26 相続

「パンテリ・リコリ!?」



 タニヤが大きな声をだして驚きの表情になる。



「あんた、パンテリの娘かい? 確か、ターセル帝国の騎士兵に襲われて命を落としたと聞いたけど……」


「いえ、実際はターセル帝国の騎士、ヴェル・ア・レイラ・イアリーに捕らえられたのです。処刑されるところをエージ様に救われ、ここまで行動をともにさせていただきました」


「待って待って、ちょっと整理しよう」



 タニヤは頭を抑えて目をとじる。


「エージ・ア・タナカ、私の情報網によると、あんたはターセル帝国の宮廷法術士によってこの世界に蘇生・転生させられた、異世界の戦士。そう聞いている。間違いないかい?」


「ああ、俺は別の世界からきた」



 俺は素直に答える。



「ってことは、あんたはガルド族ってわけじゃなくて、男ってことだね?」


「ああ。間違いない」



 次に、タニヤはキッサの顔を見る。



「で、何があったかはしらないけど、キッサとかいったか、あんたはパンテリ・リコリの娘で、ターセル帝国で処刑されるところをその異世界の戦士、エージに助けられた、と……」


「はい、その通りです」


「うーん……」



 タニヤはまだ信じられない、という表情で頭を振る。



「じゃあ、あんたらの目的は? エージはターセル帝国の騎士で、地方領主だ。目的もなく獣の民の国へやってきて、私らの傭兵ギルドに加入したわけじゃあ、ないんだろ?」


「その通り。俺たちの目的の第一は、ハイラ族に捕らわれたという帝国の元宮廷法術士長の救出だ」


「ああ、その話はきいているよ、今はこのグラブ市の官邸に軟禁されているはずだ、なるほどね」



 さすが傭兵ギルドマスター、情報網がしっかりしている。その確定情報――婆さまの居場所――は欲しかったところだ。



「で、目的はそれだけかい?」


「そのほかにも……いや、まってくれ」



 俺は言った。


 俺にとっても知らなかった情報が入って、少し混乱している。



「キッサ、お前の本当の名前はキッサ・リコリ、ということか? つまり族長の一族?」


「はい。現在の族長、カルビナ・リコリから見ればかなりの遠縁になりますが、間違いなく族長の一族であるとはいえます。もともと、私の母の血筋、つまり私の血筋の方が本家に近いのです。カルビナ・リコリが傍系の血筋なのです」



 確かカルビナ・リコリは暗殺を繰り返して現在の族長の地位についた、って話だったな。キッサの母親もカルビナ・リコリに暗殺されたって聞いたが、それも権力闘争のすえってことか。



「カルビナ・リコリは、族長につながる血筋のものをみんな暗殺したって聞いたけど、キッサ、お前もその対象に入っていたのか?」


「おそらく、入っていたと思います。偶然にも、ヴェル卿に捕らわれたことで逃れられたことになりますが……」


「キッサにも族長に就任する権利がある?」


「私にはないです。ハイラ族の風習に従えば、私は族長になれません」


「そっか」



 うーん、よくわからんが、キッサは族長にはなれない血筋ってことか?


 ひとつの文化の地位の継承問題を理解するのには時間がかかるな。


 と、そこにミエリッキが口を挟んだ。



「エージ、あんた聞く相手間違ってない? ハイラ族の伝統的な血統主義のこと、分かってるの?」


「ん? どういうことだ?」


「ハイラ族は末子相続よ」



 聞いた瞬間、俺は驚いて一人の女の子のほうを振り向いた。


 というか、その場にいた全員が一人の幼女の顔を見た。


 その本人はわけがわかってないようすで、



「お腹が……すいた……」



 とぼそっと呟くのだったが。



「まさか……ってことは、シュシュには?」


「あります。シュシュには、族長を継ぐ権利があるのです」



 末子相続。


 これは、地球上にもある風習だ。


 普通、日本を含め、多くの文化では基本的には長子相続が行われてきた。


 長男が後を継ぐ、という文化だ。


 そういう文化の中で育ってきていると、末子相続というのはいまいちピンとこないだろう。


 でも、遊牧民族――ちょうどハイラ族も遊牧民族である――のあいだでは、地球上においても末子相続というのは普通に行われてきたことだ。


 長男というのは一番はやく成人するわけで、一定の農地みたいなものを持たない遊牧民では、成人した子供は親の財産の一部を受け継いで独立する。


 家をでるわけだ。


 次男、三男もそうなるわけだが、じゃあ子供が次々に独立していったあとの、最終的な今現在親が持っている残りの財産を誰が受け継ぐかというと、末子――つまり末っ子ということになる。


 結果として、末子が親の財産の大半を継ぐというかたちになる。


 ただ、家督と財産は別物だ。


 この辺は文化によって細かいところが違うが、ハイラ族においては、末子が家督まで継ぐ、という形になるらしい。つまり、親が死亡もしくは引退した時点で、末子が親の財産はもちろん、その地位までを継ぐということになっているらしい。


 そしてその原則は文化として根付き、現在も遊牧を続けているハイラ族はもちろん、定住を始めたハイラ族においても末子が財産と地位を継承するのだそうだ。



「ってことは……今現在、族長を継ぐ権利をシュシュも持っているということか?」



 キッサが答える。



「原則に則ればそうなります。ただ、今の族長はカルビナ・リコリですから、基本的にはその地位はカルビナの娘が継ぐことになります。まだカルビナ・リコリにはこどもがいませんけれども、将来的にはそうなります。ただし、ハイラ族の中でも、暗殺を繰り返してきたカルビナ・リコリに対する忠誠心は高くなく、その地位の正当性についても口に出すかはともかく、内心では疑義をいだいている民が少なくないはずです」



 きょとん、とした顔をしている九歳のシュシュ本人だけが何を話しているのかがわかっていないみたいで、



「ヒルビのお肉食べたい……」



 とか言っている。



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