第21話
ベルディフ大陸北部に広がる氷山や針葉樹林帯を国土とするエヴォカリ王国の南東に位置するのがブロムステン王国であり、南西部の海岸まで広がるのがレスキナ帝国という事になる。
多くの小国家を支配下に置いたレスキナ帝国は大陸の三分の一を帝国の国土としていたのだが、南海域に広がる多島を支配下に置くチヤカリア王国をも国土としたとすると、大陸の約半分を治めたという形となる。
ここで北部に広がるエヴォカリ王国を統治下とすれば、ブロムステン王国、砂漠の国であるジュバイル公国を飲み込むのも夢物語ではなくなる。
後継者争いでゴタゴタしていると思っていた帝国が、大陸統一を目指して嵐を巻き起こすような勢いで動き出している現状を目の前にして、
「ああ・・どうしよう・・・」
と、カルネウス伯爵家当主であるイエルドは大きなため息を吐き出したのだった。
「叔父様、ただいま帰りました」
王弟エルランドの毒殺騒ぎ以降、アハティアラ公爵家には帰らずに伯爵家で庇護を受けているイングリッドは、鉄で出来た塊をクルクル指にかけて回しながらイエルドの執務室に入ってくると、ソファにドカリと腰掛けた。
「やっぱり『賢者の石』まじでヒットでした〜」
イングリッドとは姉の葬儀の時に顔を合わせたのが最後だったので、十年の間、お互いに交流なく過ごしていた事になるのだが、王子の婚約者筆頭となるイングリッドは、かなり風変わりに育ってしまったらしい。
「以前、チヤカリヤ王国の大使に見せて貰った事があったんですよね〜。そんで、知識の塔で確認させて貰ったんですけど、完全にヒット!ヒット!っていうのが判明して周りもドン引きしていた感じで〜」
「何を言っているのか理解出来ない・・・」
イングリッドの叔父となるイエルドは頭を抱えながら顔をくちゃくちゃに顰めて見せた。
賢者の石は一時的に洗脳する能力を持っているとも言われている。
要するに、自分の言う通りの行動を相手に取らせる事が出来るため、アハティアラ公爵家に潜入した帝国の人間としては、イングリッドを麻薬漬けにした後に、国王陛下、もしくはレクネン王子の暗殺に使おうと考えていたのかもしれない。
賢者の石によって、国一つが燃えて亡くなったという話も残されているため、産出国であるチヤカリア王国では厳重な管理下に置いていたのは大陸の常識にもなっている。
チヤカリアでは賢者の石は神の心臓とも言われて、宗教的な意味で祀られている物でもあるのだが、それを帝国が手に入れたと考えれば、今の帝国の動きも十分に理解できるというものだ。
「侍女が投与する量を誤ってお前を殺しかけた幸運を神に感謝するべきなのかもしれないな」
「でもあの毒盛り事件のせいで、イングリッドの心が死んじゃったって感じなんで、なんつうの?神に感謝〜とか言うのもどうなんだろって感じだけど」
イングリッドが言うのには、毒物の投与によって疲弊していたイングリッドの心が死んで、生まれ変わる前の性格が前面に押し出される事になったらしい。
到底信じられない話だけれど、これだけの変わりようを目の前にすれば、そういう事もあるのかと理解して飲み込むしかないとイエルドは考えていた。
「それで、王妃様はなんと言っておいでか?」
「とりあえず王弟とお茶会をしなさいって」
「それで?エルランド様はなんとおっしゃっていたのか?」
「エルランド様は同じような毒を盛られたわけだけど、私と同じように、生まれ変わる前の記憶を取り戻したみたいでさ」
「はあ?」
「なんでもエルランド様は、生前、トラックの運転手で、自衛隊にも勤めていた事があって、予備役っていうの?訓練みたいなの、続けていたって言うんだけど、車で撥ねられて死んだとかなんとか?職業は別としても、車に撥ねられただなんて、超テンプレ展開じゃない?」
イングリッドが言っている言葉は意味不明な言葉が多いため、分からない部分は積極的に省いてイエルドは考えるようにしている。
てんぷれだのとらっくだの、じえいかんだのについては良く分からないが・・・
「要するに、毒を盛られた殿下もまた、生まれ変わる前の記憶を取り戻したということで良いのだろうか?」
「そう!そうなんだよ!マジでウケる〜!」
イエルドは銀色の髪の毛を自分の手で掻き回しながら考えをまとめ始める。
「エルランド殿下もお前と同じように生まれ変わる前の記憶を取り戻した、使用された毒物がほぼ同じ物だと考えるとだな・・賢者の石には生まれ変わる前の記憶を取り戻す力があるという事になるのでは?」
多大な魔力を生み出す力とか、激しい快楽と依存を生み出す効果をも併せ持つなどと言われる『賢者の石』だが、その程度の効果であれば、他にも似たような鉱物毒は山のようにある。
「凶王アドリアヌスを滅ぼしたという『賢者の石』に秘された能力の一つが前世の記憶を取り戻す物だとしたら?」
「さあね、どうなんだろう?無茶苦茶猛毒だけど、おじさん試してみる?」
「嫌だ、絶対に嫌だ」
「だよね〜」
イングリッドはカラカラと笑うと、ソファの上に寝転がりながら言い出した。
「帰り際に、王妃様の側近の人とかいう奴に言われたんだけど、近日中に公爵家の方に戻れってさ」
「王妃様が遂に動き出したのか?」
「王妃様っていうか、父親の公爵が動き出したっつうの?」
ソファの上でだらしなく寝転がり、立膝で足を組みながら、淑女のカケラもない様子でイングリッドは言い出した。
「私を廃嫡にして、フィリッパを正式な公爵家の後継者として、親族一同にお披露目するんだってさ〜」
イエルドは思わず自分の頭を抱え込んだ。最近、イエルドの皺は更に増え、髪の毛も薄くなり始めている。ストレスがもの凄い事になっているのかもしれない。
「どうやらフィリッパは国王陛下との接触に成功したみたい、トントン拍子で成り上がりが成功するんじゃないの?」
「レクネン殿下は何と言っている?」
「さあ?知らない」
「エルランド様は?」
「帝国との国境線上に兵士を配置するってさ〜」
寝転がったまま短銃を構えたイングリッドは、天井に向けて引き金を引いた。
火と風の属性持ちはこの短銃を発射させる事が出来るけれど、それ以外の人間には引き金を引いた所で弾丸が発射される事がない、前世の武器もどきが手の中にあるだけ。
土属性のイングリッドには何の効果ももたらさないただの『おもちゃ』という事になるけれど、前世同様、火薬を使ったらどうなるのか?
「おじさ〜ん、火薬を生成したら革命起こせると思わな〜い?」
「そのかやくとはなんなんだ?」
ここは剣と魔法と弓と槍が武器となる世界、異世界に転生した元麻薬の売人であるイングリッドは、火薬を作る方法を知っている。
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