第30話
知識の塔を後にしたハリエットは思わずスキップをしてしまうほど、心がウキウキしていた。
ウキウキ気分のハリエットは、あまり人が通らない庭園を通って馬車が停めてある場所まで移動しようとしていた所、散りかけたカサランの花の下で、憔悴しきった様子のレクネン王子がベンチに座り込んでいる事に気がついた。
侍従や従者が近くに居ないため、一人で王宮を抜け出してきたのかもしれない。
知識の塔は多くの秘密を抱えた場所でもあるため、人の出入りが制限される関係もあり、王子を目の前にしたハリエットもまた、誰一人連れていない状態だったのだ。
「スキップするほど楽しい事があるとは幸せなことであるな」
無言でスルーしようとした途端、王子から声をかけられた為、
「王国の若き太陽にご挨拶申し上げます」
ハリエットがカーテシーをすると、レクネン王子はうんざりした様子で大きなため息を吐き出した。
王太子であるレクネンは優秀で、キリリとした表情で公務に励む姿は、絵姿として市井で売られていたりする。
王宮を訪れる美しい蝶たちと戯れるのが問題になってはいたけれど、まだまだ十六歳、可愛い女の子にチヤホヤされたい気持ちも良く分かる。
王子よりも二歳年上で、地味な見た目のハリエットは、王子の婚約者として完全に範疇外だと自分でも思っているし、見守る一択でここまで来た。
推しをただ見守り続け隊のハリエットとしては、王子のただならない様子に気がつくのは当たり前の事。
「殿下、もしかして王位継承権を剥奪、廃嫡として市井に身を堕とすとか何とか、王妃様から言われちゃいました?」
「な・・何故それを・・・」
ギョッとして顔を上げる王子の端正な顔を見下ろして、ハリエットは思わずため息を吐き出した。
「殿下ったら拗らせすぎて、イングリッド様に見せつけるようにして美しい蝶たちと戯れていたわけでしょう?もしかすると、殿下、フィリッパ様にお前なんか嫌いだみたいな事を言っちゃいましたかね?」
顔を青ざめさせるレクネンの顔は、はっきりと『はい』と答えていた。
王子がヒロインに対して冷たい態度を取ると、帝国ルートが解放されるらしい。ヒロインへの塩対応が問題となって、最終的にレクネン王子はヒロインにふられる事となる。
殿下を見限ったヒロインは帝国の皇子と意気投合し、エヴォカリ王国の闇を暴こうと奮起する事になる。つまりは帝国の皇子ルートとなるため、攻略していないハリエットは細かい内容は全く分からない状況なのだけれど、間違いなく、ゲームの世界の通りに王子はストーリーを進めている事になるようだ。
「殿下は・・市井に降りたら身ぐるみ剥がされて、暴行を受けて、奴隷落ちという破滅エンドまっしぐら状態なんですよ」
「はあ?」
「殿下の行いは若気の至り以外の何ものでもないのに、破滅エンドのレベルがエグすぎですよね?」
「えええ?」
「そんな悲惨な目に遭うくらいだったら、侯爵家に来ませんか?うちはいつでもウェルカムですよ!」
「当主の確認も取らずに無責任な事を言う奴だな」
不貞腐れたような表情を浮かべていても、まだ十六歳、金色の髪と瞳をもつ王子は美しい顔立ちをしているため、奴隷になったら大変な目に遭うのは間違いないだろう。
「私、BとLの話は好きですけど、無理やりとかそういうの本当にダメなんですよね。殿下は最大の推しですし、幸せになって欲しいし、組み敷かれるのならデブった親父とかじゃなく、逞しい美丈夫にして欲しいんですよ」
「一体何の話をしているんだ?」
「我が家は顔が地味な一族ですし、王子の相手・・と考えると、イマイチお勧めが思い浮かばないんですけど、我が家以外で探して貰えばきっと好みの人が見つかるはずですし」
「待て待て待て待て」
レクナンは必死に頭を回転させるハリエットの手を握りながら言い出した。
「婚約者候補に名を連ねるオーグレーン侯爵家としては、例え廃嫡となったとしても、私の身柄は引き取るという話じゃなかったのか?」
レクネン王子の必死な様子に、ハリエットの栗色の形の良い眉がハの字に下がる。
たった一人の王子ゆえに、周りは真綿で包み込むようにして育み、蝶よ花よと育てられ、そうしてこの世の雑多な事など身近に感じる事なく、ここまで育てられたというのに、たった一つのヘマをやらかしただけで、この世の地獄行き決定だなんて可哀想すぎるとハリエットは考えた。
一応、婚約者候補として名前が上がっていたハリエットは、王子が努力をしているのも知っているし、王国を背負って立つという事を重荷に感じているのも知っている。
息抜きプラス婚約者筆頭に当て付けるために、未婚の令嬢とキスまでやらかしているのも、ゲームをプレイしているから知っている。
だけど、殿下は最後まではやってはいないのだ!(ゲームをプレイしているから知っている)ここで廃嫡、平民落ちからの奴隷落ちエンドなんて可哀想すぎる!
殿下には太った脂まみれのおっさんに、はじめてを散らされる事なく、エルランド殿下のようなお方にはじめては散らしてもらいたい!
「殿下!私は殿下の(童貞をおっさんに散らされないようにする)為なら何でもします!もちろん侯爵家の力を全て使ってお守りいたしましょう!私は何と言ってもオーグレーン侯爵家の長女!二人の妹はまだ八歳、十歳なので発言権はありません!父は私の手のひらの上でコロコロ状態なので!殿下一人お守りするなど、私一人でも十分ですよ!」
「ハリエット嬢!」
「殿下!」
二人は勢い余ってがっしりとお互いの手を握り締め合った。
レクネン王子は押し潰されそうなほどの不安から逃れるために、ハリエットは推しの童貞を守るための決心を表明するために、ギュッと握手をすると、二人は友達同士が向かい合うような、明るくてさっぱりとした笑みを浮かべたのだった。
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