第7話 騎士の剣は誰がために
「シャドー騒ぎは無事鎮圧できたそうですね。迅速な対応に感謝します。そこで、被害にあった女子生徒なのですが……
「はい、私と同じアリビオ寮の
「彼女は目覚めてから、体に不調はきたしていませんでしたか?例えば吐き気がするとか、めまいがするとか、倒れる時に何かを感じたとか……」
とある日の学園長室。あんりは
もはや定番スポットとなった学園長室だけれど、本来は滅多に入れない場所だということを忘れてしまう。数え切れないくらい来ているせいで忘れてしまうけれど。
「そんなに
「……そうですね、すみません。この件と言いシャドーが急に消える件と言い、謎だらけで……調査すると言っても限界があるのも事実なのです」
シャドーが人体に及ぼす影響は今のところ明らかになっていない。
学園長代理を務める身として、
シャドーを撃退しても学園の生徒が被害に遭ったという事実は消えない。
対策を立てていくと言っても、被害者に話を聞くのではことが起きてから動くということになる。
後手に回っているのは
「被害にあってから調査をするなど、本来すべきことではないのですが……今はとにかく時間と情報が足りません。どんなことでも構いません、
「ああ、どんな些細なことでもいい。何かあるか?」
あんりは先日の
◇
他の生徒に手伝ってもらってベッドに寝かせたあと、しばらくして目を覚ましたそうだ。
目を覚ました
保険医の診察の結果、
ここまでは
あんりは消灯時間間近になった寮の談話室で、回復した
「
「ううん、全然!……それより白鳥さん、今日貧血で倒れたって聞いたけど大丈夫だったの?」
怪物を生み出すために倒れてしまったなんて診察で分かるはずもなく、保険医は貧血と診断を下した。
「ご心配には及びませんわ。無理をしていたつもりはないのですけれど、知らず知らずのうちに疲れをため込んでいることもあると、先生が
「大丈夫、私とっても健康だから!病院のお世話になったことなんて予防注射くらいだよ~」
「それは素晴らしいことですわ……って、そんな話をしたかったのではありませんの!
「わたくしは目の前にあるものを全てだと思って、それをあまつさえ
「仕方ないよ、誰だってそういうことはあるもん。
顔を上げた彼女は、ぱあっと笑顔を咲かせる。
そして目線を逸らして、もじもじと自分の指を触った。
「それに、わたくしとおと、お友達に……なって下さると……
「もちろん、よろしくね!
あんりとしては何気ない提案をしたに過ぎないのだけれど、
「な、なな、名前で呼んで下さるのですか⁉名前で呼ばれることなんて、家族や親戚以外では初めてで……!あぁっ!でも、わたくし如きが
「えーっと、
「いやーっ!需要と供給が一致しておりませんわ!このままでは『スパダリ主人公にメロメロなわたくし』というラノベが出てしまいますわーっ!」
名前を呼んだだけなのだけれど、この世の終わりかというほどの叫びを見せる
あんりは暴れ出しそうになる
「……コ、コホン。取り乱してしまい、大変失礼いたしました。つい気分が高まると、心の内を押さえきれなくなってしまって……」
「そ、そっかぁ……。ところで『らのべ』とか『すぱだり』ってどういう意味なの?」
「地球には存在しない言葉ですわ。ごめんあそばせ」
「地球にない言葉喋ってたの⁉」
驚くあんりに対し、決して検索しないようにと釘を刺す
そこまで言われて気にするなと言う方が土台無理な話なのだけれど……
「お友達になってくれて感謝いたします。お断りされたらどうしようかと……。わたくし、実はお友達を作る方法の本を読んで勉強しておりまして……活かせたようで良かったですわ」
「あ、でも……前に言ってた、カイくんみたいになりたいって言うのとは遠くなっちゃったかな?ほら、私とカイくんって似てないし。カイくんって一匹狼みたいでしょ?私とは正反対!」
カイとあんりは水と油、磁石のN極とS極のように対局の存在だ。
だが反発しあうものでも共存できないわけではない。
確かにカイは孤高の存在で、ちょっとやそっとじゃ崩れない強固な精神も持ち合わせている。それに
ただ一つ、決して間違えてはいけないことがある。
友人を一人作ったところで、
──しかし。
そうではないと
「いいえ、
「え?でも……カイくんみたいになりたいって言ってなかったっけ?」
「確かにそういうこともありましたわね。ですが、今となっては……
カイと一緒にいるたびに自分を押しのけてまでカイのことを追っていた
「わたくし、独りでいるのはもう諦めましたの」
その言葉は『カイと同じようになりたい』という願いと全く逆だというのに、
「一人になることは出来ますけれど、独りに慣れることは、わたくしにはできそうにありません。……ですのでわたくしは、
「だから、私とお友達になってくれたの?」
「ええ!お友達の多い
まだ知り合って数日足らずだ。
でも、それならば。
なぜカイのことを関係ないなどと言うのだろうか。シャドーに襲われたショックで混乱しているのか、それとも──
「あら。そろそろ消灯の時間ですわね。それでは
「あっ、うん。おやすみ……」
そう言って
あんりは寮長が電気を消すまで、その場でしばらくぼうっと立っていた。
彼女が嘘をついていないと感じるからこそ頭が混乱した。
シャドーに襲われる前も今も、
あんりは答えの出ない問いをかかえながら、会話のない自室へと帰っていくのだった。
◇
「──という感じです。あまり関係ないことかもしれませんけど」
「……私は、その
「でも、レギオンの力のせいだとして、
ボタンを掛け違えたような些細な違和感。
気付いた、と言っていいものか
「現時点では何とも言えない、というのが答えでしょう。ただシャドーの被害にあった人から何らかの違和感を感じたということは、大きな一歩だと思います。ヒースはどう思いますか?」
問いかけられたヒースは窓辺に座って難しい顔をしている。
「僕は……その生徒の願いが変わったように思う」
ヒースは窓辺を行ったり来たりして考えを
やがて「これは僕の考えだが」と前置きをして口を開く。
「被害にあった生徒はカイのことを目標にしていたと言っていたな。何があっても孤高に生きていけるようになりたい、だったか。それが……今では友達がいれば安心できると言っている。全く真逆のことを言っているとは思わないか?」
カイのことは分からないが、
独りでいても強く生きているカイに憧れて、今の境遇に負けないように強くなりたいと願っていた。
──だが。
彼女は今や、そう願ったことすら忘れている。
「では……シャドーに襲われた人は夢や願いを奪われる、ということでしょうか」
「何度も言うがこれは憶測だ。が、近いとは思う。夢というよりは、前向きに生きる力とでも言えばいいか……それがなくなるのかもしれない。レギオンは過去に戻りたいという後ろ暗い奴だからな、そういうことが起きてもおかしくはない」
「前向きに生きる力が、なくなる……」
あんりは考える。
前向きになれなくなった時、人はどうなってしまうのだろうかと。
例えば落ち込むようなことがあったとして、それを乗り越える力は前向きなものだと言えるだろう。
前向きに生きていくということは、成長し、壁を乗り越え、生きていこうと歩き出す勇気だ。
それがなくなってしまった時──
果たして人は生きていると言えるのだろうか。
「でも
「ああ、そう言えるだろう。何も僕はその生徒のことを否定しているわけじゃない。ただ、一人で強くなろうと思っていた奴が
「……随分と嫌な物言いをするのですね」
辛辣なヒースの言葉に、
「あくまでも可能性の話だ。これを立証する方法なんてない。レギオンの力に触れてしまった影響で一時的にそういう風になっているのかもしれないしな。良い話だけ話していても先に進まない。色んな可能性を考える必要がある」
そう、あんりが感じた違和感は、今の
嘘発見器でもあるまいし、あんりの主観でしかないのだけど。
確かに、そう思ったのだ。
「ところで、
「それが……カイくん、なんだか怒ってて。私とお話してくれないんですよね」
あんりは困り笑いで鼻を掻く。
「
勝手に価値観を押し付けるなとカイは言った。あんりはその前に何があったのかを思い出そうと頭を捻る。
確か、
「ねぇヒース。初代学園長……
人を助ける気がないのなら人助けをするな。
カイにぶつけられた言葉があんりの頭の中で反響している。それは消えることなくあんりを責め立てていた。
「いきなりだな……まあいい。確かに、お前が言うように
絵本の主人公ではなく、肖像画に描かれていた人でもなく、
彼女はその言葉の通り誰からも慕われ、頼られ──認められていた。
まさに
自分も
あんりは本気で思った。
──そして、ひどく羨ましくもあった。
「だが、
ヒースは窓辺に座って顔を擦り、なんでもないことのようにそう言った。
「優しい人は、優しいから人に優しくするんじゃない。優しいって言うのは、結局は誰かからの視点に過ぎないだろう。自分で自分のことを優しいっていう奴はいないだろうからな」
彼が話しているのはレギオンを封印した
「
「……そうやって、あなたに弱さを見せていたからこそ、
「……そういう話をしてたんじゃないだろ。僕は
突然自分の話が振られていたたまれなくなったのか、ヒースはそっぽを向く。
「
優しい人は優しいから優しいのではない。
強い心を持っていれば自ずと優しくなるのだとヒースは言った。
それでも、優しい人にはみんなが集まってくれるはずだ。
誰もが慕い、認める人になるためには優しい人でなければならない。
揺るぎない決意がなければいけないというのなら、あんりにだってある。絶対に譲れない自分だけのもの。
でも、それがなくたって。
(──優しくなりたいと思って何が悪いの?)
◇
あの日、
あれからカイと交わした会話は事務的なものだけで、彼女に何か思うことがあるのは火を見るよりも明らかだった。
「カイくん、今日はもう寝るの?電気消そうか?」
「……」
「明日までの課題、結構多かったけど終わった?私はこれからラストスパートかけなきゃなんだよねぇ。いっぱい寝たいから頑張らないと!」
「……」
ある日の夕方。カイはあんりの声かけに応えず、布団に潜り込んでいた。
向けられた背中は何も語らず、あんりの声だけが部屋の中でしぼんで消えていく。
部屋には二人いるのに、一人の時よりも何故か広く感じてしまうのは……なぜだろう。
「カイくん、私に怒ってるんだよね?」
ベッドに腰かけ、未だに背を向け続けているカイに話しかける。
あんりの言葉に、微かだがカイの体がぴくりと動いたような気がした。
「何か、カイくんの気に障ることしちゃったかな。そうだったら謝りたいし、直したいの。教えてくれる?」
長い、長い沈黙が続いた。
もしかしたらカイはもう寝てしまったのかもしれない。
あんりは課題をしようとベッドから立ち上がろうとして、身じろぎをするカイに動きを止めた。
「俺は、あんたのその態度が大嫌いだ」
起き上がったカイは乱れた髪を直そうともせず、唾を吐き捨てるかの如くそう言い放つ。
「あんただって、あの
聞いたことのない大声にあんりは目を見開く。
一気に捲し立てたカイは、布団に潜らずにあんりのことを睨みつけていた。
カイは容赦なくあんりに向けて刃のような言葉を向ける。
あんりにはそれを受け止める屈強な心はない。刃を持った相手に丸腰で挑むのは、無謀を通り越して愚かである。
けれど今。
鋭い切っ先を向けられた奥に、カイの心の中が見えた気がした。
激高して怒鳴るほどの感情がカイの中に煮えたぎっている。
今まではそれを知ることすら許されなかった。
だから少しだけ──
嬉いとすら感じてしまった。
「私ね、優しい人になりたいんだ」
見当違いな答えを呟くあんりにカイの眉間の皺が緩み、段々と呆けた顔になっていく。
「優しい人は最初から優しいわけじゃないんだって。でも、それでも。私は優しい人になりたい」
心の底から信頼していて、頼りにしていて、尊敬していて。
「だって……私にはそれしか才能がないから」
その目が向けられる人は──なんて、羨ましいんだろう。
あんりは困ってる人を助けたいし、助けを求めている人がいたら誰でも救ってあげたい。
優しいことを積み重ねて行けば、本当の優しい人になると思っているから。
そうすれば、こんな自分でも存在してもいいと思ったから。
『お姉ちゃん、あんりがまだ出来てないから、教えてあげてくれる?』
『分かったわ。あんり、どこが分からないの?お姉ちゃんに見せてみて?』
何もこんな時に思い出さなくてもいいのに、幼い頃の記憶があんりの脳内に映し出される。
それは古ぼけたネガのように色褪せているのに、どうしてかいつまでも消えてくれない。
こんなもの、燃えてしまえばいいのに。
「でも、カイくんにそんなこと言わせちゃうなんて、私って人に優しくする才能もなかったみたい。ごめんね」
自分には双子の姉がいる。
一卵性双生児の姉と自分はどこからどう見てもそっくりで、両親でさえ見分けるのに苦労するほどだ。
昔はそれが楽しくて色んな人にいたずらを仕掛けていたけれど、そっくりなのは顔だけだった。
自分と違って姉は何でも出来た。
──過言ではなく、何でも。
姉とはいつでも一緒に過ごしてきた。
一生光と影として生きていくのだと思っていたけれど、あんりはこの学園を一人で受験した。
あんりという半身と離れ離れになる姉はひどく落ち込んでいたが、あんりは涙の一つすら零さなかった。
「優しい人に、なりたかったんだけどなぁ……」
私に残されたのはそれだけだったから。
何も出来ない私が唯一出来ることは、それしかなかったから。
だから優しくなりたかった。
「……ハァ。こんなことで怒ってるのも、馬鹿らしくなってきたな」
「え?」
「なぁ
「えっ、えっ⁉何でいきなり?今私達、喧嘩してなかったっけ⁉」
ベッドに座り直したカイは、長くてスタイルの良い足を組んで突拍子もないことを言う。
あまりにも話題が変わり過ぎて、時間が飛んでしまったのかと勘違いしそうになってしまった。
「別に喧嘩してたつもりなんてないけど。俺があんたにムカついて、あんたの答えでそれが収まっただけ」
「私、そんな納得できるような答えだせたかなぁ……?」
「『そんなことない』って良い子ちゃんされたら、部屋の外に蹴り飛ばしてた」
物騒なことを呟くカイだが、その顔はどこか清々しかった。
そして、カイはぼそっと呟く。
「……あんたも良い子じゃないだな」
なんて言う彼女は初めて、ほんの少し──笑ったような気がした。
「じゃあ、仲直りしてくれる?」
「だから喧嘩してないっての」
張りつめていた空気がふんわりと解けていく。
どうやら喧嘩をしていなかったあんり達は、明日の課題を片付けるために机に向かうことにした。
もちろんカイはあんりの課題を見ようとしてきたので──
あんりはほんの少しだけ、見せてあげたのだった。
◇
課題をしている最中、学園の正面玄関付近にシャドーが出現した。
黒く染まった空と、体の奥底からせり上がってくるうような寒気。
慣れたくはないものだけれど、最早この感覚に敏感になってしまっている自分がいる。
あんりとカイは外の変化をいち早く察知し、シャドーの元へ駆けつけた。
「……ねぇ、カイくん、私と一緒に
あんりはそう言って『
「ま、面倒臭いけど……手伝ってやるよ」
そう言ったカイは、今までになく清々しい表情をしていた。
『我ら
合わせた時計が光り輝き、施されていた宝石からレトロな鍵が現れた。時計の上にある鍵穴にそれを差し込み、回す。
そしてあんりとカイは目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、体中に纏った光は服をかたどっては弾けて消えてゆき、古めかしく気品のあるドレスに身に纏う。
鍵を差しこんだ懐中時計にはリボンがあしらわれ、二人の胸元に装着された。
全ての光が霧散した場所には先ほどとは打って変わった二人の姿があった。
二人に対峙するシャドーはその体を縮こませ、地面に崩れ落ちるように沈んでいく。
地面いっぱいに広がったシャドーはまるで沼のようで、二人はその沼に触れないように校門に飛び乗った。
「なんでこいつらは
「とにかく離れた所に誘導しなきゃ!みんなが危ない!」
生徒に被害が出ないようにするにはシャドーをどうにか誘導しなければならない。
シャドーは何故かあんり達を追ってくるから、二人が逃げれば着いてきてくれるだろう。
あんりはそれに賭けて、シャドーの傍を通り抜けて駆け出す。
しかし、広がった影から伸びてきた手があんりの腕を掴み、学園と反対方向へ放り投げる。
何回か地面に打ち付けられるも、なんとか態勢を立て直し地面を削ってスピードを減速させる。
カイが広がる影目掛けて蹴りを地面に突き刺すも、シャドーは器用に形を変形させてそれを避けてしまった。
「おりゃあああああっ‼」
両の拳を握りしめて飛び上がりあんりは、それを思いきり地面に叩きつける。
その威力は地面に亀裂を入れんばかりだったが、そこにあったはずの影は縦横無尽に地面を泳ぐ。あんりはただ地面を砕いたに過ぎなかった。
そして、自分が舞い上げた瓦礫と砂埃に視界を奪われ──
地面から這い出したシャドーに気付くことができなかった。
シャドーはあんりの目の前で、がばりと大きく口を開ける。あんりの視界がシャドーによって黒く塗り潰された。
「カイくん、みんなを──」
食べられる。
そう思った時には、カイの目の前からあんりはすでに消えていた。
◇
暗いくて黒い闇の中にあんりはいた。
感じたことのない悲しさや虚しさ、諦めや怒りが漂っている。
──ここがシャドーの中なのだろうか。
時間の流れというどうしようもないことにもがいて溺れて、藁も掴めないくらい
あんりは暗闇に漂いながら、ぼんやりと考える。
レギオンが過去に戻りたい意思の集合体で、その影響を受けているのがシャドーなら、これは──レギオンが感じていたことなのだろうか。
(……そんなに、過去に戻りたかったんだね)
シャドーはあんり達を確実に仕留めようと襲ってくる。
その行動自体はプログラムのようで、まるで意思を感じることは出来なかった。
だが、そこに何かしらの意思が存在するのだとしたら、それはレギオンに他ならないだろう。
シャドーの侵攻を食い止めていても、何と戦っているのか分からない日々だった。
だが、レギオンが感じていたであろう、どうしようもない感情が体に入り込んできたことで、よく分からなかった悪意の輪郭が見えてきた。
レギオンは過去に戻りたくてどうしようもなかったのだろう。
だからシャドーは、そんなレギオンの気持ちに突き動かされてあんり達を食い止めようとしているのかもしれない。
それは確証も確信も証拠だってないけれど、心でそう感じてしまった。
「どうして過去に戻りたいのかはまだ分からないけど……未来にだってきっと、楽しいことはいっぱいある。それを手放すなんてできないの」
闇の中に眩い光が差し込む。あんりは迷うことなくそれに手を伸ばした。
「──だから私は、絶対に前に進む!」
あんりの手に光が降りてくる。
光はひときわ輝いたかと思うと、静かにあんりの手に収まった。
それは──古びた鍵だった。
あんりが手にした鍵の頭は、剣の柄の形を模していた。
その鍵を一筋の光が漏れる隙間に差し込んで、回す。
たくさんの希望が溢れる──未来に進むために。
◇
「それは『
胸のリボンと一体化していている『
『
そして、空いた鍵穴に吸い込まれるように剣の形をした『
すると、変身した時と同じような光が二人を包み、フリルがあしらわれた衣装から、着物を基調としたものへ変貌していく。
何もなかった空に光が弾け、あんりの手には小刀、カイの手に太刀が降ってきた。
「武器をくれるなんて太っ腹だな」
カイは太刀を構えてシャドーに照準を合わせる。
「じゃあ……さっさと終わらせるか」
シャドーはカイを警戒して唸り声をあげるが、いつの間にか背後に移動していたあんりに完全に後ろを取られてしまう。
慌てた様子で沼のような影から手を飛び刺させるも、それはあんりの小刀によって一つ残らず刈り取られ、儚くも霧散していった。
シャドーは明らかにあんり達の動きについていけていない。
刀の形をした『
あんりはその特性を活かし、シャドーの腕を
シャドーは無尽蔵に腕を生やして抵抗するが、切り落とされて消えた分、その体積は減っていく。
「すごい、これが『
「流石、レギオンを封印する程の力を秘めているだけはあるな……」
地面に沈むことができなくなったシャドーは、観念して地面の上へと顔を出した。しかし、そこには大きく振るわれた二つの刃があった。
『
カイとあんりが放った斬撃は十字の紋様となり、見事にシャドーに命中した。
二つの斬撃でシャドーの体は粉々に散り、最後に仮面だけを残して消滅していく。
そして、落ちてきた時計をカイが踏みつぶす。それは粉々に砕け散ったあと、風に流されて消えて行った。
「えへへ、シャドーに食べらちゃったときはどうなるかと思ったけど……でも何とかなるって思ってたよ。シャドーの向こう側にカイくんがいるって分かってたから、私は絶対に大丈夫だって」
突然現れた『
『
「だから私と一緒にいてくれてありがとうね、カイくん」
「はいはい……」
カイはいつものように、気だるげに返事をする。
周りから見れば、あんり達の関係性は何も変わっていないように見えるだろう。
実際、三歩進んで二歩下がったようなものだ。
それでもいい。
一歩でも前進したことには変わりないのだから。
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