知るべきではない関係性

三鹿ショート

知るべきではない関係性

 彼女を一目見た瞬間、私は恋に落ちた。

 これまで異性を目にする機会は多く、彼女はその中でも抜群の佳人とは言えないが、私は彼女から目を離すことができなくなってしまった。

 彼女は私という構成物において欠けていた部分品のようであり、彼女という存在を入手することで、ようやく人生が完成するかのような感覚に陥ったのだ。

 それは彼女もまた同様であったらしく、我々は即座に意気投合し、数日後には恋人関係にまで発展していた。

 喧嘩することもなく、互いが互いを尊重し、余人からは我々ほど素晴らしい関係性は無いのだと評価されるほどの仲の良さだった。

 どちらかがこの世を去るまではこの関係を続けたいかと問われれば、迷い無く頷く。

 同時に、相手に寂しさを覚えさせないために、我々は自分たちのどちらかが先に生命活動を終えた場合、すぐに跡を追うと決めていた。

 そこまでの決心を聞くと、大抵の人々は苦笑を浮かべるが、彼女の母親は涙を流して喜んでくれたものだ。

 私は、恵まれているに違いない。


***


 結婚の報告をするために、我々は私の実家へと向かった。

 我が両親は揃って快諾をしたため、既に賛成をしてくれていた彼女の母親とも顔を合わせる運びとなった。

 だが、私の父親は彼女の母親を目にした瞬間、顔を青くした。

 目を見開き、間が抜けたかのように口を大きく開閉させている。

 何事かと、私と彼女、そして私の母親は首を傾げる。

 しかし、彼女の母親は思い当たることがあるのか、口元を緩めたままだった。

「急用を思い出した。これにて失礼する」

 私の父親はそう告げると、足早に立ち去った。

 仕方なく、父親が不在の中、我々は顔合わせを開始することにした。


***


「彼女との結婚は諦めなさい」

 ある日、父親に呼び出されたために実家へ向かうと、そのようなことを告げられた。

 私はその言葉が理解できなかった。

「あれだけ賛成してくれていたではないか。何が不満だというのか」

 怒りを露わにしながら問うが、父親はそれ以上何も語ることはなかった。

 母親もまた事情を知らないためか、困惑した様子を見せるばかりだ。

 だが、父親が反対したところで、私の決心に揺らぎはない。

 私は二度と実家に戻ることもなく、孫も抱かせることはないと言い放ち、実家を飛び出した。


***


 幸いにも、彼女の母親は味方だった。

 ゆえに、新たな生命を宿した彼女と共に、彼女の母親が住んでいる家で世話になることにした。

 彼女の母親は、まるで自分の子どものように、私に接してくれた。

 通常、娘の結婚相手に対してはここまで優しくしてくれるものなのかと疑問を抱いたが、日常生活に不便は無かったため、余計なことは考えないことにした。


***


 無事に子どもが誕生し、順調に育っていった。

 自分で歩行することが可能となり、それなりに会話も成立するようになった頃、思いも寄らぬ事件が発生した。

 大型の商業施設で彼女が数秒ほど目を離した間に、愛する我が子の姿が消えてしまったのだ。

 私はすぐさま会社を抜け出し、彼女と共に施設内を捜して回った。

 しかし、我が子が発見されることはなく、私は初めて、彼女を怒鳴った。

「きみが目を離さなければ、このような事態に遭遇することはなかったのだ」

 彼女は涙を流しながら謝罪するばかりで、私に反論することはなかった。

 やがて彼女は塞ぎ込むようになり、自宅から出ることがなくなってしまった。

 彼女を目にする度に怒りを抱くが、彼女に対する愛情を失ったわけではない。

 だが、精神衛生上、同じ屋根の下で共に生活を続けることは、互いにとって良くないだろう。

 ゆえに、我々は離婚することにした。

 我が子は未だに、見つかっていない。


***


 父親が危篤状態に陥ったと母親から聞かされたため、私は病院へと駆けつけた。

 彼女との結婚を反対されて以来、初めて顔を合わせたが、まるで別人のようである。

 頭髪は消え、骨と皮だけのように痩せ細り、生きていることが不思議なほどだ。

 こちらの姿を認めると、父親は震える手を動かし、私を呼んだ。

 か細い声であったため、口元に耳を近づけると、

「あのときは、悪かった」

 そして、父親は自らの罪を語り始めた。

 それは、私と彼女にとっての罪でもある。


***


 端的にいえば、私の父親と彼女の母親は、不倫関係にあった。

 互いに結婚相手が存在していたにも関わらず、逢瀬を重ねていたのである。

 しかし、妻が私という新たな生命を宿したことを知ると、父親は彼女の母親との関係を終わりにしようと決めた。

 もちろん、彼女の母親は即座に首を縦に振らなかった。

 だが、私の父親の度重なる説得によって、ようやく条件を出した。

 それは、私の父親の子どもを宿すということである。

 聞くところによると、彼女の父親は子を作る能力が無いものの、その現実を知らなかった。

 しかし、何時までも子どもが出来ないことを姑から責められていたため、彼女の母親は私の父親に対して、そのような条件を出したのだった。

 望みを叶えてくれれば二度と連絡をすることはないと誓ったため、私の父親は条件を受け入れた。

 そのときに出来た子どもが、彼女だった。

 つまり、私と彼女は、兄妹である。

 加えて、我々は、兄妹であるにも関わらず、子どもを作ってしまった。

 これは、許されることではない。

 私の父親も、その事実に苦しんでいた。

 だからこそ、禁忌を破って誕生した子どもを攫い、その生命を奪ったのだ。

 父親が告白した場所を掘り返すと、確かに子どもの骨が見つかった。

 私もまた、その場所に埋まりたいと思った。


***


 父親から聞いた事実を彼女の母親に告げると、

「何が問題だというのですか」

 天気の話でもしているかのように、呑気な様子を見せた。

 湯気の立った緑茶を一口飲んでから、彼女の母親は続ける。

「隣に住んでいる人間が自分の肉親ではないと、確信を持って言うことができますか。全ての人間との関係性を知った上でなければ、自分が抱いた相手が肉親ではないという可能性は、皆無ではないのです。ゆえに、あなたが苦しむ必要はありません。あなたは、知らなかっただけなのですから」

「だが、あなたは知っていたではないか」

 私の言葉に、彼女の母親は首肯を返した。

「あなたと娘が結婚すれば、誰にも文句を言われることなく、再びあの人と会うことができるようになるではありませんか。だからこそ、私は語らなかったのです」

 その発言を聞いて、私は眼前の女性を恐ろしく思った。

 私の父親と別れる際に子どもを宿すことを条件にしたのは、このような未来を期待していたからではないか。

 望んだ結果を得るためには長い時間を要するが、それが叶った瞬間、彼女の母親はどのように思ったのだろう。

 全ての元凶が眼前の女性だと確信したとき、私はその首に手をかけていた。

 彼女の母親が犯罪だ何だと騒いでいるが、どうでも良いことだ。

 何故なら、私は破ってはならない禁忌を破ってしまった、おぞましい生物だからだ。

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