕いていく。蟹は突然の事に何が起きているのかわからず、動きをとめその打撃をただ受け止めている。周囲の甲殻機動隊も、突然の事態に対応できずにいた。
「おいおい、なんだアイツ、やっつけちまうんじゃねぇか」
「プロレタリア・・・」
「なんだ、知ってんのか」
「噂だけね。」
蟹交戦中のロボットを見る少佐の目は、どこか冷たい輝きを蓄えていた。
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