第9話 蘇った陶磁器人形(ビスク・ドール)
私は一個人として生まれた存在ではなかった。
人なら誰しもが思い願う『過去に戻りたい』という気持ちが集約し、自我を持ってしまったもの。
それが『レギオン』という名で知れ渡ったのだ。
そう願って生まれたのだから、世界の時間を過去に戻すということに何ら疑問は感じなかった。
しかし、人類という生き物は私の行動に理解を示そうとはしなかった。
それなのに私を止めようとするなど、なんと愚かで浅ましい生き物なのだろうと、憐みすら感じたほどだった。
ただ──
私の前に立ちはだかった一人の人間だけは、どうしてか私を恐れなかった。
『レギオン、あなたがしようとしていることは、今生きているみんなの気持ちを踏みにじること。それに、生きていたらきっと楽しいことがあるわ。それを見つけるのって、とても素敵なことだとは思わない?』
桜色に包まれた、騎士のような出で立ちをした人間はにっこりと笑ってそんなことを
怯えるでもなく、畏怖するでもなく、激高するでもなく。
その人間は、普通の人間と接するように私に語りかけてきたのだ。
私はただの意思に過ぎない。
人間の意思によって生み出された私は、人間を真似て振る舞うことしかできない。そんな私を
『過去に戻りたいって気持ちがあなたを生み出してしまったかもしれない。でもあなたの気持ちはそれとは別のはず。だから私は、あなたの本当の気持ちが知りたいの』
私はレギオン。
世界の時間を過去に戻すためだけに、この世に産み落とされし災厄だ。
世界の時計を支配しようとした私を、桜色の騎士はなおも
人間というのは無駄なことをしたがる生き物だが、この人間は特に諦めが悪い。
何度も何度も戦って、何度も何度も相打ちになった。
そして激戦の末、私は利用しようとしていた時計塔に封印さてしまったのだった。
『
体に力が入らない。
何も見えない。
意識はあるのに、体の自由が効かない。
時計塔に封印されてからいったいどれだけの時間が経ったのだろう。
全盛期なら人間風情が施した封印など、どうとでもできた。だが、力を使い果たした私にはどうすることもできなかった。
暗闇で漂い続け、眠りについてから幾百年。
私を
封印に亀裂が入り、私の源であった力が壊れかけた檻を縫うように出て行ったのだ。
私は今、還ってくる力で少しずつ力を取り戻しつつある。
でもまだ足りない。
あの二人を止めなければ、完全な復活を遂げることは出来ない。
あの人間は私と分かり合えなかったと言った。
だがそれは大きな間違いだ。
あれ以上に私を理解しようとする人間はいなかっただろう。
そう、その人間は確か──
◇
春の日差しもすっかり変わり、季節は着実に夏へと向かっている。
そんな中、聖エクセルシオール学園では定期考査が開催されていた。
廊下に張り出された順位表の前には、我先に結果を見ようと人がごった返している。
「ドキドキする~!カイくんは何位だと思う?」
「別にどうでもいいよ。適当にやったし」
「興味ないにしては結構上の方にいるみたいだけど……もしかして
「
「過言だろ。
「な、何とかって言われても……」
生徒の間を縫って順位表の前に顔を出したのは、あんりとカイ、そして
あんり以外の三人に特に共通点はないのだけれど、友達の友達ということで、今や四人は他人以上知人未満のような曖昧な関係に落ち着いていた。
四人は定期考査の結果を確認するために人の波に揉まれ、ようやく目的の順位表に辿り着いたのだった。
「
「そんなことないよ~。他の寮の子には負けちゃってるし……特にヴァイスハイト寮の人達には全然敵わないもん」
「いくら
いくら自分の寮で上位に入ったとしても、学力に秀でているヴァイスハイト寮の生徒には足元にも及ばない。
件の寮に所属している生徒は、ちょっと頭がいいなどという次元にはもはや存在せず、飛び級レベルの授業を受けているという噂もあるほどだった。
それ故に、合同授業とは言っても基礎的な授業でヴァイスハイト寮生と机を並べて勉学に励むことは無い。
それと同じように体育の授業は、スポーツで優秀な成績を残すフェルヴォーレ寮と一緒に受けることは出来ない。
いくら寮間の壁をなくすためとはいえ、生徒のレベルを無視した授業は行われないというわけだ。
「定期考査が終わったから、次の大きなイベントって……体育祭だよね!確か学年も寮もごちゃまぜにして組み分けするって聞いたよ」
「へぇ、面倒臭いな。
「カイくん、敵になっても絶対負けないからね!燃えてきたぞ~!」
「出ないって言ってるのにもう戦う気満々だね」
はは……と
他の生徒も自分の順位を見終わったのか、廊下にいる生徒の数がどんどん少なくなっていく。
あんり達が順位表に背を向けようとした時、通りすがった男子生徒達が数人、陽気に声をかけてきた。
「やあ
前に出た男子生徒がそう言うと、後ろに控えている生徒が笑い出す。
彼らは翠緑色のネクタイを締めていたので一目で
アリビオ寮は紅、シンティランテ寮は翠緑、ヴァイスハイト寮は瑠璃、フェルヴォーレ寮は金糸雀と各寮で色が分けられているのだ。
「
「ん、なんだろうな……最近耳が遠いみたいで、うまく聞こえないな。お前達、何か聞こえるか?」
「いえ、全然聞こえないですね!」
「はは、だよなぁ!」
ずいと男子生徒の前に出た
周りの生徒はあんり達のやりとりを聞いているけれど、誰もが見て見ぬふりをしていた。
当然だ、この学園においてアリビオ寮の扱いはこれで合っている。
お金さえ積めば入れると
だがアリビオ寮の評価がどうであれ、人を貶していい理由になるはずがない。
「全く、金でしかこの学園に入れない輩と話すのはやめたまえ。君の素行は僕達の品格まで落とすことになる。ヴァイオリンの腕だけはいいのだから黙っていれば──」
「お言葉だけれど……君ってもしかして人間じゃないのかな?」
あんりが
「……はぁ?何を言っているんだ。意味の分からないことを言わないでくれないか」
「勘に触っちゃったかい?君がもし神様なら、その上から目線な言い方も頷けるけれど……同じ寮にいたって所詮は別の人間なのに、別の寮に所属していたら違う道を歩んでるのは当然じゃないかな。それなのに立場が違うだけでよくそんなに大きな顔が出来るものだよね。もし君が僕の親だったとしても、そんなこと言われる筋合いはないかな」
しかし、その声色に含まれている圧は初めて感じるものだった。男子生徒もそれを感じたのか、あくまで尊大な態度は崩さずに焦りを見せ始める。
「な、何をいきなり……!アリビオ寮のような底辺の奴らとつるんでいたから善意で注意してやったんだろう!」
「気分を悪くしたのなら謝るよ。でも僕のしたいことは君には関係のないことだし……放っておいてくれると嬉しいかな」
「チッ、もう戻るぞ!話と違うじゃないか、こんなに口答えする奴なら最初からそう言っておきたまえ、僕が恥をかいたじゃないか!」
「お、おかしいですね……もっと大人しい奴だと思っていたんですが……」
「はは、昔の僕の話かい?多分、入学したてで緊張してたんじゃないかな。君達に都合の良い僕じゃなくて残念だったね」
男子生徒達はあんり達を睨んで足早に去っていく。
「僕の寮の生徒がひどいことを言ったよね、代わりにはならないだろうけど謝るよ」
「い、いえ……それにしてもいいんですの?あんな言い方をして。後から何か言われてしまったりしないかしら」
「大丈夫だよ
年頃の高校生と違って大人びている
あんな風に煽られたら冷静に先生を呼ぶと思っていたのだが、まさか言い返し、なおかつ追い払ってしまうとは。
「僕が誰と仲良くするかは僕の自由だし……それを否定される
「そうだよね、私も他の寮の人とたくさんお友達になりたいもん!寮が違うからって喧嘩するのはもったいないよね」
アリビオ寮への偏見は何も昨日今日で根付いたものではない。
設立されてから向こう数百年、時代の流れと共に染みついたものだ。すぐに払拭できるものではない。
でも否定される辛さはきっと誰もが知っている。
歩んできた道を、胸に秘めた覚悟を、培ってきた努力を、なんてことのない言葉で否定される。
それは拳銃で胸を貫かれるように痛みだろう。
言葉の弾丸は時に心をも殺してしまうのだから。
「僕はそろそろ授業の準備に行くよ。じゃあまたね」
「わたくしもお花を摘みに行ってまいりますわ。ごきげんよう」
昼休みもそろそろ終わりに近い。
腕時計で時間を確認した
「そろそろ午後の授業が始まるぞ。チャイムが鳴る前に教室に入っておけよ。特に
「なんで私だけ名指しなの⁉今日はまだ何も注意されてないもん!」
「他の生徒の失くしものを探して授業に遅刻したり、先生を手伝いすぎて授業に遅刻したり……前科何犯だと思ってるんだ。他の先生からも
振り返ると名簿を持ったヒースが立っていた。どうやらあんりの頭を襲ったのはあの名簿らしい。
スーツを着て名簿を持っていると本当に教師に見えてしまうのだけれど、彼は
「最近、シャドー騒ぎが起きてないからって気を緩めるなよ。学園に散らばっているレギオンの力も最近は薄まってるような気がするが……ところどころに強い力を感じる時がある。いいか、
「はいはい」
カイは面倒臭そうにあくびをして答える。
「今廊下に人いないんだから、別にいつも通り名前で呼んでくれてもいいのに~」
「いや、誰が何を聞いているか分からないからな。
ぶつくさ文句を言うヒースに促され、あんりとカイは教室で授業の準備をした。
午後の授業はどうしてこんなに眠くなってしまうのだろう。
ご飯を食べて満腹になったあんりの瞼は、強力な磁石が搭載されたかのように今にもくっついてしまいそうだった。
今まではシャドーがいつ現れるか分からなかったせいで授業中でも関係なく緊張していたけれど、ヒースが言った通り、最近はシャドーによる襲撃が起きていない。
このまま争いが起きなければいいのに、とあんりは睡魔に抱かれながらぼんやりと思う。
しかし、この静寂が嵐の前の静けさであることに──誰一人として気が付かなかったのだった。
◇
定期考査が始まる前、聖エクセルシオール学園には何十通もの封筒や荷物が届いていた。
それは業務上の書類や資料、そして生徒の家族からの便りだった。
全寮制で暮らしている生徒は長期休暇で帰省する生徒が多く、それ以外は学園か寮、もしくは町に降りて過ごす。
今や離れている子供と連絡を取ることはさほど難しくない。文明の利器に頼ればすぐに声を聞くことも出来るだろう。
しかし、忙しい生徒を案じて古めかしい手紙を出す家族も少なくない。
そんな愛情あふれる手紙が今回もたくさん届いていた。
「見てくださいませ、お母様が有名なレコードを取り寄せて下さいましたの。ご友人と寮で聞くようにと送って下さいましたわ」
「それは素敵ね。わたくしのお母様はお紅茶を送ってくださいましたの。皆さんでいただきませんこと?」
手紙や荷物を受け取った生徒は、家族からの激励や餞別に声を弾ませていた。
しかし、ある小包を受け取った女子生徒はそんな会話に耳も貸さず、人混みを避けるように学園を後にする。
向かったのは学園を取り囲む雑木林。
雑木林に入ってしばらく歩いたところで、その女子生徒は抱えていた小包をそっと地面に置いた。
「こんなもの、送って来たって何の意味も無いのに……」
ぽつりと呟いて、女子生徒は小包を置き去りにしたまま学園へと帰っていった。
中身を確認したのだろう、小包の蓋が微かに開いている。
雑木林を揺らす風が小包の蓋を乱雑に開け、そこに寝ている物を露にさせた。
クッション材をベッドにして横たわっていたのは二体の
陶器の肌は人間よりも艶があるが、それ故に一切の生気を感じられない。
一体は豪華な薔薇のドレスを身に纏った少女で、もう一体は燕尾服に身を包んだ少年の人形だった。
使い込まれた人形は衣装がところどころほつれている。
けれど大事にされていたのか、本来の布ではない端切れで綺麗に修復されていた。
放置された小包の中で、二体の人形は静かに寄り添い合っていた。
ざわめく風に人形たちの服が揺れる。
雲が厚く、空が暗くなり、遠くで低く雷鳴が聞こえる。
振り始めた雨が無慈悲に人形に降りかかった。
そして──辺りを漂っていた黒い影が、二つの人形に吸い込まれていった。
するとその人形は命が宿ったかのようにゆっくりと動き出す。
人間の滑らかな動きとは違い、二体の人形は固い関節を軋ませ、ぎこちなく動いていた。
小包の端を掴んで立ち上がった少女の人形の顔には、強まった雨が涙のように滴っていた。
「テオ、我の声が聞こえるか?」
「……ええ。ですが、これは一体……僕達の体に何が起きたというのでしょう」
「我らの中に侵入してきた力には身に覚えがある。レギオンという、過去の災厄だ。しかし、まだしぶとく生き残っていたとは……」
「何にせよ、喜ばしいことです。僕はずっとこのようになることを望んでいましたから。あなたと言葉を交わせるなら、この力が誰から譲渡されたかなど、どうでもいいことです」
小包から身を乗り出した少女と少年の人形は、まるで人間のように流暢に言葉を発する。
「僕達の主は僕達を手放しました。所詮、人間は僕達など必要としなくなる」
「我々のような
「ええ。その通りです。期待するなど愚か者のすること」
「……だが、我らがこのように自由になったのは、レギオン……様の力によるもの。ならばすることは一つだけだろう」
人形の少女はその可憐な見た目とは裏腹に、凛々しい口調で語りだす。
「忌々しい
湿った地面に降り立った人形の少年は、人形の少女に
彼らの手が重なり合う音が高く響く。
およそ人間とは思えない肌に鈍色の空が映し出されていた。
「僕は貴方の命に従います。これより僕の主は、僕を捨てたあの人間ではなく──あなたなのですから」
◇
「うーん……やはり、いや、これはどういうことだ……」
「ヒース、さっきからどうしたの?」
「いや何でも、ないわけじゃないが……これを何と言ったらいいのか……うーん……」
「
「お前は随分と僕に物を言うようになったな……」
放課後、最早溜まり場になっているといっても過言ではない学園長室で、ヒースはうんうんと唸りながらぬいぐるみの姿で頭を悩ませていた。
なんでも、今日の体力を使い切って元の姿に戻ってしまったのだとか。
「最近シャドー騒ぎが起きていないと話しただろう?そのことについて考えていたんだ。僕はレギオンの力なら多少なりとも感知することが出来る。だから時計塔から漏れ出た力が学園中に充満していることも分かった」
あれだけ学園を蹂躙していたのに、まるでシャドーの存在そのものが消えてしまったようだった。
「その力が最近、突然薄まったような気がしたんだ。でも濃くなっているような所もある気がするし……いやこれは濃くなったというより、凝縮した、ような……とにかく、よく分からないんだ。お前達に尋ねようにも、僕が説明できないものをどう聞いたものか……」
「結局何も分からないんだろ。だったら悩むだけ無駄」
「身も蓋もないが……カイの言う通りではある」
カイは学園長室の高級そうなソファに仰向けになり、足をひじ掛けに置いてくつろいでいる。
「足を降ろしなさい、はしたないですよ」と
「それにしても良い天気だよねぇ~。そういえば、入学してからやっとゆっくり出来てる気がするよ」
「入寮式からこっち、ずっとシャドーの対応に追われていましたからね……シャドーが現れない理由は分かりませんけれど、この機会に休養して下さい。期末テストも終わったことですしね」
「そうだ、期末テストが終わったってことは、体育祭が待ってますよ!
あんりは本棚の傍にいる
「私……運動は得意じゃ……いえ、体育祭なんて、そんなに騒ぐことのほどではないでしょう。今までも毎年あったでしょう。目新しいものでもありません」
「まぁそうなんですけど、今年はいつもとは違う気がするんですよね。学年の縦割りってことは
寝起きを共にしている学友たちとしのぎを削る体育祭。
それがどれだけ盛り上がるのか、あんりは今から楽しみで仕方がなかった。
普段はいがみあっている寮の生徒達も、もしかしたら仲良くなれるかもしれないのだから。
「それに、誰も応援に来ないじゃないですか。だからいいんです」
「え?応援が何ですって?」
「いえいえ、なんでもありません!ところで
「だから運動は……そうですね、今年は……玉入れの棒を押さえようかと……」
「それって先生の役割なんじゃ……でも
「いやナシだろ」
「ナシだな」
「
体を動かすことが好きなあんりには分からない感覚だけれど、人には得手不得手がある。
その代わりと言ってはなんだが、
もしかすると
「そんなに憂鬱なら普段から体力をつけておけばいいだろう。直前になって何もしていないのはただの怠惰だ。勉強の予習復習は出来るのに体力づくりは出来ないなんて言いわけは通じないだろう」
「い、痛いところを……ですが、ぬいぐるみのあなたに何が分かるのですか……!」
「これでも一応教師をしているんでね。生徒の指導をするのは教師の役目だろ?」
「あなたは一年生の歴史担当でしょう。大体生活に支障がないのにそんなことをする必要は──」
珍しく子供のような文句を言う
どうどう、と二人を仲裁しようとしたところで──ふっと空が暗くなった。
今日は晴天、雨の予報はない。
それなのに空がこんなに暗くなったと言うことは、考えられることは一つだけ。
「シャドーが現れた現れたようですね、
「分かりました!」
「はいはい……」
「……いや、ちょっと待ってくれ!この感覚は……おかしい、何かがいる!」
ヒースが焦りを露にして出窓に飛び乗る。
同じように窓から外を覗くと、時計塔の近くに黒い沼が盛り上がったような怪物、シャドーがいた。
──しかし、そこにいたのはシャドーだけではない。
シャドーの傍らに人の形をとった何かがいる。
「あそこにいるのは人間じゃない。レギオンの力が凝縮した淀みを感じる!」
「え?でも……人にしか見えないけど……」
眼下に見える二つの何かは前時代的な衣装に身を包んでいた。
学園の生徒は休日でさえ制服を着用するように義務付けられている。だからあれは間違いなく生徒ではない。
では、一体あれは何なのだろうか。
顔を上げ、少女の方があんりを捉える。
かちあった視線に思わず息をのんでしまった。
「あれってもしかして、人形……?」
そんなことはあり得ないのに、勝手に言葉が口から零れ落ちる。
重く暗い空の下、少女の硝子玉のような瞳がいやに光っていた。
◇
シャドーは発生したばかりなのか、その場で蠢いているだけだった。
だがシャドーが発生したということは、紛れもなく誰かが襲われたという証拠。
これ以上被害を出さないために早急に倒さなければいけない。
けれど、シャドーとあんり達の間に見知らぬ二つの人影が立ち塞がる。
一人は燕尾服を着た少年で、もう一人は薔薇のドレスを着た少女だった。
「……不快な力を感じます。これが、レギオン様の言っていた
少年の人形があんり達を睨んで吐き捨てる。
言葉遣いは丁寧なのにこちらへの憎悪が隠しきれていない。
いや、隠す気はないと言うべきか。
「今、レギオンと言ったか?お前たちはレギオンと何の関係がある⁉奴は本当に復活しようとしているのか⁉」
「口を慎め、主様の御前だ。貴様のようなボロ雑巾など、主様と会話をする権利すらない」
「なんだと……っ⁉」
「テオ、下がれ」
ヒースが飛び掛かる前に少女が二人を制するように手を挙げ、一歩前へ出た。
「このぬいぐるみはどうやら、我らと似たような境遇を辿っているらしい。同じく人間ではないものとして、敬意を払わねばなるまい」
「ですが、主様……!我々はこんなぬいぐるみよりも遥かに価値が──」
「何度も言わせるな、下がれ」
少女はその姿に見合った可愛らしい声で、威厳のある口調で話す。そのアンバランスさに、本当に目の前の少女が話しているのか疑問に思う程だった。
少女に一喝されたテオという少年は悔しそうな顔をしならがも、少女に一礼する。
それからは会話の邪魔することはなかった。
「先ほどは失礼した、彼の非礼を詫びよう」
「……どういうつもりだ、お前はレギオンの仲間なんだろう。そんなやつと馴れ合うつもりなんてない」
「仲間、というのは不思議な言葉だ。我らはレギオン様と直接言葉を交わしたわけではない。ただ、彼の意思の元動いている。もちろん貴様達と馴れ合うつもりがないのは我らも同じこと」
少女はぎこちない動きで自身のドレスを摘み、カーテシーをして目を伏せる。
「私はロゼ、彼はテオ。貴様と同じくただの
学園の中心に
時間も時代も進み続けるもの。
だから初代学園長、
「レギオン様は依然としてあの時計塔に封印されている。だが封印の綻びによって封じていた力が各地に飛んでいった。それが人間共の負の力に引き寄せられ……人間を介することでより強い力となって時計塔に戻っている。全ての力が戻った時、レギオン様は封印を解かれることだろう」
そう言ってロゼはシャドーを見上げた。
ロゼの言っていることが本当ならば、レギオンの力はシャドーに変貌することでその力が増していく。
ならば、それが再びレギオンに戻ることは絶対に防がなくてはならない。
シャドーを取り逃がすということは、すなわちレギオンの復活に直結するということだ。
「レギオン様の目的は、再び世界の時間を戻すこと。そのために我々は
「どうしてお前にそんなことが分かるんだ、まだ封印は解けていないんだろう⁉」
「話の分からない奴だ。我々は脱出したレギオン様の力の一部で動いていると言っただろう。故に、レギオン様が何を望んでいるかも手を取るように分かるのだ。命を得た代わりに
ロゼはヒースをじっと見つめ、こちらに数歩歩み寄ってくる。
「我々と貴様では覚醒した経緯は真逆だが……何故貴様はそちら側にいるのだ?」
「……何?」
「我々には劣るだろうが、貴様もなかなかの骨董品に見える。ならば今の持ち主よりも前に、貴様の主だった者がいるだろう?そやつに会いたいとは思わないのか?」
ロゼは意味が分からない、とでも言うように疑問を投げかける。
だがそれは、ヒースにとってどんな暴言よりも鋭く刺さったことだろう。
「
「レギオン様が復活するということは、時間が過去に逆戻りするということだ。それを阻止するなど、同じ人形として理解に苦し──」
「──もうやめて‼」
茫然とするヒースに代わり、
「これ以上、あなた達と話し合いをしても無駄です!未来に進もうとした
「ただの人間のくせに、主様に向かって何て口の利き方を……!万死に値する‼」
後ろに控えていたテオがたまらず声を荒げる。
しかし
「
「絡まれると面倒臭いからな、さっさと行け」
「……っ!分かりました、シャドーを頼みます……!」
もうお互いの顔を見ずとも、息を合わせることは難しくなかった。
『我ら
合わせた時計が光り輝き、施されていた宝石からレトロな鍵が現れた。時計の上にある鍵穴にそれを差し込み、回す。
そしてあんりとカイは目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、体中に纏った光は服をかたどっては弾けて消えてゆき、古めかしく気品のあるドレスに身に纏う。
鍵を差しこんだ懐中時計にはリボンがあしらわれ、二人の胸元に装着された。
全ての光が霧散した場所には先ほどとは打って変わった二人の姿があった。
「あなた達に未来は奪わせないんだから!覚悟して!」
「あれが
「主様、僕にお任せ下さい。あのような者、すぐに始末して見せましょう」
「いや、あの怪物……シャドーといったか、この負の塊に勝てるはずもない。我々が出る幕もないだろう」
シャドーは体を変形させて巨大な拳を振るう。
あんりはそれを腰を低くして受け止めるが、あまりの力に弾き飛ばされそうになってしまう。
「
「薄っぺらい望みだな。では教えてやろう、未来には何も無い。信じていたものも、期待していたことも全て、時間の
「あるよ‼」
テオが冷たく言い放つが、被せるように否定する。
あんりは歯を食いしばって足を踏ん張り、シャドーの腕を思いきり引っ張った。シャドーはそれに負けまいと反対側に力を込める。
あんりとシャドーは腕で綱引きをしているように拮抗していた。
「未来は今よりも、過去よりも幸せなものに出来る。だって私……この学園で素敵な人達に出逢えたんだもん。それは絶対に間違いじゃない!」
胸のリボンと一体化していている『
時計の宝石に手をかざして「セイバーキー」を取り出し、その鍵を宝石部分にかざす。すると刺さっていた鍵が光の粒となり、宝石に吸い込まれていった。
そして、空いた鍵穴に吸い込まれるように剣の形をした『
すると、変身した時と同じような光が二人を包み、フリルがあしらわれた衣装から、着物を基調としたものへ変貌していく。
何もなかった空に光が弾け、あんりの手には小刀、カイの手に太刀が降ってきた。
「綺麗ごとを……!人間の話など聞くに堪えん!」
「ゴチャゴチャうるさいんだよ」
空から降ってきたカイがシャドーの腕を大きな太刀で切り裂く。
あんりと同じように着物を基調とした衣装を身に纏ったカイは、衝撃で後ろに倒れこんだシャドーを顎で指した。
「今の内だ、行くぞ」
「うん!」
あんりとカイはひっくり返ったシャドーに向けて、それぞれ刃を構える。
『
二人が放った斬撃は十字の文様となり、見事にシャドーに命中した。
斬撃でシャドーの体は粉々に散り、最後に時計の仮面だけを残して無残にも消滅していった。
「
「……成程。先ほどの言葉は撤回してやろう」
ロゼとテオはそう言い残すと、踵を返して雑木林の中に消えて行ってしまった。
追いかけようにも既に夕暮れが近い。見つかる可能性はゼロに等しいだろう。
あんり達は二人を追跡することは諦めて、
(あれ……?)
変身を解除する前、あんりはふと時計塔を見上げる。
空模様や体感時間から計算しても、今は夕方に違いない。それは誰がどう見ても間違いない。
(時計塔の時間、何かおかしい……?)
だが、何故か──時刻は深夜過ぎを指していた。
「あれ……?あの時計塔、また壊れちゃったのかな……」
「
「あっうん!分かった!」
カイに急かされて『
そしてもう一度時計塔を見てみると──時刻は午後五時を指していた。
(なんだ、見間違いかぁ。早く
あんりは足早にカイを追いかけていく。
背後に転がっていたシャドーの仮面は霞になって消えていき──時計塔の方に向かって消えて行ったのだった。
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