第8話 簀子(すのこ)の下で舞う
紅茶の良い香りが鼻孔を
一介の生徒としての義務、そして生徒会長、学園長代理の立場としての責務から離れ、学園長室で紅茶を嗜むことが
カップを二つ用意してテーブルに置くと、本棚から出した書籍の山に隠れているヒースの耳がぴょこりと動いた。
「悪いが僕は紅茶が飲めない。まぁ紅茶に限らずだけどな」
「……そうでしたね。ついあなたがぬいぐるみであることを忘れてしまいます。あまりにも流暢にお話しているものですから」
「僕も同感だ。ただこんな姿になったのなら、お前たちがしている食事って言うものを経験してみたかったがな」
ヒースは脇に置いてある自分の時計を見ると「そろそろ休憩にするか」と言って
座ったと言っても、小さなぬいぐるみの姿では置かれているといった表現が正しいかもしれない。
「ヒース、あの鍵のことですけれど、あなたはどうして突然現れたと思いますか?」
「残念だが、今回ばかりは仮説の立てようがないな。保管されていた『
前回のシャドーとの抗争の最中、あんりがシャドーに取り込まれたと同時に久遠
《くおん》達は現場に到着した。
絶望的な状況に言葉を失ってしまったが、シャドーの中とカイの上空が突然輝きだしたのだ。
次に二人が揃った時には──剣を模したような鍵を握っていたのだった。
「剣の形をした鍵……『セイバーキー』とでも呼んでおくか。それより、お前の考えはどうなんだ?」
「……私ですか?もちろん、自分なりに推測してはいますけれど、あなたほどの情報を持っているわけではありませんし……。推測と言うのも
「それでもいい。あの二人よりは有意義な意見を聞けるだろうからな。いや、以前のように信用していない、というわけじゃないが……お前の方が危機感も高い気がする」
ヒースは紅茶から出る湯気を辿り、ふんふんと鼻をひくつかせている。
首を傾げていることから匂いは分からなかったのだろう。
「このような言葉を軽率に使うべきではないと分かってはいますが、私は……お二人に奇跡が起ったのではないかと思います」
人は、自分に都合の良いことが起きた時に奇跡が起きたと騒ぎ立てる。
まるで、奇跡であることに価値があるかのように。
あの一瞬、あんりがシャドーに捕らえられてしまった時。
カイは焦るでもなくただ彼女のことを待っていた。
信頼というには浅く、信用というにも何かが違う彼女達の関係性。
それでも、見えないあんりが何を考えているのか彼女には分かっているようだった。
奇跡をただ待つのではなく、彼女達は二人で奇跡を引き寄せたのだと思えてならなかった。
奇跡とは人智を超越した出来事のことをいう。
だから早々に起きる者でもないし、証明の仕様もないのだけれど。
「……子供みたいな意見だと思ったのでしょう。笑っていただいても構いません」
「確かに非科学的だ。でも馬鹿らしいとは思わない。
初代学園長であり、先代の
対抗する手段が全く無いのに敵に立ち向かうなんて、ヒースの言う通り無謀だ。
「……でも、そんな
その一点において
「まあ推測はここまでにしておこう。あれは『
『
『
「……だから、僕達の目標は……今まで通り、鍵の捜索を続けて、シャドーを倒せば、いい……ということだ」
「……ヒース?どうかしましたか?気分が優れないのですか?」
「ああいや、何だろうな……最近、妙に体の調子がよく分からないというか……何て言ったらいいのか分からないが、とにかく調子が悪いわけじゃない。心配は無用だ」
歯切れの悪くなったヒースは目を覚ますように首をふるふると振る。
ヒースは
しかしいくら大切に扱っていたとしても、物に劣化は付きもの。
布を変え綿を変え、丁寧に補修してきたからこそ、あの時代のものがこうして手元にあるのだ。
劣化が激しいから外には連れて行けなかったけれど、部屋の中で遊ぶときは常に一緒だった。
親と喧嘩をした時なんて一緒のベッドで寝て──
「……あなたは昔の記憶があるのですよね。だから
「ん?ああ、だが全部覚えてるわけじゃない。そりゃ
「いえ何でもありません、それならいいのです。何も思い出さなくて結構」
覚えてないのならそれに越したことはない。あとは自分の
「何でもないならいいが……。よし、僕はそろそろ資料探しに戻る」
「勉強熱心ですね。このペースだとここにある本を全て読みつくしてしまいそう。資料室や図書館から本を借りてきましょうか?」
「それがいい。なにせお前たちがいない時は、本を読むくらいしかすることがないからな。ここから出られないというのは本当に不便──」
ヒースは途中で言葉を途切れさせる。
どうしたのかと思う暇もなく、
なぜなら──ソファの上で立ち上がったヒースの体が発光していたからだ。
驚き呆気に取られる
彼を包む光はやがて全身を覆い、光の中にあるシルエットがぐんぐんと大きくなって──光の中から成人男性が現れた。
そしてその男性はなぜか、産まれたばかりのような姿でソファに立っていた。
首についている蝶ネクタイは今まさに目の前にいたヒースがつけていたもので。
つまり彼は首に蝶ネクタイを付けているだけで──
布の一枚すら羽織っていなかったのだった。
◇
聖エクセルシオール学園には今、とある噂が流行っていた。
いくら品行方正な生徒が多いとはいえ、多感な高校生だ。皆面白い噂話には興味津々だろう。
そう、例えば──学園に現れる怪物を倒す少女の噂とか。
「あんな大きな怪物なのに、あっという間に倒してしまうんだって!」
「私は刀からビームを放ったって聞きました!」
「あとは拳一つで地面を割るとか……
「え、えぇーっと……そうなんだ、すごいね。私も一度は会ってみたいな…」
合同授業中にこそこそと耳打ちをされ、あんりはどう答えていいか分からず話を合わせてしまう。
「そこ、私語は慎むように。注意されるために授業を受けているのですか?」
「す、すみませんっ」
注意された生徒は慌てて板書を書き写し始めた。
とりあえずその場しのぎはできたと、あんりはほっと胸をなでおろす。
ここ最近、学園内では怪物と戦う少女の噂が横行していた。
それは紛れもなくあんり達なのだけれど、だからといって自分が
『あなた達が
そういう不安要素を排除するためにも、目立つ行動は控えて欲しいのだと。
『学園で騒動が起きてるのに見られないのは無理だろ。いずれバレる』
『ええ。ですから最低限の説明はするつもりです。シャドーが現れているのは事実なのですから』
正体不明の怪物が現れて生徒を襲っているという事実に、学園を出て家に帰ってしまう生徒もいた。
それは至極当然の反応だろう。親も子も、危険がある場所には行きたくないのが普通だ。
本当ならば学園を封鎖してしまえばいいのだけど、それができない理由があった。
『
封印が緩んでいる今、生徒たちがここから消えてしまえば、封印を維持する力が減ってしまう。
それはつまり、世界の危機と同義だった。
『ですから生徒達には、シャドーを退治しているの専門の機関がいる、という説明をしています。シャドーが現れている間は絶対に近づかないようにとも。生徒達を危険な目に晒すのは心苦しいのですが、現状、これしか打つ手がありません』
『あんたの父親は戻ってこないわけ?学園長なんだろ?』
『お父様は、聖エクセルシオール学園の学園長だけをしているわけではないのです。私で十分対応できるだろうと判断してくれましたし……現にこの案は、私が考えたものです』
こんなに持ち切りになっている噂だ、もし正体がバレでもしたら、もみくちゃにされる想像しかできない。
特にカイは絶対に正体をバラしたくないと思っていることだろう。
「最近、あの怪物のことで持ち切りだね。みんな、どんな人か気になってるみたい」
「
「そりゃあ、あんな意味不明な怪物と戦ってるんだから、どんな人かは気になるよね。専門の機関って生徒会長は説明してたけど……自衛隊とか軍隊の人なのかな」
スピーカーから授業終了のチャイムが鳴る。あんりは次の授業が始まるまで
「もしかしたらすごく筋骨隆々な人だったり、チーターより足が速かったりするのかも。それだったらあの怪物にも立ち向かえるよね」
「筋肉ムキムキじゃないよ!ってそうじゃなくて……その人達は女の子って話だよ?」
「たとえ話だよ。みんな、あの怪物が現れた時は、怪物から一番遠い建物に避難させられるからさ、見たことがあるって言ってる人も一瞬だと思うよ」
シャドーは学園に出現することが多い。そして、その付近で暴れるものだから、当然ながら校舎にも被害が及んでしまう。
生徒が怪我をするくらいなら校舎が壊れた方が良いと
だが、破壊された校舎はなぜか──シャドーを倒すと何事もなかったかのように元通りに戻るのだった。
そして、あんり達の怪我も同様だった。
これは
『過去に戻りたい』という怨念の塊であるレギオン、そして、それから産まれたシャドー。
それらが現代に残る物を壊したところで、時間を正常にしようとする
確かにレギオンやシャドーが未知のものなら、それらが及ぼす影響の原因も、もっと柔軟に考えるべきだ。
理解できない、納得できないで引き下がってくれる相手ではないのだから。
「あなた達も見たいって思うわよね、あの人達!一目でいいからお顔を拝見してみたいし、できるならサインだって欲しいもの!そして自慢しちゃうの!」
あんりと
彼女は体が資本と言われるフェルヴォーレ寮の名に違わぬ、たくましい体をしている女性だった。
「でもあの人達って怪物が消えたらいなくなるんだよ?戦ってる時に見に行ったら絶対危ないし……」
「なあにそれ。そのくらい平気よ」
シャドーの出現で自宅に帰った生徒は少なくない。
封印の話を置いておくのならば、ここから遠く離れた所にいた方が絶対に安全だ。
それでも、ほとんどの生徒は学園に残っている。
「だって、こんなことで臆していたらお父様に見限られてしまうもの」
女子生徒は遠い目をしながら、切羽詰まった声でそう呟く。
どの寮に所属している生徒も、親の期待から逃れることは出来ない。それはきっと、想像を絶するほどのプレッシャーなのだろう。
アリビオ寮に所属しているあんりには遠い世界の話だった。
野次馬根性で残っている者、この学園で学ぶことを命の危機よりも優先している者。
理由は様々だが、幸か不幸か学園には生徒が多く残っていた。
「むしろ、私の武術でその人達を助けられるんじゃないかしら。これでも全国大会常連だから、お役に立てると思うのだけど」
「確かにいいかも。僕も一目で良いから見てみたかったし……今度こっそり見てみようかな」
「だ、だめだよ絶対だめ!だってアレ、校舎だって壊しちゃうくらいすごく強いんだよ⁉私達じゃ絶対に敵いっこないよ!」
笑えない冗談を言う
「はは、冗談だよ。まぁもし僕が襲われても……誰も心配する人はいないから大丈夫」
「私が心配するよっ!だって
「ありがとう。父さんよりも優しいね、
少し悲しげな瞳を泳がせる
「静かになさい。女性が大きな声を出すなんてはしたないですよ」
教室に入って来たのは長く艶のある黒髪を
教室に入ってきた三人は見知らぬ男性を中心にして教壇に並ぶ。
「歴史の授業は今後二人体制なります。これは新任の先生に現場に慣れてもらうためです。あなた達の担当をしていらした
静粛にと言われた女子生徒達は尚も興奮を隠せない様子で色めき立っている。
紹介された男性がコホンと咳ばらいをしただけで、わっと盛り上がるほどだった。
「なんてお顔の整った方なの……⁉あんな方、なかなかお目にかかれませんわ……!」
「もしかして業界の方ではありませんか⁉それならあのオーラにも納得ですもの!」
どうしてそんなに騒いでいるのだろうとあんりは首をひねるが、どうやら彼は世間一般でいう『イケメン』というやつに分類されるようだ。
そういう方面には詳しくないのだが、確かによくよく見てみれば、サラサラな灰色の髪と赤い目が綺麗な顔立ちに良く似合っていた。
珍しい組み合わせの髪と目の色に、ハーフなのだろうかと首を傾げる。
「でもよく分かんないな~。カイくんの方がよっぽど恰好良い思うけど」
「
「そうなんだけど、それとこれとは話が別っていうか~……」
件のカイはというと、珍しく教室いるにも関わらず机に突っ伏して眠っている。
これだけの騒ぎになっているのに起きないとは、よほど良い夢でも見ているのかもしれない。
そして
そして、あんりと視線が合うと──何故かじっと見つめられた。
「初めまして。今日からこの学園に赴任しました
それを見かねた
「静かになさい、何度も注意をさせないように。いついかなる時も、この学園の生徒だという自覚を持った行動と言動をするように心がけて下さい。それでは、授業の準備をして席に着くように」
そう言って
二人の先生による歴史の授業が始まったわけだが、あんりのクラスは集中できていたかと言えば首を横に振らざるを得ない。
女子のほとんどが新任の
授業後も
いつしか
これはこれで良かったのだが……あまりにも急な展開に、なんだか拍子抜けしてしまうあんりなのだった。
◇
「はあ……教師ってこんなにキツい仕事だったのか……生徒に教えるだけなんて簡単だと思ってて悪かった……これじゃいつ過労死してもおかしくない……」
「あなたの場合は特殊だと思いますよ。こんなに女子生徒に気に入られてる先生もそういませんから」
お昼休み、
新品のスーツを用意したはずなのにもう皺が着いていて、彼のこれまでの苦労が伺える。
「イケメンイケメンって……人間の顔のことはよく分からん。よく顔だけ見てそんなに熱を上げられるもんだよ」
ヒースは頭が痛いのか、難しい顔で眉間を押さえている。
もちろん言うまでもないが、こんな男性は今朝までこの学園のどこにもいなかった。
目の前で輝きだしたヒースが、いつの間にかこの男性に姿を変えていたのである。
あんなことは記憶から消えた。いえ、今消しました。
自分は言い伝えを聞いていたから何とか飲み込むことが出来ただけであって、何も知らないながらも使命を受け入れてくれたあの二人には頭が上がらない。
でも、ぬいぐるみが人間になるなんて話は聞いたことがない。そんなことは知らない。
昔から傍にいたぬいぐるみが喋って動き出しただけでもおかしいのに、その上人間になってしまうなんて。
「ヒースだから
「何でもアリかよ。ここまで来るとシャドーも人間になったりしてな」
「縁起の悪いことを言うな……」
あんりとカイがテーブルを挟んで
ヒースの件について話があると、自分が学園長室に呼び出したのであった。
彼はあんり達が『
なんでもかんでも
これ以上考えていると
「『
「へぇ~……まさに奇跡、って感じだね」
「奇跡ねぇ……最近は奇跡のバーゲンセールって感じだが」
ヒースが人間になったあと
見ようによればそれで間違いはないのだけれど、
それはもう、色んな意味で、だ。ヒースは全裸だったし。
結局は学園長室の机の下に隠して事なきを得た。
ヒースは
それはそうだろう。ぬいぐるみに服を着るという概念があるはずがない。
とりあえず、その場は適当に言い訳をして生徒達にお引き取り願ったのだが、新たに発生した問題は人間になったヒースをこれからどう匿っていくか、だった。
「……というわけで、ヒースは
「確かに、ヒースってすごい昔からいるんだもんね。まるで歴史の教科書みたい」
「ただ昔からいただけだ。まぁ目が覚めてから今日まで暇だったからな、ここにある本は殆ど読んだ。人に教えるくらいなら僕にもできるだろうが……ただ、あの生徒達の相手となると話は別だが……」
「それは……こちらからも注意をしておきます。あなただけでなく、彼女達の学業にも支障をきたしそうですから」
げっそりとしたヒースに同情の視線を向ける三人。
授業以外、四六時中女子生徒に囲まれていた彼は
「とにかくこれで
「もしかして、そのためにヒースを先生にしたんですか?」
「それもありましたが……そのためだけではありません。彼が教師をすると希望したので、私は学園長代理の権限を使って正式な手続きを踏んだに過ぎません。ただ……他の先生に紹介した時の反応で、ああなるかもしれないと予想していましたけれど」
「つまり、噂には噂をぶつけるってことか」
カイはそう言いつつもう一つの弁当を開ける。
まさか二箱目を食べるのかとぎょっとしたが、あんりに至っては三箱目を完食していた。
この二人を見ていると自分の食事量が異常なのでは……と不安になるが、ヒースも信じられないと言った目で二人を見ていたので、それは杞憂に終わった。
「昼ごはんまで一緒にって言われた時は参った……この姿になっても食欲とかそういうのは感じないんだよ。このままずっとご飯を食べないと流石に怪しまれるか……?」
「小食ってことにしたらいいんじゃない?お昼はゼリーだけって子もいるよ?それかここにいたら誰も入ってこないんじゃないかなぁ」
あんりがもぐもぐと口を動かしながら提案する。
「……そうですね、私は構いません。学園長室は好きに使っていただいて結構です。今までとさして状況が変わるわけでもありませんし」
「そうか、じゃあそうさせてもらう」
ぬいぐるみの時だって入り浸っている時間は長かったのだから、今更どうということではない。
ただそれが人間になったというだけで。
いや、それが一番おかしいことではあるのだけれど。
全身の身の毛がよだつこの感覚には見覚えがあった。
それすなわち、シャドーの来訪である。
「
「ええ、どうか気を付けて……!」
二人の少女は窓からその存在を確認すると、一目散に学園長室を出て行った。
それから間もなくして、型式の古いスピーカーから避難を呼びかける放送が流れ始めたのだった。
◇
シャドーが現れたのは学園の外れ、生徒たちがあまり寄り付かない所だった。
学園に現れることの多いシャドーから逃れるには、出現した場所から離れることが先決だ。
だから、校舎から離れている場所に出現するに越したことは無い。
「カイくん、後ろから来てるよ!」
「チッ、面倒臭いなコイツ‼」
彼女たちは今日も今日とて戦っていた。
『
生徒達を避難させた
「……傍にいるのに何も出来ないというのは、やはり堪えるものがありますか?あなたもそうだったのでしょう」
刀がシャドーを切り裂く音が遠くに聞こえる。
あの惨状は現実に起きていることなのに、こうして傍から見ているだけの自分はどうしても
当時はどうしてもそれが許せなかったけれど、今はあの二人に任せて良かったと思っている。
でも、それは自分が何も出来ないことの弁明にはならない。
「私は
でもそれは当たり前のことだし、誰にでも出来ることだ。
何度考えても、自分は無力だと思わざるを得ない。
「それは僕も同じだな。ただ喋るだけのぬいぐるみなんていてもいなくても一緒だろ。まして
ヒースは自虐のように笑う。
だが、それに諦めは含まれていなかった。
「
「
「彼女だってすぐにレギオンを倒せたわけじゃない。世間は
中身の見えないヒーローに
民衆を助けているはずのにその彼らに石を投げられてしまうなんて、なんという皮肉なのだろう。
「生徒達があいつらに、そういう言葉を投げつけないとも限らない。だから
あんり達を
これが最善の策だ。
だが、どんなに正しい判断だったとしても──未来のことは誰にも、何も分からない。
たった一つ選択肢を間違ったせいで全く別の道を歩くことになったとしても、過去には戻れない。
「自分を理解してくれる味方がいるってのは、それだけで何でもできるようになるものだ。
その昔、物事の分別が付かなかった時。
あの絵本は実際にあった話なんだよ、と友人に言ったことがある。
怪訝な顔をして自分を見ていた友人の目に、
でも、ここには
自分が信じていたことは何も嘘ではなかったのだ。
「……確かに、自分のことを理解してくれいてるというのは、それだけで頼もしく感じるものですね」
「僕達に出来ることは少ない。だから出来ることは全部するつもりだ。
「もしかして……先生になったのもそのため?」
「……その方が、あいつらのサポートが出来るだろ。できることならあいつらと対等になれたらと思ってはいたが……本当に人間にるとはな」
人間になったヒースは背が高く、見上げても表情がうまく見えない。
ただほんの少しだけれど、彼が何を考えているのか分かる気がした。
「
こちらに向かってくるあんりに手を振る。
自分に出来ることは少ない。それでも、何かはきっと出来る。
それを精一杯やることが彼女達の助けになるのだろう。
倒し終わったシャドーの仮面が転がり、風に乗って消えて行った。
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