第6話 大乱闘、早乙女カイファンクラブ!
一日は日の出とともに始まる。
早起きがが大好きなあんりは、今日も今日とて勢いよく寮のカーテンを開け放った。
差し込んだ光は容赦なくあんりに降り注ぎ、光をお裾分けしてあげようとカイのベッドのカーテンを開く。
彼女は未だ布団の中で夢見心地だったようで、眉をしかめて寝返りをうった。
「カイくん、おはよー!もう朝だよ!速くいかないと食堂混んじゃうよ!」
「うるさい……頼んでない……」
「早起きは三文の得って言うじゃない?きっと早起きしたカイくんには良いことが待ってるはずだよ!先着順で貰える特製のプリンとかね!」
「いらない……」
吸い込まれる前にカイの布団を思いきり剥がす。
あんりは恨めし気に睨まれてしまったけれど、寝坊して朝ごはんを食べられないことの方が大変だ。感謝こそされど、恨まれる
「今日の日替わり定食はから揚げだって言ってたし、今日一日頑張れるね!」
「それって運動部しか食わない大盛メニューだろ。部活もしてない癖に……」
「そ、そりゃあしてないけど……。でも運動部に入ってない人もご飯を大盛に出来るのは嬉しいよね~。それに運動部ご用達のスタミナメニューって、美味しいからおかわりしちゃうんだよね」
渋々と着替え始めたカイを眺めながら、あんりは誰に聞かれたわけでもない言い訳を並べる。
「準備出来たんだろ?先に行ってれば」
「せっかく起きてくれたんだから一緒に行こうよ!」
「あっそ、もう別にいいけどさ……」
呆れたようにため息をつくカイ。
彼女がネクタイを緩く締め終わると、二人は食堂までの道のりを歩いて行った。
カイには何を言っても軽くあしらわれてしまうのだが、初対面だった時に比べれば態度がかなり柔らかくなったように思う。
話しかけすぎると無視されてしまうけれど、それでも以前に比べればずっと話してくれるようになった。
「何にやついてんだ」
「えへへ、なんでもないよ~」
「ふーん、気持ち悪いな」
避けられていた頃に比べたらこんな嫌味ですら可愛く思えてしまう。
これからも二人、それに
そんな予感を胸に抱き、あんりは足取りも軽く食堂に向かったのだった。
◇
香ばしく揚げられたから揚げが皿の上にどさりと乗せられる。
ふわりと傍に添えられたキャベツと、彩りにちょこんと乗せられたプチトマト。味噌汁や茶碗の上に
あんりはから揚げ定食を、カイは焼き鮭定食を持って席につく。
当たり前のように同じテーブルについたあんりだったが、カイはそれに突っ込むことはせず、静かに食事を始めた。
「カイくんっていっぱい食べるんだねぇ。お茶碗何杯分くらいついでもらったの?」
「あんたに言われたくない。一人で釜の飯全部食うつもりかよ」
「や、やだな~!せめて半分くらいって言ってよ!」
「食うことを否定しろ」
カイの持っている茶碗には軽く二、三杯分ほどの白米が注がれていた。
年頃の女子高生にしては食べる方だと思うが、自分の目の前にある茶碗にはそれよりも倍の白米が鎮座していた。
いや、これはそう、消費カロリーに負けないように食べているだけで、決して食べ過ぎなわけではない。
腹部の主張もそんなに激しくないし、むしろ普通の量といっても差し支えないと思う。
「だってここの食堂のご飯美味しくて……土日も食べたくなっちゃうよねぇ。カイくんは土日何食べてるの?」
「別に、何でもいいだろ」
「そうだ!じゃあ今度一緒にお昼ごはん作ろうよ!一人で食べるより二人で食べる方が美味しいと思うし」
「なにがじゃあなのか知らないけど、余計なお世話」
そう言ってカイはもくもくと箸を進める。
あんり達の暮らしている寮は平日に三食食事が提供される。逆に、それ以外は自分で食事を作らなければならない。
そのために町に買い出しに出たりするのだけど、栄養の偏りを無視するならば、三食カップラーメンでもいいわけだ。
「ごきげんよう。こちら、ご一緒してもよろしくて?」
から揚げを頬張っていたあんりに話しかけてきたのは、ウェーブがかかった栗色の髪の少女であった。
あんりはその少女を見て一目でピンと来た。
「
あんりは何かあった時のためにアリビオ寮生のことを覚えているのだ。何か、とは特に
「わたくしは
「私の席がいいの?じゃあ私は向かい側に移動するね、これなら──」
「いえ、そうではなく。あなたは席をあちらに移動してくださるかしら?」
と、
あんりはそれを見て白米をごくりと飲み込む。食事は問題なく喉を通っていくが、
「聞こえていませんの?あなたはあちらに移動してくださいと申し上げているのですわ!さあ、早くして下さいまし!」
「わぁ待って待って!ご飯がこぼれちゃうよ!」
「そんなもの……ってあなた、どれだけご飯を盛っていますの!?力士にでもなるおつもり⁉」
「そ、そんなことないも~ん!」
あんりが席を立ったところで、
「そういえば、私の名前知ってたんだね?」
「ええ、個人的にあなたのことを調べさせていただきましたの。あなたと
「私とカイくんの?」
「ええ。単刀直入に申し上げますけれど……あなたも
「え?ううん、違うよ」
「ち、違うのにそんなにも親しげなんですの⁉一体なぜ……あなたは、
ぐいぐいと近づかれ、あんりの持つお盆から味噌汁がこぼれそうになってしまう。
「私とカイくんは……えっと……秘密の、関係?」
「な、な、な、なんですって……⁉」
古の怪物が蘇りそうになっていて、
かといって寮の同室というだけでは味気がない。悩んだ末に出した答えはしかし、
「特別な関係ですって……まさか
「
取り残されたあんりはぽかんと口を開けて立ちすくんでいた。
「カイくんのファンだって、知ってた──って、あれ?」
こういう時には真っ先に文句を言いそうなものだけれど、と思って振り向いてみると──カイは忽然と姿を消していた。
ぽつんと取り残されたあんりは、過ぎ去った嵐の余韻を感じながら食事を進めたのだった。
◇
それはもちろん
昼食時やカイと寮に戻ろうとした時、それに寮でカイと話そうとしている時など。どこからともなく彼女が現れるのである。
その時の彼女といえば、「
「お前が何か気に障ることでもしたんじゃないか?それか生理的に嫌いだとかな」
「えぇ~?でも私、
「人間っていうのは他人を見た目で判断して態度を変えるもんだ。その女もそうだったってだけだろう」
カイあるところに
そんな生活が続いていたあんりは現状の打開を求めて学園長室を訪れたのだった。
「そんなことないよ、
「でも現に嫌われてるんだろ。一人に嫌われたくらいで騒がなくてもいいだろうに」
ヒースは学園長の机に座りながら自分の時計を磨いている。
あんりは彼の答えに頬を膨らませてみせた。
喋って動くぬいぐるみであるヒースは、基本的に学園長室にいる。
学園長室は他の先生が訪れることもあるから完全に安全地帯とはいえないのだが、学園を自由に動き回られても大変な騒ぎになる。
彼の刺々しい物言いはそんな
いや、大事に持っていたという点において間違ってはいないのだけど。
彼女の性格上、それについてはあまり触れて回って欲しくなさそうだった。
「一度、彼女ときちんと話し合ってみたらどうですか?何か誤解があるのかもしれませんよ」
「そうですね……ちゃんと話してくれるといいんですけど……」
「ところで、その
「それが全然知らない人だって言ってました」
突進してくる
あんりとカイが関わり合いをやめること、それに他ならない。
ただ、カイ自身も
一体何の理由があってここまでカイに執着しているのだろうか。
「聞いている限り、今はあなた達に実害がないようですが……エスカレートすることも考えられます。トラブルになる前にきちんと理由を聞く必要がありますね」
「そうですよね……もしかしたら何かすれ違ってることがあるのかも。納得出来るまで話し合ってみます!」
「待って下さい
あんりが学園長室の豪華なソファから素早く立ち上がると、
「実は今、これまでシャドーの被害に遭った方の調査をしているのですが、何か気になることを言っていた方はいませんでしたか?」
「えっと……特にそういうことはありませんでした」
「そうですか……。レギオンの力が体に入り込んでシャドーになることは、これまでの情報とヒースの話を聞くとまず間違いない、というのが私達の見解です。ですが人体に悪影響があるかどうかは、まだ調べきれていないのです」
何らかの力が入り込み、人の影の中から出てくるシャドーという怪物。
シャドーから微かにレギオンの力を感じるということは、レギオンの力がシャドーに影響を及ぼしている可能性は限りなく高い。
そんな得体の知れない力が体に入り込んだのだ、何かが起きていると思うのが自然だろう。
しかし、シャドーを生成してしまった人はその場に倒れてしまい──目を覚ませば五体満足で生活することが出来ていた。
「私も前回のシャドー騒ぎで被害にあった方の救護をしたのですが、あなた達がシャドーを倒したあと、急に目を覚まされたのです。まるで何事もなかったように」
「ということは、シャドーさえ倒せば被害にあった人も元通りになるってこと、なんでしょうか?」
「それで済めばいいけどな。レギオンの力が関わっているんだとしたら、そう簡単にいくとは思えない」
明るい表情になったあんりとは対照的に、ヒースと
「僕は
「ただ、現在調査している段階では問題がない、としか言いようがありません。もちろん引き続き調べてはいくつもりですが」
シャドーに関わる騒動について、もちろん学園内でもちょっとした噂が流れ始めていた。
影の怪物がどこからともなく現れ、ひとしきり暴れた後に忽然と姿を消す。
実際に見た人も襲われた人もいるのだから、この怪物騒ぎは都市伝説に収まる話ではない。
生徒達も、
「私も、シャドーの被害に遭った人を注意して見てみますね。……でもまずは、
あんりはそう宣言して学園長室から飛び出していく。
後ろから飛んでくる
……さて、
◇
「カイくん、みーつけた!」
しかし
眠りが浅かったのだろう、あんりが頭の方から覗き込むとカイはすぐに目を開けてくれた。
「何?」
「ううん、用事があったわけじゃないんだけど……まあ言っちゃえば、カイくんに会うことが用事だったというか」
「はぁ?」
カイは不満そうに声をピリつかせる。
しかし、近くの茂みから飛び出してきた姿に全て納得したようだった。
「
「ほら、やっぱり来てくれた!」
「あぁ、そういうこと……」
この広い学園内、そして
だがカイの居場所ならこれまでの経験から目星を付けやすかった。
カイは人気の少ない一人になれる場所を好む。そして、カイを見つければ自ずと
「全く、あなたという人は……わたくしが再三忠告しているにも関わらず、
「
「あなたが
あんりは怒っている
彼女の顔は怒りから困惑──そして、拒否へと変化していった。
「わっ、わたくしはあなたとお話をすることなんてありませんわ!わたくしが望むのは、あなたが
「わたくしは……学園内でも一人でも涼しげにしていらっしゃる
そう言って
その顔にはカイに対する尊敬の念がありありと浮かんでいた。
「……そっか、
中庭に小鳥が来ている。
二羽の小鳥は仲睦まじく水浴びをすると、一人だけ飛び立っていってしまった。
「カイくんが羨ましい。私も、カイくんみたいに誰かの助けになりたいな」
人助けがしたい。
助けを求める人の役に立って、みんなが笑顔になっているところが見たい。
そして──それをしたのが自分だという事実が欲しい。
自分の手で誰かが幸せになったという結果が欲しい。
そうすればきっと、こんな自分にも生まれた意味があると分かるのに。
「……とにかく!わたくしは
それは学園にとっても──そして、あんり自身にとっても。
カイと離れ離れになることは様々な意味で難しいけれど、
どちらの主張も譲れないのなら、あんりがすることは一つだけだ。
「ねぇ、私ともお友達になろうよ!」
「……はい?」
怪訝な返答にあんりは大きく頷く。
「友達になることは誰にも止められないんだよ。だから私とカイくんも、もう他人になんて戻れない。だって私はカイくんと一緒にいたいんだもん!」
人は生きていく中でたくさんの『他人』と関わりを持つだろう。
その人に抱く感情は好意かもしれないし、嫌悪かもしれない。
ただしそれは自分が決めることであって、誰かが関与出来るようなことではない。
表面上は出来たとしても、人の心を無理矢理変えることは不可能だ。
カイと友達になって
それぞれみんなが選択し、決断して、行動に移した結果なのだ。それを今更なかったことになんて出来るわけがない。
けれど、彼女はその手を振りほどいた。
「わたくしは……あなたとはお友達になれません」
今までの語気の強さと裏腹に、友達になれないと言い放った声はどこか投げやりにも聞こえた。
「あなたもアリビオ寮生なら分かるでしょう。わたくし達が他の寮生から何と言われているか。アリビオ寮は何も出来なくても、金さえ積めば入れるって。それが事実である寮生もいらっしゃらないわけではありせんわ」
アリビオ寮以外の寮はそれぞれ専門的に秀でた生徒を優先して入寮させている。
ではアリビオ寮はどんな生徒が入るのかというと、それ以外で一般受験をした生徒ということになっている。
だが実際は、
寮同士の親交を深めるという名目で通常授業は寮に関係なく合同で受けている。だが、あんり達アリビオ寮に対して厳しい扱いをする生徒がいないわけではない。
「わたくしの家はこの学園に多額の寄付をしている。それは間違いのない事実ですわ。それでも、人に言えないようなことをして、この学園に入学したわけではありません!」
誰がどうやって入学したのかなんて他の生徒は知る由もない。
だから、こうやって不名誉な噂が独り歩きしているのだろう。
「寄付をしているという事実だけで、わたくしは裏口入学をしたと
カイが一人で過ごしているのだから、自分も大丈夫だと。
「わたくしだって、こんな噂に負けないくらい人望があればと思ったことはありますわ。そうすれば、わたくしにだってお友達が出来たはずですもの」
上手くいかないから人生なのだと誰かが言った。
でも、上手くいかなった人は──どうすればいいのだろう。
過去の栄光に縋る人もいるだろうし、悔しさをバネに成功する人もいるだろう。
他人を蹴落とす人もいるかもしれないし、自分を大きく見せる人もいるかもしれない。
過去には戻れないし『もしも』はただの夢。
だが存在しない可能性に頼らざるを得ないほど、
どう声をかけたらいいのか手をこまねいていると、あんりはハッと気付いてしまう。
──
「……
「え……なんですの、これ──」
それが何かを理解するのに少しの時間を要したが、あれがヒースの言っていた『レギオンの力の一部』なのだろう。
「
だが、それを理解した時には遅い。
あんりの声は間に合わず、
それは紛れもなく──シャドーそのものだった。
「
「はい、今……
「ああ。僕も見たが、間違いなくレギオンの力があの人間に入っていった。やはりシャドーは、レギオンのせいで出来た化け物ってことだな……」
目の前で倒れた
騒ぎを聞きつけてやってきた
「レギオンの力の一部はこの学園一帯にある。これからも誰が襲われてもおかしくはない。問題なのは学園以外にも広がっていないかだが……」
「そうなると、私達では対処のしようが……。広い範囲の感知は出来ないのですか?」
「僕を便利道具みたいに言うのはやめろ。レギオンの力だって微かに感じる程度で、あの去シャドーってやつになるとよく分からなくなる。一度人に潜り込んでるせいかもしれないが……」
ヒースがシャドーを見上げて考え込む。
シャドーはあんり達を見つけると、明確な敵意を持って迫ってきた。
『我ら
合わせた時計が光り輝き、施されていた宝石からレトロな鍵が現れた。時計の上にある鍵穴にそれを差し込み、回す。
そしてあんりとカイは目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、体中に纏った光は服をかたどっては弾けて消えてゆき、古めかしく気品のあるドレスに身に纏う。
鍵を差しこんだ懐中時計にはリボンがあしらわれ、二人の胸元に装着された。
全ての光が霧散した場所には、先ほどとは打って変わった二人の姿があった。
「チッ、シャドーか……。あの女、付きまとってきた癖に面倒までかけやがって……」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない。
「そんなのどうでもいいね。人のことを勝手な想像で──いや、俺はシャドーを倒すだけだ」
「勝手って……
いつも機嫌が悪そうなカイだけれど、いつにもましてその言葉に怒りが含まれている。
一体何が琴線に触れたのか、それが分からないままカイとの雰囲気は険悪になっていく。
「シャドーを倒したらそいつも戻ってくるんだろ。文句あんのかよ」
「それはそうだけど……誰かを助けたいっていう気持ちが大事じゃないの?カイくんだって
「勝手にそう思ってただけだろ。俺は何もしてないし関係ない」
「二人とも、何をしているのですか!前を見て!」
遠くから叫ぶ
すると、目の間に迫っていたシャドーが拳を振りぬいていた。
間一髪でその攻撃を避けるが、今の今まで立っていた地面は無残にも抉れてしまっていた。
対峙するシャドーは腕を扇形に変形させている。
どうやらシャドーは体を変形させることもできるらしい。とすると、かなり厄介だ。
シャドーは地面から拳を引き抜き、扇を閉じてあんりめがけて突きを放った。あんりは攻撃が当たる寸前に扇に飛び乗り、シャドーの腕を駆け抜ける。
頭部に到着したあんりは、顔の部分に当たる時計の仮面めがけて重い拳を叩きこんだ。
残念ながら破壊することは出来なかったが、時計にダメージを負ったシャドーは頭を抱えて呻く。
その隙を突き、あんりの後ろから飛び上がったカイが首のあたりに飛び蹴りをする。
その衝撃でシャドーは地面に倒れこんでしまった。
「よし、今だよ──ってカイくん⁉」
あんりの言葉を聞かずに、カイは起き上がったシャドーに追撃として何発も蹴りや拳を食らわせる。
しかしシャドーは態勢を立て直すと同時に扇で突風を起こし、カイはそれに吹き飛ばされてしまった。
「危ないっ!」
校舎に叩きつけられる前にカイの手をとる。
荒れ狂う風の中、あんりは必死にカイを引き留めていた。
「何してんだ、もういいから離せよ!」
「いやだ~~‼カイくんのことだって助けるんだもん!」
「助けるとか助けないとか……どうでもいいんだよ!もういい、離せ!」
「だめ!絶対離さない‼」
「手じゃない、足を離せ!」
そう言われて、ようやくカイの目論みを理解した。
あんりが地面から足を離すと体は風に煽られ、いとも簡単に宙を舞う。
すると二人は校舎に叩きつけられ──る前に、両足で着地する。
そして、壁を蹴って思いきりシャドーの元へ飛び込み、みぞおちの辺りに拳をめりこませた。
怯んだシャドーの目の前に着地すると、二人の胸に装着されていた『
それを二人で
『
──だが。
矢がシャドーに届く寸前、シャドーは仮面ごと煙のように霧散して消えてしまった。
「……え?シャドーが消えた……一体どういうことですか?」
「分からないですけど……確か、前にもこういうことがあった、ような……?」
「何だって⁉何でそれを言わなかったんだ!」
「だ、だって色々あって忘れてて~……!」
いつだっただろうか、手応えを感じないままシャドーが消えたことがあった。
そんなことを思い出していると、あんりはふと思う。
シャドーが発生する理由は分かったけれど、消える条件は未だに解明できていない。
戦ってきた経験上、ある程度ダメージを与えた時に消えていたような気がするのだが……。
「どうして急に消えたんだろうね。ヒースと
「あのさ、」
季節外れの冷たい風が吹く。
二人の間を通る風は、シャドーが起こした時の向かい風に比べて優しいものだった。
だがカイとの間に隔たれた壁は、たとえ追い風があっても乗り越えられないくらい高く
「もう俺に付きまとうのやめてくれる。どいつもこいつも勝手な価値観を押し付けてきやがって……吐き気がする」
勝手に無くなっていたと思っていた壁は見ない振りをしていただけで──ずっとそこにあったのだ。
出会った頃と同じような──いや、それ以上に嫌悪感をむき出しにしたカイを見て、あんりは思わず尻込みしてしまう。
彼女の纏う怒気は普段のそれを遥かに凌駕していた。
「あんたもそうだ。人のために人助けなんてしてないくせに、俺に説教してくるな」
あんりの返事を待たずにカイは一人で帰っていく。
引き留めることも声をかけることもできたのに、あんりにはそのどちらもすることはできなかった。
カイに怒られたことがショックだったのではない。
ただ一言、最後の言葉が──心にいつまでも引っかかって取ることができなかったのだ。
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