25 潜伏



「あんた……大丈夫かい?」



 首都グラブ市、傭兵ギルド。


 ギルドの受付嬢の第一声が、それだった。


 まあ無理もない、骨折したミエリッキは松葉杖をついていたからな。


 一応、グラブ市についたらすぐに高名な医者のところにいって治療してもらった。


 シュシュよりはるかに高度な治療の法術持ちの医者で、一週間ほどで治るだろうが、三日は杖をつくように、とのことだった。


 おいおい、医療に関しては現代日本を越えている部分があるなあ。


 その分、治療代は高くついた。


 金貨三枚と銀貨五十枚。


 奴隷一人が買える値段、日本円で三十五万円ってとこか。


 いや、これでもかなり安いかもな。


 別に健康保険があるわけでもないし、普通なら一ヶ(か)月はかかるだろう足の骨折が一週間で治るってんだから。


 さて松葉杖をついてギルドに戻ってきたミエリッキに、受付嬢は心底驚いた顔をして、



「あんたがそんな怪我をするなんて……。そんなやばいダンジョンだったのかい?」



 ミエリッキはぶすっと不機嫌な顔をして答える。



「やばすぎよ、私一人じゃあ、無理だった。この……」



 俺を顎でさして、



「エージがいなかったら、私は今頃ハイトロールの餌よ」


「ハイトロール!? そんなのもいたのかい? 事前の情報と違うね……」



 受付嬢がすまなそうに言う。



「ちょっと、話がしたいんだけど……部屋、用意してくれない?」



 不機嫌な顔のまま、ミエリッキが受付嬢にいう。


 そして俺たち、つまり俺とキッサとシュシュ、サクラにイーダの五人と、ミエリッキ、そして受付嬢の七人は傭兵ギルド二階の小会議室に入った。


 入った途端のミエリッキの第一声がこれだった。



「ひどすぎるでしょ! 火炎竜にハイトロールだよ!? ママは私を殺す気?」



 驚愕の一言だ。


 いやそりゃ受付嬢は『嬢』と表現するには年増すぎるよな、とは思っていたけど、ママって。


 こいつら、親子かよ。



「いやあ、ごめんごめん、でもいいじゃない、こうして生きて帰ってきたんだから」


「よくないわよ! ママ、自分の娘をなんでそんな死地に送り込むのよ!」


「知らなかっただけだよ、ごめんごめん。知っていたらこんな得体のしれないやつじゃなくてもっと確実な手練を用意したよ」


「……その得体のしれないやつのお陰で私は助かったんだからね!」



 口論を始める二人、俺たちは置いてきぼりだ。



「ママ、もっと簡単な仕事を私に頂戴よ!」


「そりゃ駄目だね、あんたはいずれ私の後を継ぐんだ、若いうちから修羅場をくぐってもらわないとねえ」



 後を継ぐったって……。



「受付の仕事って、世襲なのか?」



 思わず聞いてしまった。


 ん? と顔を見合わせ、同時に笑い出すミエリッキと受付嬢。


 なんだよ、なにがおかしいんだ。



「ミエリッキ、あんたこいつに結局なにも喋らなかったんだね……。あんたらがダンジョン探索に行っている間に調べさせてもらったよ。えーと、なんだっけ、そうそう、エージ・アルゼリオン・タナカ。それがあんたの名前だっけ」



 アルゼリオン!?


 なんでこの受付嬢、俺がアルゼリオン号を持つ騎士だって知ってるんだ?



「おや、びっくりした顔をしているね。私の情報網にかからない人物は、この国じゃあなかなかいないよ、エージ・アルゼリオン・タナカ。改めて自己紹介しようか。私の名前は、」



 にやりと笑う受付嬢。



「タニヤ・アラタロだ。私の娘――ミエリッキ・アラタロが世話になったね」



 ……。


 …………。


 ………………。


 はあっ!?


 まじかよ、今までただの受付嬢だと思っていたこの女が、傭兵ギルドマスター、タニヤ・アラタロだったってことか?


 しかも、ミエリッキはそのギルドマスターの娘!?



「あははは、ぽかーんとした顔をしてるね、そうさ、私がこの傭兵ギルドのギルドマスターだ」


「たしか、ハイラ族族長のカルビナ・リコリに命を狙われているから、居場所が特定されないように隠れていると聞いていたけど……」



 俺がそう言うと、



「そのとおりさ、カルビナ・リコリはしつこいからねえ。この傭兵ギルドはあいつらにとって目の上のたんこぶさ。私は今や数千の傭兵を動かせる立場にいる。だから、私は首都グラブ市の傭兵ギルドに潜伏したのさ。実際、私が私だということを知っているものは、ミエリッキを除けば誰もここのギルドにはいない」



 なるほど、木を隠すなら森の中、ってこと……なのか?


 しかし随分大胆な潜伏場所だな。



「あなたがタニヤ・アラタロ様ということは……」



 キッサが口を開いた。



「私の母のことを、ご存知ですか?」


「ふむ?」



 タニヤ・アラタロがキッサの顔を見る。



「あんたは……エージ・アルゼリオン・タナカの奴隷、だね? あんたのことまでは情報が入ってないな。あんたの母親って、誰だい? あんたの名前は?」


「私の名前は、キッサ・スクランティア。そしてこの子が妹のシュシュ・スクランティアです」


「スクランティア、スクランティア……どこかで聞いたことが……」


「スクランティアは聖石母の姓です。訳あってずっと聖石母の姓を名乗っていました」


「じゃ、実母の名前はなんだい?」


「私の母の名前は……」



 キッサはちらりと俺の顔を見る。


 そっか、ここから先は、キッサが俺にすら話していなかったことになるのか?



「パンテリ・リコリ。あなたがタニヤ・アラタロ様ならば、私の母のことをご存知のはずです」

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