第45話
ハリエットの朝は早い。
乳児院には住み込みで働いてくれる従業員も居るには居るが、夜泣きをした赤ちゃんの面倒をチョイチョイ見てしまうのがハリエットで、夜ともなれば、赤ちゃんに混じって寝てしまうのも度々となる。
「ハリエット、無理する必要ないんだぞ?」
「いえいえ、推しの食事を支度するのは私の役目ですもの!誰にも任せる事など出来はしませんわ!」
十日ぶりに帰ってきたレクネンの前にローストビーフのサンドイッチと野菜を煮込んだスープを差し出した。
王宮から飛び出してまだ二ヶ月になっていないというのに、レクネンは見違えるように成長した。
王子様らしいホンワカ、箱入りお坊ちゃんから、何処の暗殺者だろうというほど鋭い眼差しの精悍な顔つきにシフトチェンジしてしまったのだ。
「越後屋よ、お主も悪よのう〜フォッフォッフォッ」
と、高笑いをしていそうな、悪の中の悪を成敗して歩いている事は知っているけれど、暴れん坊将軍的なポジションで人間活躍をすると、こうなってしまうんだな〜とハリエットは何やら物悲しい気持ちになってしまうのだった。
「殿下、悪の成敗は一通り終わった感じですか?」
「悪の成敗って面白い言い方だな」
サンドイッチを頬張ったレクネンは口をもぐもぐ動かしながら言い出した。
「父王が貴族院の大会議を開き、私の婚約者を正式に決定すると言って全貴族の招集をかけたそうだ」
「今、この時期に貴族院の大会議ですか?」
そういえば、そんな内容がゲームの中でもあったかも〜
「どれだけの貴族が集まるかは分からんが、多くの貴族が王都に集結したとなれば、王都に潜り込んだ帝国人は必ず動き出すことだろう」
そういえば、そんな内容がゲームの中でもあったかも〜
「叔父上が私に預けてくれた第二師団だが、貴族が集まる王都へと移動させなければならないだろう。戦闘の為に叔父上は帝国との国境へ向かったので、王都の治安は第二師団に守ってもらわないといけないと考えた」
「それで?殿下はどうされるのです?」
スープを飲んでいたレクネンはハリエットを見上げながら言い出した。
「ハリエットの思う通りに動こうと思う」
「はい?」
「私は今後廃嫡され、ハリエットと共にオーグレーン侯爵領へと移動する事になるのだろう?王国南部の掃除は大分済んだと思うので、この後は侯爵領へ移動するので構わないと考えている」
「ですが、国王陛下は殿下の婚約者を正式にお決めになると言っているのですよね?」
ハリエットの疑問にレクネンは爽やかな笑みを浮かべた。
「陛下が私の婚約者として決めるって誰を決めるっていうんだ?未だにフィリッパを婚約者に据えようとしているのなら、母上の思う壺だと言えるだろう」
「それじゃあ、運営を開始したばかりですし、もう少しこの乳児院に私が居たいと言えば、殿下はここに残るんですか?」
「もちろん残る、ハリエットが居る場所が私の居る場所だからな」
「う・・うーーーん」
ゲームの内容の通りで進むのなら、メイン攻略対象者であるレクネン王子は度々、ゲームのバッドエンドでヒロイン共々身分剥奪からの追放エンドを辿る事になる。
ヒロインは逃げ切り終了となるのだが、王子はその鈍臭さから奴隷落ちエンドになる場合が多く、とっても悲惨な結末を前にしてプレイヤーは複雑な心境に陥った物だった。
そんな訳で推しを救済するために名乗りを挙げたハリエットだったのだけれど、まさかモブキャラで推しを見守り隊を一人で結成しているハリエットに対し
て、ここまでレクネンが懐いてくるとは思ってもいなかった。
ハリエットが、
「お父様に融資を頼まないと〜」
と言っただけで、投げたボールを取ってくる子犬のように、嬉しそうな顔で大金を持ち帰ってくるのだ。
「正当な理由で手に入れたお金なので心配ないですよ!」
と、イグナス・カルネウス伯爵は言ってくれるが、お金を持ってくる度に顔つきが鋭く変化していくため、心の奥底から心配で仕方がない。
王子本人はハリエットの生家であるオーグレーン侯爵家を継ぐつもりはカケラもなく、冒険者ギルドでお金を稼いで私を養う気満々でいるのだけれど・・・
「殿下、私は王都に行ってみようかと思います」
ゲームの騎士団長の息子ルートでは、大会議が開かれるその日には、王都でクーデターが起こる事になっている。王弟様が手を打っているとは思うけれど、エルランドも、イングリッドも国境に出向いている今は、ハリエットも協力して王都を守りたいという思いが強いのだった。
「王都に潜り込んだ帝国人が何をするかが分かりませんもの、私が移動をすれば、お父様が我が領地の精鋭を王都へ送ってくれるでしょう。守りの足しにでもなればと思いますのよ?」
「ハリエットはいっつもまずはお父様だよね?」
「はい?」
「なんで私を頼ってくれないんだ?」
「えええええ?」
推しを頼るとはどういう事だろうか?
推しは見て慈しむものであり、頼るものではないと思うのだが・・
ひたすら考え込むハリエットを見つめて、レクネンは歯軋りをギリギリし始めたのだった。
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