第12話 聖なる魔法と行くべき道
『やっぱりお姉ちゃんは凄いわね、あんりも見習わなくちゃダメよ?頑張ればきっとお姉ちゃんくらい出来るようになれるんだから』
学園に入る前、あんりはごく普通の家庭で生まれ育ってきた。
この学園には裕福な生徒が多いけれど、あんりの家は平凡と言って差し支えのない家庭だった。
そんなあんりがなぜあの学園に入学できたのかというと──努力をした、この一点に尽きる。
『あんり、どこが分からないの?お姉ちゃんに見せてごらん?この間のテストも出来てなかったんだから、ちゃんと勉強しなくちゃでしょ?』
『大丈夫だよ、一人で出来るもん。私だって頑張ればお姉ちゃんと同じくらい頭が良くなれるんだから!』
『本当?分からないことがあったらちゃんと聞くのよ?私はあんりのお姉ちゃんなんだから、何でも手伝うわ』
『二人は仲が良いのね。これならお母さんも安心だわ』
あんりと姉・あいりは文字通り肩を並べ、額を突き合わせ、切磋琢磨して学生生活を送った。
しかし、中学生になってより顕著になったことがある。それはあいりの才能だった。
その片鱗は薄々感じていたのだが、中学生になって勉学や運動に個々の差がつき始めた頃、あいりの才能が嬉々として顔を見せ始めたのだった。
あいりは誇張なくなんでも出来た。
部活動に所属していなくても人並み以上にスポーツに乗じることが出来ていたし、苦手な教科なんてものも存在しなかった。
生徒会にも所属し先生からの信頼も厚く、友達からも尊敬されていた。
欲しいものは何でも手に入っている、そんな万能さに誰もがあいりに憧れていた。
『あんりちゃん、数学で98点も取れたの?うちのクラスで一番だよ!』
『やっぱり双子って一人がすごいともう一人も同じくらいすごいんだね、あんりちゃんって生徒会長の双子の妹なんでしょ?いいなー、あんなに出来るお姉ちゃんがいたら頼りになるよね!』
クラスのみんなは口を揃えてそんなことを言う。
そう、姉は姉でも、あいりはあんりの双子の姉だった。
一卵性双生児である自分たちは顔や声、仕草であっても瓜二つと言われてきた。
両親でさえ自分達を見間違えることがあるくらいだった。
だけどそれは見目の話に過ぎない。
自分たちは鏡合わせのようにそっくりだけれど、同じ人間ではない。だが幸か不幸か、双子であるが故にそれが中途半端に叶ってしまうのだった。
自分も姉のように何でも出来るようになると自惚れてしまうくらいに、あんり達はそっくりだった。
『お姉ちゃん、数学で100点を取ったんですって?やっぱりお姉ちゃんはすごいわね。私の自慢の娘よ』
『ちゃんと対策してたから当たり前よ。そういえばあんりは何点だったの?』
『えっと、私は……』
あんりは98点のテストを後ろ手に隠し、ぐしゃぐしゃに握りしめる。
あいりは誰がどこから見ても天才だ。それこそ授業の内容だけで100点を取ってしまうくらい。
頭の出来が違う、なんて稚拙な褒め言葉だけれど、あいりに関してはそうとしか言えないくらいの天才ぶりだった。
両親もそんなあいりを自慢に思っていた。あんりも自分のことのように姉の偉業を喜んでいたけれど、ある日ふと気が付いてしまう。
姉がいれば自分など不要なのではないかと。
自分達は双子だ。
出来の悪い妹より、なんでもこなす姉が認められるのは当たり前で、姉の方が目をかけられるのは必然で。
どれだけテストでいい点数を取ろうと、その上を行く姉に追いつけない。
努力は必ず実を結ぶだろう。
けれど、それが自分の望む形とは限らない。
だからあんりは、家族の元を離れて聖エクセルシオール学園を受験した。
ここにいれば「
◇
今まで現れたシャドーが倒せておらず、封印されているレギオンに吸収されていた。
その衝撃の事実はあんり達から士気を失わせるのに十分過ぎるほど残酷だった。
「貴様らの爪が甘かったおかげでレギオン様の復活は着実に近付いている。その証拠にあの時計を見てみるがいい」
ロゼは細長い指で時計塔を指さす。
学園の中心に鎮座している時計塔はレギオンが封印されていること以外は何の変哲もない、ただの時計だった。
入寮式の日の異常な針の回転も、あんりたちが
時計塔は何事もなく時を刻み続けている。
「……あれ、まだ三時を過ぎたばかりだったのに。どうしてもう五時になってるの?
「何を言っているのですか
しかし、何故か時計の時間はずれていた。
たったの二時間のずれ。
レギオンが封印する前からあったものだから、むしろ正常に動いている方がおかしいと言えばそれまでなのだけれど。
でも、時計のずれ以外にもおかしなことがある。
それは、同じ時計を見ているのにあんりと
それにあんりは、この時計が本来と違う時間を示していることを以前にも目撃していた。
だからこれは偶然ではなく、紛れもなく今ここで起きている現実なのだと、嫌でも理解してしまう。
「なるほど、ただの人には見えないか。
「さっきから何を言ってる。回りくどい言い方はやめろ!」
「フン、頭の足りない貴様に特別に教えてやろう。この時計の針はレギオン様の復活までの時間を示しているのだ。本来の時間の流れとは違い、シャドーがレギオン様に吸収されればされるほど、この時間は進んでいく。いわばタイムリミットを示しているということだ。あの時計の針が零時を指した時、レギオン様がこの世に復活されるのだ」
『
けれど、レギオンの復活は着実に迫っているとロゼ達は言う。
そう自覚して時計塔を見上げると──まるでレギオンに見つめられているような寒気があんりを襲った。
「このまま貴様らを葬ってやろうと思ったが──思ったよりも体の動きが鈍い。長年メンテナンスをしていなかったからな……。テオ、一度退くぞ」
「ま、待ってよ!本当にレギオンは復活しかけてるの⁉だって私達、あんなに頑張ってシャドーを倒してきたのに……!」
「そうだ。貴様らが倒したと能天気にも勘違いしていたシャドーは、レギオン様の力となって吸収された。それは紛うことなき事実だ」
ロゼはテオに抱えられ、あんりを無機質な瞳で見下ろす。
「貴様らの努力は水の泡になったというわけだ。無駄な足掻きをご苦労だったな」
努力は必ず実を結ぶ。ただし、望む形とは限らない。
愚かにもレギオンの復活を阻止していたと勘違いしていたあんり達は、自分達が何も成していなかったことをまざまざと突きつけられてしまったのだった。
◇
学園長室の空気は重く、長い沈黙が流れていた。
レギオンの復活が確実に近づいている。
その対策を練るためにあんり達は学園長室に集まったのだけれど、息をするのすら
「……事実は受け止めなければいけません。レギオンの復活は近づいている。なら、これ以上彼らの好きにさせてはなりません」
「その通りだ。お前達はシャドーを退け、この学園の生徒達を危険から守ったんだ。結果はどうであれ、それは間違いないことだ、誇っていい」
ソファに座っているカイは腕を組んで長いため息をついた。
「結局、これからはシャドーの仮面みたいな時計を壊せばいいんだろ。だったらやることは決まってる」
「それはそうだが……あの二体の人形が厄介極まりない。特にレイピアを持っていた……テオと言ったか。あいつは時に危険な感じがする」
ヒースはぬいぐるみに戻り、時計に映る自分を眺めながら考え込むように呟いていた。
「あいつらに気を取られていたら仮面を壊すどころか本体に一撃すら入れられなくなってしまう。お前達はよくやってくれているが、シャドーを倒せないことがレギオンの復活に直結すると分かった今……倒せなかったじゃ済まされない。あいつだけは復活させてはいけないんだ」
『セイバーキー』の力をもってしてもシャドーを討つことが出来なかった。そのことがあんり達の気分を鬱屈とさせている。
だがこれからもそれが続いたら、いずれはレギオンが復活してしまう。それは絶対に避けなければならない。
そうなってしまえば、今度こそ本当に今までの努力が無駄になってしまう。
「……
「以前は影も形もありませんでしたが……もしかしたら、今探せば戻っているかも。探す価値はあるかもしれません」
「そ、そうですよね!そうと決まったら早く行きましょう!早くしないと、またいつシャドーが現れるかわかりませんから……!」
あんりはバッと立ち上がり、誰よりも早く学園長室の扉をくぐる。
あとから追いかけてきた
図書室には自習をしている生徒や、静かに本を読んでいる生徒がいた。
そして資料室と同じような振り子時計が壁に掛かっており、かち、かちと音を立てている。
だが中を調べてみると、やはり鍵の形をした窪みしか見つけることができなかった。
「どうして鍵がないの……?もしかして、あのお人形さん達が持って行っちゃったのかな?」
「その可能性はゼロとは言えないが『セイバーキー』は突然現れたんだろう。その現れ方から考えても、その線は薄いと思う。大体、あんな格好の奴らが学園を
ヒースの意見は正しい。
時代錯誤のドレスを身にまとったロゼや、その付き人のテオが堂々と盗みに入ったら騒動は免れないだろう。
使う側に選択肢があるように、使われる側だって持ち主を選びたいと思うだろう。
物には百年使われれば付喪神として魂が宿るという。
そんなこと所詮は迷信だと鼻で笑うことも出来たけれど、ヒースという前例を知っていたあんりは『
(じゃあ『
『セイバーキー』を持ってしてもシャドーを倒すことは叶わなかった。それに、これからますますロゼ達の妨害も増えていくことだろう。
そんなことになれば、あんり達はただレギオンの復活を見ているだけになる。
そいうなってしまえば
あんりは何かを成し遂げたくて、何でもいいから何かを残したくて、誰かのために何かが出来ると信じてここに来た。
でも、自分がしていたことはなんの意味もなかったのか?
(……きっと、
「任せて。私、絶対に他の鍵を見つけるよ。学園のどこかにあるなら、きっと見つけられる!」
私がここにいていい理由を見つけなければ。
そうでなければ──生きている価値すらない。
◇
それからあんりは学園中の様々な場所を探した。
広大な土地の中から手のひらサイズの鍵を探すという途方もない探し物だけれど、諦めるなんて選択肢は存在しない。
人が集まる教室、廊下、特別教室、校舎の外、寮の中。思いつく限りの場所は探した。
文字通り昼夜を問わず、寝る間も惜しんであんりは『
見た目も分からないものをひたすらがむしゃらに探す。
絶対に見つけなければならないとあんりは躍起になっていた。
「……
昼休みが終わるまで残り十分と少しという時、音楽室からヴァイオリンを持って出てきた
恐らく自主練をしていたのだろう
「え?うん、大丈夫だよ!ちょっと探し物してて、それで少し疲れてるのかな~。なかなか見つからなくてさ~」
「……それって、誰の探し物なの?本当に
「……え?ど、どういうこと」
「
茶化すように誤魔化したあんりだったが、
「最近、会う度に忙しそうだし、なんだか体調も良くなさそうだよ。
「ち、違う、違うよ!」
あんりは
「私の物じゃないけど、私が見つけなきゃいけないもので……そのための責任ならいくらでも負えるの。私がしなくちゃならないことだから」
『
今まで色んな困難を乗り越えてきたのだから、カイと二人でならいつか打開策が見つかるかもしれない。
『いつかとはいつですか?』
奇跡に期待するのはいい、でもそれに縋るだけではいけない。現実はそう上手くいくとは限らないのだ。
いつかどうにかなる、そんな甘い考えで世界の時間が戻ってしまったら、それこそ取り返しがつかない。
それに──
「私にはこれくらいしか出来ないから」
姉のように才能のない自分には、人助けをするくらいしか出来ない。
だから
諦めるということは、自分の存在を否定することと同義なのだから。
「……そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」
「……え、どうして……」
「見つからないものは仕方がないよ。それが
彼は焦りに襲われているあんりを窘めるように、落ち着いた声で話してくれた。
「だったら、本当に責任を負うべき人に任せるべきだよ。先生?それともお友達?誰に頼まれたの?」
「それは……」
しかし、染み込んだ言葉は傷口に塩を塗ったかのごとく、あんりの心に激痛が走る。
「……そんなこと、出来ないよ。そんなことしちゃいけないの。だって、だって──」
血が流れるように感情が溢れ出し、ドロリとした醜くて汚い自分が顔を出す。
「絶対に私がしなくちゃいけないんだよ。だってやるって決めたんだから!決めたことも守れないんじゃ、誰も私のことを頼りにしてくれないの!
ここ最近のあんりの様子を見て、
カイはあんりの脅迫めいた行動に一切注意も助言もせず、いつも通りの生活を送っている。
「そうだね」
それでも
「僕も、そんな風に言われて諦められるようなことじゃないや」
怒鳴られたというのに、
彼の視線を追い、あんりも外を見る。
彼の見ている時計塔はいつもと同じように時を刻み続けていた。
「……見当違いなことを言っちゃったかな。そうだよね、
時計塔を見ていた
「探し物、見つかるといいね」
あんりはその背中を追いかけることができず、その場にポツンと立ち竦んでしまった。
怒っているようには見えなかったけれど、きっと嫌な気持ちにさせたに違いない。
(早く『
けれど、もうどこを探せばいいのか分からない。
そもそもこの広い学園の中から小さな鍵を探すなんて、最初から無謀だった。そんなの探す前から分かり切っていたことだった。
でも、それでも。
諦められない理由しかないのだから、足を止めることなど許されない。
「まさかと思って探しに来ましたが……ずっと『
学園の端、人気の少ない棟でヒースを抱えた
外の時計塔を見ると、もう既に授業が終わっている時間だった。
不審に思った先生が
「……
「その通りだ。食事もまともに取っていないと聞いたぞ。確かに『
こんな
「……でも、でも。シャドーが倒せなくて、レギオンが復活したらいけないって言ってたのはヒースじゃない。だから絶対に『
最早あんりの感情のレバーは制御不能だった。
だけど、心の奥底にこびりついた古い記憶が着火剤になり、燃え広がるようにしてあんりの心と体を燃やし続けていた。
『
『
シャドーを倒せたら。
ロゼ達を撃退出来れば。
──レギオンの復活を阻止出来れば。
きっと自信を持って立てるはずだから。
だから、『
「
無理矢理目を合わせられたあんりは、
「私は、あなたと
それはあんりや、
けれど実際に
「最初こそは仕方なく
その手はとても……暖かかった。
「それは、あなたを信じているから。
なんてことない言葉だ。
慰められたところで『
「助けてくれてありがとう。あなたがいなければこの学園は守れなかった」
けれどその言葉は、あんりのひび割れた心に絆創膏を貼るような、とても優しいものだった。
「……でも、私は結局、シャドーを倒せていませんでした。レギオンの復活に手を貸したも同然です。私が
「それは断じてない。時計の仮面を破壊しなければレギオンに取り込まれるなど、誰も想像していなかっただろう。だから仕方ない、という話をしているわけじゃないが……起こってしまったことを責めても、どうにもならないということだ。大事なのはこれからどうするか、皆で考えることだろう?」
「そうだよ、だから『
「それは分かってる。だが、お前は大事なことを忘れている」
ヒースはあんりの肩に手を置き、微かに微笑んだ。
「『
「そんなこと……そんなこと、ない」
そんな甘えた考えで
「もう
世界を救った英雄なら、目指す目標としてこれ以上のことはない。
だから、
「『
ヒースはそう言うと、照れくさそうに目を逸らす。
「それに……僕達もいる、皆で立ち向かえばいい」
「ヒース……」
「カイだってそう思うだろう?」
あんりの後ろを見るヒースの視線を辿ると、そこには壁にもたれかかっているカイがいた。
「過程なんてどうでもいいよ、いつも通りになれば」
そう言うカイは、いつもの如くぶっきらぼうだった。
「ただ──」
けれど無視もせず、ただ腕を組んで言う。
「俺は、あんたから頼まれなきゃ
あんりのせいなのか、それともあんりのおかげなのか。
カイの言葉に含まれたニュアンスはそのどちらでもあるようで、どちらでもないように思える。
ただ現実として、あんりが頼んだからカイは
それは間違いなく、あんりが行動した結果だ。
それだけ。
たったそれだけなのだけれど。
それだけで、俯いた心は前を向くことができる。
「……私、ちょっと焦っちゃってたかも。でも
しかし、あんりの気持ちが上向きになるのと反対に、空がふっと暗くなる。
背筋に走る寒気に振り向くと窓の外いるシャドーが確認できた。
「絶対にシャドーを倒して、レギオンの復活を阻止するんだ!」
あんりは窓の縁をぎゅっと握りしめ、自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。
『我ら
合わせた時計が光り輝き、施されていた宝石からレトロな鍵が現れた。時計の上にある鍵穴にそれを差し込み、回す。
そしてあんりとカイは目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、体中に纏った光は服をかたどっては弾けて消えてゆき、古めかしく気品のあるドレスに身に纏う。
鍵を差しこんだ懐中時計にはリボンがあしらわれ、二人の胸元に装着された。
全ての光が霧散した場所には先ほどとは打って変わった二人の姿があった。
そして、シャドーのそばに居た二つの影は──あんりとカイに向けて明らかな敵意を放っていた。
◇
「戦意を失ったと思っていたが、まだ盾突く気があるとはな。貴様らが我らに歯向かったところで時間の無駄だというのに」
蠢くシャドーの傍で、薔薇の鞭をしならせながらロゼが淡々と喋る。
「たとえ敵わなくても、私は絶対に諦めないよ」
けれどあんりはそれに臆さず、一歩前に出て胸に手を当てる。
「
「弱い犬ほどよく吠えるというものだ。大人しく降伏してシャドーがレギオン様に吸収されるのを待つといい。時間が巻き戻れば、貴様らは苦痛も感じず消滅することができるのだからな」
一拍の空白ののち、シャドーが声にならない雄叫びを上げた。
それが開始の合図となり、ロゼは手首を返して薔薇の鞭を操ってあんりを狙う。
あんりは後ろに飛んでそれを避けたが、間髪入れずにシャドーの大きな手が迫り来る。
回し蹴りでシャドーの手を弾き、追撃と言わんばかりに数発蹴りを叩き込む。
怯んだシャドーに安心したのも束の間、背後から殺気を感じて裏拳を放つ。
その腕に絡みついたのは棘のついた薔薇の鞭だった。
「いたっ……!棘が刺さってる……!」
「小賢しい
薔薇の鋭利な棘が腕に食い込み、滴った血液が服に広がっていく。無理矢理引き剥がせば大怪我は免れないだろう。
それを知っているロゼは、自分の元へ鞭を思い切り引っ張った。
しかし、あんりは激痛の走る腕を無視して迷わず地面を蹴る。
虚をつかれたロゼ目掛けて拳を振り──しかしそれは、二人の間に割って入ったテオに防がれてしまった。
「貴様のような汚らわしい存在が主様に触れるなど、万死に値する‼身の程を弁えろ‼」
突っ込むあんりに狙いを定めてレイピアが飛んでくる。
このスピードでは避けることも出来ない。でもあんりは足を止めることはしなかった。
「触るな、なんて人形としちゃおしまいだな」
激高するテオとあんりの間に入り込んだカイは、大きな太刀でテオのレイピアを受け止める。
カイはあんりの腕に絡みついていた薔薇の鞭を断ち切り、足元にばらばらと欠片が落ちる。
自由の身になったあんりは再びロゼの元へ走り出した。
「主様‼」
「あんたの相手はこっちだよ、余所見できる暇があるとはお気楽だな。褒めてやるよ」
「貴様ッ……言わせておけば‼」
ロゼの身を案じたテオだったが、カイの挑発にカッとなってレイピアを振り回す。
カイはそれを太刀で軽くいなしていた。
対するロゼは薔薇の鞭をあんりへ向けようとするが、間に合わない。
小刀がロゼの体に触れるかと思われた瞬間──どろりと黒い影がロゼを覆ってしまった。
それは──ロゼの傍にいたシャドーだった。
「シャドーが、あの人形を守った……?一体どういうことだ?」
ようやく降りてきたヒースが驚きの声を上げる。
シャドーに突き刺さった小刀はその刀身を沈めはしたものの、そこまで手応えを感じられない。
あんりが小刀を引いて距離を取ると、シャドーもロゼからその身を離した。
「我らはレギオン様の力が原動力になっている、いわばこのシャドーとやらと同士のような存在だ。こやつは貴様らを倒したくてたまらないようだが……ある程度は我らの身を守るように動いてくれるようだ。自己防衛反応だろうがな」
ロゼは相変わらず大きな薔薇の茎に座りながら、ぎこちない関節を曲げて顎に指を当てる。
「予想外だが丁度良い。忌々しい
そう言ってロゼは手を高く上げる。
薔薇の鞭が縦横無尽にうねり、あんり目掛けて迫ってきた。それと同時にシャドーも何本もの腕を生やし、逃げ場を与えまいとあんりを襲う。
「⋯⋯今までだって、大変なことは何度もあった。でも諦めずに進んだから今があるんだ。一回失敗したからって、それがなくなるわけじゃないの」
あんりは腰を低くして小刀を構える。
その目には燃え尽きぬ闘志と──
決して諦めない決意があった。
「──だよね、カイくん!」
隣を見ずともそこにいると分かる。
二つの刃が重なり、そこに映った二人の瞳には迷いの一つも存在しなかった。
『
放った斬撃は十字の文様となり、シャドーとロゼに向かって放たれる。
しかし、背後から放たれた禍々しい力によってその照準はズレてしまう。
それはカイに叩き伏せられたテオが、ロゼを守るために苦し紛れにレイピアから放ったものだった。
照準が大きく外れた斬撃は地面を弾けさせ、前後不覚になりそうなほどの砂塵が発生させた。
怒りに任せたテオの叫びが聞こえてくるが、あんりの心は不思議なほど落ち着いていた。
カイの手を握り、目を閉じる。
胸の奥から熱い力が
「──みんな、信じてくれてありがとう」
空が光り輝き、目の前に杖を模した鍵が現れる。その眩すぎる光は砂塵をいとも簡単に吹き飛ばした。
その鍵を取り、時計の宝石部分にかざすと『セイバーキー』は光の粒になって時計にはめ込まれた宝石へ吸い込まれていく。
空になった鍵穴に差し込まれた鍵がひねられると、変身した時のような光が二人を包みこんだ。
着物を基調とした衣装は細かなフリルが印象的なゴシック調へと変わる。カイの手には魔導書のような本、あんりの手には背丈の半分ほどの杖が握られていた。
「⋯⋯あの鍵からは嫌な力を感じる。テオ、即刻奴らを始末する」
「はっ!」
訝しげに眉を顰めたロゼの指示通りにレイピアを構えるテオだったが、用心するには遅すぎた。
「その身に
本をなぞって唱えたカイの呪文が、あんりの体の隅々まで行き渡った。
沸騰しそうなくらい渦巻く力を杖に込め、シャドーに向けて叫ぶ。
「ひらめき
カイの呪文によって強化されたあんりの魔法が勢いよく杖から放たれる。
その光線は地面を抉り、空気を焼き付くさんばかりにシャドーへ向かっていく。
あんりの魔法はロゼを守ろうと前に出たシャドーに直撃し、時計の仮面諸共砕け散っていってしまった。
「す、すごい威力……魔法使いになったみたい!」
余りに強大な力に、杖を握る手がまだ震えている。
完全に沈黙したシャドーの後ろには、テオに庇われているロゼが地面にへたりこんでいた。
「主様、ご無事ですか⁉もし主様の御体に傷でもついてしまったら……」
「問題ない。……だが、今日は退くぞ」
ロゼはテオの手を取り、曲がらない関節を無理やり動かして彼に抱えあげられる。
ガラス玉のような瞳は相も変わらず生気がなかったけれど、悔しそうにあんり達を睨みつけているように見えた。
「新たな『
ヒースが興奮冷めやらぬと言った感じで『
変身を解き、手に収まる『
新たな力にまだ鼓動がはやっていた。
「二つ目の『
あんりは 『
言葉を交わせない以上、この鍵がどうしてあんり達の元へ現れてくれたのかは分からない。
でもヒースの言う通り、あんりを認めてくれているのなら……これ以上誇らしいことはないと、そう思った。
(
「この『
「『マジックキー』……」
あんりは『マジックキー』を空に掲げる。
鈍い光沢を放つそれは、澄んだ青空と対照的に古ぼけて錆びていた。
けれどそれは、今までこの世界を守ってきた証でもあった。
積み重ねてきた時間の長さはどうやっても埋まらないけれど、いつか
そう信じて歩んでいくと、あんりは決意したのだった。
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