23 ハイトロール
ミエリッキは新手の敵に素早く反応する。
さきほどと同じくハイトロールに突進し、フェイント、天井へと飛ぶ。
だけどその動きは見切られていた。
「グガォォ!」
雄叫びとともにハイトロールがこん棒をもった腕を振り払う。
こん棒が空を舞うミエリッキにまともにヒットする。
その瞬間、ミエリッキは法術障壁を張るが、衝撃を直接食らって耐えきれず、ダンジョンの壁に叩きつけられた。
なんだこいつ、ミエリッキより早いのか、なんてスピードだ。
いやそんなこといっている場合じゃない。
「ミエリッキ! 大丈夫か!」
俺は地面に倒れているミエリッキに駆け寄る。
ハイトロールが距離を詰めてくる。
「おるぁ!」
日本円硬貨を握りしめ、俺はライムグリーンの剣を出現させた。
そいつでハイトロールに斬りかかる。
ギャリギャリ! という攻撃が法術障壁に阻まれる音。
俺の攻撃はいつでも敵の障壁を破壊してきた。
だが。
今回ばかりは違った。
なんと、俺の剣が跳ね返されたのだ。
「な……! くそ……!」
だが一応ハイトロールは俺の攻撃にひるんではいるようだ。
とにかく、俺は倒れてうめいているミエリッキの片腕を引っ掴むと、引きずって後方へと下がる。
「グォォォオォ!」
ハイトロールの咆哮。
くそ、さすがダンジョンのボスだけあって、一筋縄じゃないかねえぜ、まさか俺の攻撃が跳ね返されるとはな。
いったん距離をとる。
俺のかわりにキッサとサクラとイーダが副作用にたえつつ、ミエリッキを三人がかりでひきずっていく。
「ミエリッキさん、かなりの怪我です! ……足の骨が折れてる……」
キッサの焦った声が聞こえた。
「シュシュ! 頼む、お前のできる範囲でいいから治療してやってくれ!」
「うん!」
シュシュは治療の能力持ちだ。
とはいっても九歳の訓練もしていないシュシュの治療なんて、気休めにしかならないだろう。
くそ、早く俺がこいつを倒してしまわないと。
俺はハイトロールと真正面から対峙した。
うーん、とにかくでかいな、こいつ。
ハイトロールがこん棒を振り回す。
めちゃくちゃ早い。
はっきりいってこん棒の軌道が全然見えない。
「くそがぁ!」
俺は法術障壁を張ってなんとか攻撃を防ぐ。
「おるぁ!」
ライムグリーンの剣をハイトロールに向かって振り下ろすが、馬鹿でかい肥満体のくせに、ハイトロールの動きは嘘みたいに素早かった。
下手するとミエリッキよりも早いかもしれない。
俺の攻撃を防ぐでもなく、かわすでもなく、巨体ごと移動して避けるのだ。
全然あたらん。
なんだこいつ、早すぎてワープしているようにすら見えるぞ。
しかも。
「おらぁ!」
なんとか俺の攻撃があたったところで、ギャリンギャリン! という金属音が鳴るだけで、俺の攻撃的精神感応の能力はハイトロールに効いていないみたいだ。
こいつの法術障壁の強さは今まで戦った相手の中でも一番かもしれん。
攻撃は通用しない上に、向こうの攻撃は見えないのだ。
俺は最大限の力で法術障壁をつくり、なんとかハイトロールが繰り出すこん棒の一撃を防ぐ。
なんてこった、こりゃちょっとどうしようもないんじゃないか?
俺はちらりと後方を見る。
シュシュが、ミエリッキの足に手を当てているのが見えた。
そのシュシュの耳にキッサが噛み付いている、キッサ自身だって粘膜直接接触法の副作用でつらいだろうに、それでもシュシュの法術を補佐しようとしているのだ。
足の骨を折った痛みに顔を歪めるミエリッキ。
その傍らで、サクラとイーダがぎゅっと手を握り合っている。
俺が負けたら、この子たちもみんなハイトロールに殺されるだろう。
もう俺以外、俺たちに戦力は残っていないのだ。
なら、やることは一つだけだろう。
俺の魂を、燃やし尽くせばいい。
「いくぜぇぇぇぇ!」
俺は叫ぶ。
九百八十二円と十銭の入った巾着袋を握りしめる。
いつだって、どこでだって、この九百八十二円十銭が俺たちの命を救ってくれたのだ。
「ニカリュウの聖石! 頼むぜ、俺の力を全部使ってくれ!」
俺自身が持つ精神感応の法力を、ニカリュウの聖石――ニッケルが高めるのだ。
全身に俺自身の感情を充満させる。
ハイトロールをにらみつける。
「ガハァ……」
大きな牙の生えた口を歪め、ハイトロールは笑ったように見えた。
その醜い笑顔もそこまでだ。
超スピードの能力者を倒す方法を、俺はすでに知っている。
いつかヘンナマリを倒した、あの方法。
「おおおおおおおおおおおお!」
俺は叫ぶ。
そして、俺はキッサやサクラやイーダに分けてもらった法力を身体の中で還流させ、そして右手に集中させる。
すべての法力、すべてのマナが俺の右手に結集する。
それを、ニカリュウの聖石がさらに増幅させてくれる。
増幅された法力は再び俺の身体の中へ。
「いくぞおおおおおおお!!」
俺は大きく叫ぶ。
頭がクラっときたが、関係ない。
俺の半径数十メートル……いや、数百メートルの球状の範囲を、俺自身の作り出した攻撃的精神感応の法力が満たした。
瞬間、あたりが何も見えないほどのライムグリーンの光で包まれた。
自分の力でありながら、俺自身の目もくらむ。
ハイトロールは避けようとしてダンジョンの壁の向こう側へと移動する。
だが。
法術の力を遮断するダンジョンの壁が、ビリビリと震え、そしてそこに亀裂が入る。
亀裂から俺のライムグリーンの光が漏れ、そして結局壁ごと俺の能力が半径数百メートルすべてを覆った。
「ウゴォォォォォォォオオォォォオオオォォァァァァアアアアァァァァ!!」
ハイトロールが驚きの咆哮をあげた。
そして。
次の瞬間には。
ハイトロールの身長四メートル以上はあろうかという肥満体が、床にゆっくりと倒れ込んだ。
ドオオオン! という音とともに。
――勝った。
いやあ、俺ってば強すぎだよな、もはや無敵じゃねえか……。
なんて思いつつ、俺自身もそのまま床に倒れ込む。
やばい、今度こそ俺、死ぬかもしれん。
もう、使いすぎた法力を俺に補充してくれるやつはいない……。
このまま、心臓が止まってしまうんだろうか……。
ああ、もうなにも考えられない、ジーっという耳鳴りが聞こえる、なんか気持ちいいぞ、死ぬときってこんな気持いいのか。
ミーシアやヴェルやラータやアリビーナやキッサやシュシュやサクラの顔が次々に頭の中に浮かんできて、そして最後には真っ白な世界になる。
あ、これ俺死ぬわ。
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