第46話

 王妃ペルニアは息子であるレクネンの報告書を読む度に深い満足感と安堵を得る事になるのだった。


「貴方は母に付くのか、それとも父に付くのかを今すぐ決めなさい」


 今後の人生を決める決断を迫られながらも、最後まで選ぶ事が出来なかった息子は、将来、国王の地位に就くという重責に耐えられず、己の責務を直視しようとはしなかったのだ。そんな息子が置き手紙一つを置いて、オーグレーン侯爵家の令嬢であるハリエットについて行ってしまった。


あの時にはどうしてくれようかと怒りで目の前が真っ赤になったものの、王宮を飛び出したレクネンは王太子としての自覚に目覚め、麻薬の温床となり政治が腐り切った王国南部の粛清をあっという間に行ってしまったのだ。


皆が皆、

「さすがエルランド様の甥御さまです!」

と言っている、ここで父であるマグナスの名が出て来ないところが今の王家を象徴していると言えるだろう。


 西からは帝国が八万の兵を揃え、エヴォカリ王国へ侵攻をしようと企んでいる。その帝国の手によって国内は麻薬漬けとなっているような状態なのだ。


 せっかく砂漠の大国ジュバイルとの国交を樹立したというのに、ジュバイル公国は宗教上の理由から麻薬を一切認めていないのだ。近いうちに、王国側の意思を確認するために大使が訪れる事になるだろう。


 今まで太陽石を帝国側から高値で輸入していた我が国としては、ジュバイルから格安で仕入れる事となってようやっと国の財政にゆとりが出来たところだというのに、

「ジュバイルが売らぬと言うのなら、帝国から購入すればいいではないか」

と、マグナス王は言い切った。


 我が国を征服しようと企んでいる帝国から買えば良いと、王は言い切ったのだ。


「それよりも、レクネンの婚約者を正式に決めねばならぬ。婚約者はアハティアラ公爵家の令嬢フィリッパとして、来年には式を挙げさせようと考えている」


 両親から大事に育てられてきたマグナス王は、完全なるうつけ者に成長した。王妃であるペルニアを視界に入れているようで入れていない。顔を合わせて話をする時には、決定事項を知らせるだけ。


 毎日のようにフィリッパを王宮に招き入れている王は、肝心の王子が城から飛び出して行った事に気が付きもしない。


 彼の頭の中には、今でも市井で出会った男爵令嬢のフレドリカしか居ないのだろう。


「私には結局レクネンしか居ないのだわ、あの子も私に認められる為にと考えて、南部まで出向いて行ったのですもの。今までは下位の美しい貴族令嬢たちと戯れてばかりいた子だったけれど、これで少しはまともになったはずだもの」


 可愛い子には旅をさせろとは良く言ったもので、マグナス王が全貴族に召集状を発布した数日後には、レクネンは王宮へと戻ってくる事になったのだ。


 久しぶりに我が子と王妃宮で顔を合わせる事となったペルニアは、自分の息子はこんな顔をしていたのかと驚かないわけにはいかなかった。


 金色の瞳に金色の髪をした王子様らしい王子様というのが息子の印象だったのだが、その瞳の奥には金冠が浮かび、殺気だった表情には凄みがある。


 大型の紅、白、薄桃色の芍薬の花が満開に咲くサロンにお茶の席を用意していたペルニアは、侍女が案内してきたレクネンの姿を認めると、微笑を浮かべて立ち上がる。


 年齢を感じさせない美しさを持つ、王国の薔薇とも言われた王妃の面差しをそのまま引き継いだような、美しい面立ちをしたレクネンは、形の良い眉を顰めると、入り口に立つ護衛の騎士に肘打ちを入れ、彼の腰から剣を引き抜くと、スカートを捲り上げて暗器を取り出そうとする案内に立った侍女の首を突き刺して殺してしまったのだ。


「ヒイイッ」


 レクネンが何処から取り出したのか、ナイフをペルニア目掛けて投げつける。

 驚き慌てたペルニアが床にしゃがみ込むと、テーブルの近くで給仕をしていた侍女が胸を刺された状態で倒れてきた。その侍女の手にはナイフが握られていた。


 ピイイィイィィィッ


 指笛が高らかに吹かれるのと同時に、サロンの中に人が乱入してくる。

 何処で剣を調達したのか、レクネンは迷いなく剣を振るっていく。太刀筋に迷いはなく、例え相手が王族の護衛を担う近衛であっても、何の躊躇もなく剣で突き刺し、相手の喉を斬りつけていくのだ。


「レクネン!後ろ!気をつけて!」


 王妃が声を上げた時には、レクネンは壁を蹴り、宙返りをして敵の背後に降り立つと、背から腹まで突き抜けるようにして剣を突き刺した。


 後から王国軍の制服を着た兵士たちが駆け込んできた為、近衛兵達はあっという間に制圧されていった。近衛兵は王族を守る兵であるはずなのに王妃ペルニアの命を狙って剣を振るう者も中にはいたのだ。


 王妃に向かって振り下ろされた剣を弾き返したレクネンは、母を引き起こして椅子に座らせるなり、椅子を蹴り飛ばすようにして壁際へと移動させる。


 そうして母を背に庇うようにして、相手の腕を斬りつけ、喉や足を狙って剣を振るっていく。


「ここに居る連中は全て敵だ!殲滅して構わん!」

「了解しました!」


 全て敵ってどういう事なのかしら・・・

ここは私の宮のはずなのに・・・

 王妃ペルニアの意識は遠のき、椅子に腰掛けたまま意識を失ってしまったのは仕方がない事なのかもしれない。


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