第5話 むかしむかしのお客様
あんりが昔読んでいた絵本はどうやら本当の物語だったらしい。
それをすんなりと納得できたのは、シャドーという摩訶不思議な生物と遭遇したからだった。
この学園は何が起こってもおかしくない。
だから、うさぎのぬいぐるみが喋りだしても──至極当然なのかもしれない。
「……いや、そうなのかな⁉でもぬいぐるみが喋るなんて、私初めて見たよ⁉」
「お、おお、落ち着きなさい
「……tえ⁉僕の話してることが伝わるのか⁉」
『きゃーっ!』
ぬいぐるみが返事をしたことで、あんりと
いや、あんり達が驚くのは当然として、喋り出した本人も驚くとはどういう了見なのだろう。
とにかく、カイを除く全員が慌てふためき、パニックに陥っていた。
「コホン!お前達とりあえず落ち着くんだ。全く、これが
「そんなこと言って、一番びっくりしてたよねー……」
「う、うるさいな!僕は人と喋ったことがないんだ!仕方ないだろ!」
カイにこっそり耳打ちをしたつもりが、うさぎのぬいぐるみは耳をピクリと動かして目ざとく注意する。
そして、ふんと小さな胸を張った。
「僕の名前はヒース。呼ぶ機会はないと思うが一応礼儀として名乗っておこう」
「あなたは……昔からずっと一緒にいた、私のぬいぐるみ、ですよね……?」
「それは間違いない。僕は
怯えた表情で様子を伺っていた
「
そして
「あなたの言う通り、私はこのぬいぐるみをお母様から頂き、お母様はおばあ様から頂いたと聞いています。そうやって
「僕は動けないし喋れなかったが、
うさぎのぬいぐるみ、もといヒースは窓辺からぴょんと飛び降り、あんり達三人を見上げる形で腕を組んだ。
「レギオンとの戦いから大分時間が経ったせいで、
「じゃあシャドーってやっぱり、そのレギオンのせいで現れてるってことなの?」
「ああ、お前たちが倒しているという怪物か……それについてはよく分からない。レギオンと似てるようで、全く新しいような……。ただ封印が緩んだせいでレギオンの力が漏れて、さらに変な風にくっついていることは確かだ」
「……何であんたにそんなことが分かるんだ?」
「僕はこれでも
ヒースはうさぎのように足をタンタンと床に打ち付け、落ち着かない様子だ。
そしてあんり達の持つ『
「『
「ち、違うよ!この時計は勝手に落ちてきちゃったの!もうボロボロで……」
ヒースは冷静さを欠きあんり達に詰め寄ってくる。
『
ここにいる全員の話をまとめるならば『
だがヒースはそれについて首を縦には振らなかった。
「お前たちがシャドーと呼んでいる怪物を僕は見たことがないし、外に出て行ってしまったレギオンの力を全て正確に感知できるわけじゃない。だからレギオンとそのシャドーっていう怪物を関係づけるのは気が早い。ただ……封印が一度解かれてしまったことは確かだ」
ヒースはため息交じりにそう零し「それに」と小さな指であんり達を指差す。
「綻びた封印が変な風にくっついているのは、その二つに割れた『
「そんなこと言ったって割れたモンはしょうがないだろ。割れた卵で茹で卵作れって言われても無理なもんは無理」
「そもそも、優秀な
騒ぐヒースに、カイの眉がぴくりと引き
「まあまあ!うさぎさん、私達も頑張って戦うからそんなこと言わないで欲しいなぁ」
「うさぎさんはやめろ、僕には
「えーっとじゃあ、ヒース?」
「そうだ、相手の名前は間違えずに呼ぶんだぞ」
ふんぞり返るヒースにカイの機嫌がどんどん損なわれていくのを感じる。
あんりはそれをなんとか
初代学園長こと
彼女がヒースの元々の主で、誇張無く肌身離さず一緒にいたのだという。
あんりは先代の
心優しく、正義感に溢れたその人はきっと誰からも感謝されたのだろう。
「ねえヒース、
「……
ヒースはそれだけ呟くと首をふるふると振る。
とげとげしい言葉を飛ばしてきた彼の顔に一抹の影が落ちたような気がした。
「……そんなことは今関係ない!とにかく、何の覚悟もないまま覚醒したお前たちなんか
「あっ、ちょっと、それは……!」
ヒースは大きくジャンプしてあんりが持っていた『
そして何回かジャンプをして扉の前にいくと、上手くドアノブを回して出て行ってしまった。
あまりに突然の出来事に三人は一瞬だけ固まり、そしてあんりと
「彼が人に見られたら、大変なことになります……!」
「早く追いかけないと、カイくんも行くよ!」
「良いよ別に、協力的じゃないんだし放っとけば?」
「あなたに比べればなんてことありません!それに『
タイムリミットは寮の門限まで。
あんり達とヒースの追いかけっこが始まったのだった。
◇
「すみませーん!誰かうさぎのぬいぐるみを見ませんでしたか!?このくらいの大きさで、時計を持ってて、動いてしゃべモガ」
「ただの普通のぬいぐるみです。至って、至極普通のぬいぐるみです!どこかで見かけませんでしたか⁉」
学園長室から出たあんり達は目につく生徒達に声をかけて回った。だが誰に声をかけても、ヒースを見たという話はとんと聞かない。
地図を持って走っているうさぎなど、目立つなんていうレベルではない。それなのに騒ぎになっていないということは本当に見つかっていないのだろう。
「
「うさぎの……?いや、見たことないかな。
「ううん、私じゃなくて
「誰の所有物かは関係ありません。とにかく、あなたはそれを見かけなかったのですね?」
いつか、なぜヒースを学園長室に置いているのかと聞いたことがある。
だが、ぬいぐるみはぬいぐるみだ。
生徒には規則を守るようにと言っている学園長代理が、学園長室にぬいぐるみを隠し持っているという事実はどうしても隠したいのだろう。
「はい、僕は何も。それにしても、生徒会長さんもそんなに慌てているなんて……そんなに大切なものなんですか?」
「……ええ、とても大事な……何にも代えがたいものです」
そう答えたことでヒースが自分のものだと自白したようなものだけれど、
「そうですか、早く見つかると良いですね。どんなに大切にしていても、ふとした時になくなってしまうこともありますから……」
「もしそうなっても、私は諦めません」
「たとえ消えてしまったとしても諦めるという選択肢はありません。私が諦めたら全てが終わるなら、尚更」
シャドーが出現して、カイが
どうしてあの怪物が生まれるのかも分からず
カイを選ぶことこそ断念しかけたけれど、それでも
「
「と、突然褒めないで下さい。それに、それを言うならあなただって同じでしょう?私の頼みに二つ返事で了承してくれたではありませんか」
「あはは、そうなんですかね。私はみんなのためになればと思って人助けをしてますから、今回だって同じことなんです。だって放っておいたら大変なことになっちゃいますしね」
あんりは頭を掻いてへらりと笑う。
ご先祖様の意思を受け継いで未来を考えている
でも助けを求められたのなら投げ出すわけにはいかない。
困っている人がいるのなら、あんりには止まる理由など存在しない。
「……それにしても、あのぬいぐるみが動き出すなんて。不思議なことが起きたものですね」
あんりと
手当たり次第空き教室を開けてみるがどこにも見当たらない。
「それも
「付喪神ですか、確かにそうかもしれませんね。私以外にもお母様やおばあ様が大切に持っていてくれたお蔭です。
数百年前の記憶を持つぬぐるみが動くなんて不思議な話だ。
いや、ヒースにしてみれば昔でもなんでもなくて、数百年前から今までが正真正銘生きている時代なのだろう。
ぬいぐるみが生きていないということはさておき、ヒースにとっては昔だって今と何ら変わりないのだ。
「じゃあヒースはレギオンのことも知っているんですよね。確かレギオンは過去に戻ろうとした……ってことですけど、それって、一体どうしてなんでしょう?」
「さあ……それはぬいぐるみ……ヒースに聞くか、本人に尋ねるしかないでしょうね」
レギオンの目的は過去に戻ること。
それは何回も聞いて知っているけれど、世界の時間を巻き戻してまで昔に戻りたかった理由とは何なのだろう。
いくら考えてみても、時間を巻き戻すというスケールの大きさに飲み込まれてしまって、レギオンの気持ちを推測することは叶わない。
「
「いいえ、全く。それは世界を守った
ぽつりと呟いた疑問に
「私達は先代から受け取ったものを次代に繋げていく使命があるのです。それを放棄することは許されません。でもそれは、何かを捨てて進んでいく、ということではないと私は思います」
窓から吹く風が
けれど、髪の隙間から見える鋭い視線から逃れることは出来なかった。
「時代の流れに置いていくものがあるのは仕方がありません。だけど、だからといって……すぐに諦めることが出来ないのが人間だと思います。先ほどの彼に簡単に諦められないと言ったようにね。私達は矛盾を抱えた存在ですが、それでいいと思います。ロボットのように完璧になってしまったら、それは悲しいことだと思いませんか?」
再び歩を進める
「何かを置いていくのは悲しいことですが、それを受け入れて歩いていく。それこそが人生なのだと思います。レギオンがどんな理由で昔に戻ろうとしたのかは分りませんが……私はそれを否定します。前に進む勇気を失うことは、とても怖いことですから」
「私も……昔には戻りたくないです」
時間は否応なしに進んでいく。それはあんりだけではなく全人類に等しく降りかかることだった。
時間の波からは誰も逃れることは出来ず、取りこぼしてしまったものは二度と手に入らない。
「──だって、昔には何も無いですから」
でもあんりは、その波に乗って遠くに流れて行ってしまいたかった。
色んなものを過去に置き去りにし、振り返らずに、視界に入れず。あんりはそうやって歩み続けてきた。
この学園に来たのは、もう過去を振り返らないためなのだから。
「あれ……そういえばカイくんは……?」
「え?先ほどまで後ろに着いてきていたはずですけれど……」
人気のない所まで探しに来たところで、ふとカイがいないことに気付く。
慌てて探していたものだから、カイがいなくなっていることに全く気が付かなかった。
辺りを見回すとどこからか黄色い声が聞こえる。
まさかヒースが見つかったのだろうか。
最悪の事態が頭を過り、あんりと
◇
学園長室から飛び出したうさぎのぬいぐるみ──ヒースは、学園の窓から見える景色に茫然としていた。
「本当に、長い月日が経っているんだな……」
そして何より……ヒースの記憶にあるものはどれも、時間の経過によりひどく劣化していた。
いつの時代も古来から残っている物には希少価値がある。
しかし、どれだけ大切に扱っていたとしても月日の流れに逆らうことは出来ない。人も物も、いつかその命を使い果してしまう。
「げっ」
「失礼な反応だな……お前も僕を捕まえにきたのか?」
「いや適当に歩いてただけ。もっと見つからない所に隠れろよ、捕まえなきゃならないだろ」
「お前……
「そういうことにされてる。俺はどうでもいいけど」
廊下の向かい側から歩いてきた
「お前の態度には色々と言いたいことがあるが……今は勘弁してやる」
「そりゃどうも。大人しく着いてきてくれると俺の手間も省けるんだけど」
減らず口を叩く少女に本当は飛び蹴りでも食らわせてやりたいところだったが、そんな気力は残っていなかった。
ヒースはため息交じりにぽつりと呟く。
「……
幼い頃に
ぬいぐるみときょうだいなんてと思うかもしれないけれど、そう誇張しても何らおかしくないほど四六時中を過ごしてきた。
だけど
それもそうだ、ぬいぐるみの自分と違って
『ヒース、私ね。世界を守る
そんな時、レギオンが現れて
そのことを相談できる相手はそうおらず、
『時間を戻そうとしていることを悪と言うんじゃなくて、未来に進んでいきたいって思って欲しい。私、レギオンにだってそう言うわ』
しかしレギオンと
そして学園長としての責務を終えた数年後に
ヒースは
「それから僕は
人間のように動いて話ができるようになった理由は正直分からないけれど、
──でも、と口をきゅっと結ぶ。
「……もうこの世界に
心で留めていた思いを口にできるのなら、知らない人間ではなく、
言いたいことも、話したいことも、伝えたいことも山のようにあるのに。
こんな寂れた時代で目を覚ましても何の意味もないのに。
「はは、今ならレギオンが過去に戻りたかった気持ちも分かる。それかいっそのこと、目覚める前に壊れていて欲しかったよ」
逃げる気も失せてしまったヒースは冷たい廊下に座り込む。
だが
「なっ、なんて乱暴な持ち方をするんだ‼僕は今じゃ手に入らないくらい貴重な骨董品なんだぞ⁉」
「知るかよ、そんなの俺に価値がないなら関係ない。そのなんとかって奴が過去に戻りたかったのも正直どうでもいい。それに──」
「──時間はどうやっても戻らない」
はた、とヒースは我に返る。
彼女の言葉は──かつての自分の考えと同じだったのだ。
レギオンは冗談ではなく、本当に世界の時間を過去に戻す力を持っていた。
だが
和解できず封印という形で終わってしまったことに、
過去に戻ることは出来ない。
過ぎ去ったから過去というのだ。
レギオンにその力があって野望が実現したとしても、そこは既に戻りたかった時代ではないだろう。
過去に戻りたかっただけであって、過去が現実になってしまえばその願いは意味を失ってしまう。
今生きているこの時があるからこそ、過去に戻りたいと望むのだ。過去の栄光だけが自分を形作っていると思うことの、なんと傲慢で愚かなことか。
それを見守ってきた自分が過去に戻りたかったなんて──絶対に口に出してはいけなかった。
それに、自分がここにいられるのは
それは
自分がここに存在していることこそが
「あんたを捕まえないとうるさいやつが二人もいるんでね、大人しく来てもらおうか」
「分かったから耳を持つのはやめ──」
「キャーッ!
手で耳の付け根を押さえて足をバタバタとさせているヒースを尻目に、
しかしそんな一人と一匹を追いかけるように甲高い声が飛んできた。
「ああ……
不躾にもずいっと近づいてきたのは、お嬢様と称する他ない風貌の女子生徒だった。金髪の豊かな縦ロールを揺らし、その目を輝かせている。
「わたくしのことを耳にもかけないこの感じ……さすがは
「ひっそりって言うならついて来るなよ」
「きゃっ……
「人間ってこんな変な奴しかいないのか……?いやこの話の通じなさ、
「あら?どこかから
「さぁ、空耳じゃね」
「そうですわよね!うふふ、わたくし、
台風のような少女は颯爽と去っていく。
「なんだったんだ今のは……」
「さあ。知らない奴だった」
「お前、知らない奴にあんなに付きまとわれているのか。なんというか、お気の毒だな」
あまりにインパクトの強い少女にヒースは自分の境遇を一瞬忘れてしまう。
しかしパタパタと聞こえる足音に振り返った時、苦い感情が否応なく蘇ってしまったのだった。
◇
「やっと追いつきました。ヒース、『
「そんなことはお前に言われなくても分かってる」
あんり達が声を辿って着いた所にはやはり、カイとヒースがいた。
黄色い声が聞こえた割には人だかりも出来ていないし、どうやら騒ぎにはなっていないようだ。
カイがヒースを捕まえたようだが、そのせいかヒースの声色にはまだ幾分と棘がある。
「この地図は学園を封印している四つの『
「他人って……私はともかくこのお二人は『
「自分はあんなに反対したのにな」というカイを軽く肘で小突きながら、あんりはハラハラと一人と一匹を見つめていた。
確かにあんり達は初代学園長と比べれば未熟かもしれない。
それでも今、あんり達が動かなければ本当に未来がなくなってしまうかもしれない。そのためには『
「そうだな、その通りだ。全くもって納得はいかないが、『
てっきり罵倒が飛んでくると思っていたが、ヒースの言葉は予想していたよりも落ち着いたものだった。
彼が差し出した『
「『
「私もその通りだと思いますが……急にどうしたのですか?先ほどと意見が全く逆に聞こえますが」
「別に、大したことじゃない」
ヒースはそっぽを向く。
「ここで渋り続けたら、
ヒースはそう言うとくるりと後ろを向いてしまった。
あんりは
あんりは目的を達成したことにたまらず
何度も遭遇していると、この現象はシャドーが現れる前兆なのだと分かる。
「もしかして、シャドーがまた現れたの⁉」
「そうみたいですね。お二人、行けますね?」
「はい、任せてくださいっ!」
あんり達は急いで学園の外に出る。
少し走ったテニスコートには黒く大きな塊──シャドーが佇んでいた。そして今しがたシャドーに襲われたであろう人がその近くに倒れていた。
「あれがシャドーか……。学園の周りにレギオンの力がうっすらと散らばっている感覚がするが、あの怪物からはそれをうまく感じ取れない。余計な物で蓋をされているような……」
「では、シャドーとレギオンは関係がないのですか?」
「いや、その可能性は限りなく高い。うまく感知は出来ないが……シャドーとかいうヤツにレギオンの力が紛れているような感じがする。それに発生時期からしても無関係とは思えない。だが、とにかくアレを止めることが先決だ!」
「分かったよ!
冷静な分析をするヒースに、あんりとカイは『
『我ら
合わせた時計が光り輝き、施されていた宝石からレトロな鍵が現れた。時計の上にある鍵穴にそれを差し込み、回す。
そしてあんりとカイは目の前が真っ白になるほどの光に包まれ、体中に纏った光は服をかたどっては弾けて消えてゆき、古めかしく気品のあるドレスに身に纏う。
鍵を差しこんだ懐中時計にはリボンがあしらわれ、二人の胸元に装着された。
全ての光が霧散した場所には先ほどとは打って変わった二人の姿があった。
シャドーはあんり達が近寄ると、ぐるんと顔を回してこちらを捉える。
すると、うねうねとした黒い手がみるみるうちにラケットの形へと変形した。
シャドーは自身の体をちぎって球状のものを生成すると、それを勢いよく打ち出す。
それはテニスをしているようにも見えたが、球の速度は拳銃とそう変わりないように思えた。全く、器用なシャドーもいるものだと感心すらしてしまう。
「いたっ!もう、こうなったら~!」
シャドーに近づこうとするが、打ち出される球が速すぎて全てを回避するのは困難である。腕や顔、足を掠り、じくりとした痛みが広がっていく。
あんりは辺りに転がっているテニスラケットを掴んで振りかぶってみたが、そのラケットはシャドーの攻撃で無残にも砕け散ってしまった。
「そ、そりゃ駄目ですよね~‼」
ラケットごときで対抗しようとしたことに怒ったのか、シャドーがあんりに狙いを定めて近づいて来る。その姿はさながら影が迫りくるようで、あんりはたまらず距離を取ろうとした。
だがシャドーがあんりに触れる前に、ラケットに変形させていた右腕がスパッと切り落とされた。
「蹴りで腕を切るなんて、カイくんやるぅ!」
「雑談は後にしろ。来るぞ!」
シャドーは息を大きく吸い込むように腹部に当たる部分を膨らませ、特大の黒い塊を吐き出した。
人どころか学園の一部も潰れてしまいそうな大きさの球があんり達に迫りくる。
あんりはそれが地面に落ちる前に両足を強く踏み込んで飛び上がった。
「どうしてあなた達が襲ってくるのか、まだ分からないけど‼」
そして、肘を思いきり引いて黒い球をめがけて振りぬいた。
「私は絶対、皆を守るんだからっ‼」
振りぬいた拳は球に直撃し大きな音を立てて破裂する。
着地したあんりはカイに手を差し伸べた。
「カイくん、行こう!」
二人の胸に装着されていた『
それを二人で
『
矢が命中したシャドーは仮面を残して消滅する。
発生した黒い霧は、時計の仮面を残して空へと霧散していった。
◇
なんとか寮の門限までに『
「この地図に記されている印は、そのまま鍵の位置になっている。『
「それで、封印が緩くなってる原因を見つけるために確認するってことだよね。もしボロボロになってたらどうしよう……」
「そんなことは……ない、とは言えないが……とにかく!見てからじゃないと判断はできない」
誰かに見られた時の説明が大変なので、ヒースは
本人はそれを不服そうに思っているみたいだが、見た目はうさぎのぬいぐるみなのでなんとも愛らしいことになっている。
ヒースよりも、
「ここですね。言い伝えに寄れば『
辿り着いた先には資料室があった。
長い歴史を持つ学園に相応しく、学園やそれにまつわる資料が大量に保存されているのだ。
古い紙の匂いがする部屋を歩き、あんり達は壁にかけられている振り子時計の前で立ち止まる。
「時計の中って言うと……開くのはここくらいしか……よっと!」
「おい、あんまり乱暴に扱うなよ」
ヒースの注意を受けながら振り子部分のガラスの扉を開ける。
しかしそこには揺れている振り子があるだけで、埃以外は何もない。
だが、中を隅々まで見てみると……振り子の背面にある板に溝が付いているのを発見した。
あんりはそれに爪をひっかけ、かこんと外す。
すると、そこには鍵の形をした凹みがあった。
「これって……」
「確かに鍵はここにあった。でも一体どうして……?」
全員が目の前の現状に口を噤んでしまう。
そこにあったであろう鍵が──何故か跡形もなくなっていたのだった。
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