22 トロール

 砂漠の中、俺は一人で歩いていた。


 照りつける太陽、どこまでもつづく砂の海。


 喉が、乾いている。


 水が、ほしい。


 ああ、もう一歩も歩けない、俺はその場で崩れ落ち、空を見上げるようにして仰向けに倒れた。


 もう死ぬのか……。


 そんな俺の目の前に、美しい女神が現れた。


 彼女はどこまでも慈しむような笑顔で、こう言った。



「エージ様……私の力を……」



 そして俺に近づき、俺のカサカサに乾いた唇に、接吻した。


 みずみずしい液体が、俺の口の中へと流れ込んでくる……。


 ああ、生き返った……。





「うわっ!」



 俺が飛び起きると、そこは広いダンジョン地下三階のど真ん中。


 あちらこちらに魔物どもの死体が転がっている。



「よかった……エージ様……」



 俺の目の前で、涙目でほうっと息を吐くキッサ。


 そして俺に抱きついてくると、



「法力を使いすぎです、一気に使うと死ぬこともあるって聞いたでしょう?」



 そして俺に再び口づけをする。


 ピンク色の法力が俺に流れ込む。



「あのお、ご主人様、私も……」



 キッサの次にサクラが俺に抱きついてくる。


 Iカップが俺に押し付けられ、ついでに唇も押し付けられる。


 サクラの大量の法力が真っ赤な溶岩となって俺に流れ込み、俺の身体を満たす。


 身体のすみずみまでキッサとサクラの法力が充満し、気力がわいてきた。


 ミエリッキが呆れたような顔でそんな俺たちを見ているが、ま、仕方がないか。


 戦場のど真ん中でキスしまくってるんだからな。


 俺はキッサに訊く。



「俺はどのくらい気絶してたんだ?」


「せいぜい、五分といったところです」


「地下四階への階段は?」



 キッサも俺に粘膜直接接触法をしてしまったんだ、以後は索敵能力を期待できない。


 急いだほうがいい。


 キッサはある方向を指差し、



「もう見つけてあります、この先に大きな階段があります」


「よし、じゃあ進もう」



 俺は立ち上がり、そちらの方向へと歩きだす。



「ちょっと、あんたもう大丈夫なの?」



 心配そうなミエリッキの声。



「大丈夫さ、むしろ急いだほうがいい、キッサもサクラもイーダも粘膜直接接触法の副作用がくる」



 三人ともだもんな。


 三人に副作用が襲ってきて俺に抱きついてキスしようとしても、それを止める人間がもういない。


 九歳のシュシュには無理だし。


 戦闘中に抱きつかれてはかなわない。


 味方に羽交い締めされるようなもんだもんな。


 俺の言葉に、ミエリッキは背中の刀を抜いてついてくる。


 数十メートルほど歩くと、確かに階段があった。


 どう見ても人間サイズではないどでかい階段。


 この先に、このダンジョンのボスがいるのだ。



「行くぞ!」



 俺は叫び、階段を駆け下りようとして――


 あ、やっぱダメだ、この階段、一段一段が大きすぎる、駆け下りたら怪我しそうだ。


 しゃあない、一段ずつゆっくりと降りていく。


 地下三階までは地下四階には、明かりがあった。


 正確にいうと、通路のそこかしこに松明が灯してある。


 この階の魔物は明かりがないと行動できないのかもしれない。


 正直、助かる。


 なにせ、粘膜直接接触法の副作用で、キッサの暗視能力はほとんどアテにできないからな。


 地下四階に降りてすぐにコボルドがいた。



「ギャギャ!?」



 いきなり現れた俺たちに驚きの声をコボルドがあげるのと、そのコボルドがミエリッキの刀によって一刀両断されるのとは、ほぼ同時だった。


 火炎竜クラスならともかく、コボルド程度ならミエリッキの敵じゃない。


 俺たちはまがりくねった通路をさらに進む。


 奥から低くて胸に響くような唸り声が聞こえる。


 今度はなにがいるってんだ?


 と、いきなりドーン! と壁が振動した。


 なんだ?


 曲がり角を曲がり、身構える。


 そこにいたのは、身長三~四メートルはあろうかという巨人だった。


 でっぷりと太った姿、赤茶色の肌、粗末な布を腰に巻いている。


 口からはでかい牙が姿をのぞかせ、ギョロリと俺たちを睨む二つの目は馬鹿でかい。


 見ただけで身がすくむほどの恐ろしい姿だ。


 もちろん、身がすくむなどとは言ってはいられない、俺たちはこいつを倒さなければならないのだ。


 と、キッサが副作用に苦しみながらも叫んだ。



「こいつがトロールです!」



 トロール?


 このダンジョンのボスがこいつか?



「ミエリッキ!」



 俺が叫ぶのよりもはやく、ミエリッキは素早く壁を疾走し、トロールに突進していく。


 ミエリッキの刀が一閃し、トロールの肌を叩いた。


 が、トロールの分厚い皮膚は刃を簡単に跳ね返す。



「我を加護せしトゥーリ、我と契約せしルミよ! 我が剣に吹きすさぶ吹雪の力を与えよ!」



 ミエリッキが詠唱する。


 途端にミエリッキの刀が冷気を纏う。



「いくわよ!」



 再びトロールに突進するミエリッキ。



「グガァァ!」



 トロールが咆哮し、ミエリッキの攻撃を腕でガードしようとする。


 だがミエリッキのその動きはフェイントだった。


 ミエリッキは直後に真上に飛ぶ。


 そしてくるりと回転すると、天井に『着地』し、そのまま天井を蹴ってトロールの頭部に向かって一直線に飛んだ。



「てぇぇぇい!」



 フェイントに惑わされたトロールはその動きについていけない。


 ミエリッキの刀がトロールの頭部にめり込む。


 それと同時にトロールが頭部から凍りついていく。



「…………!」



 言葉を発することもできず、トロールはブンブンと頭をふるが、ミエリッキの能力はトロールの頭部から上半身へと広がっていき、トロールの全身が氷に包まれていく。



「とどめ!」



 ミエリッキは再び刀を構え、



「砕けろ!」



 と叫んでものすごいスピードで突進、トロールの身体を叩き斬る。


 ガゴオン! という低く鈍い音が響き、トロールの凍った身体は上半身と下半身とで真っ二つにわれた。


 地面に落ちたトロールの上半身はガシャン! という音とともに砕け散る。



「……すげえな、やったぞ……」



 このダンジョンのボスをやっつけたのだ。


 肩で息をするミエリッキ。



「…………さすがに私も力を使いすぎたわね……でも、これでこのダンジョンの制圧はおわりよ……」



 俺たちは傭兵ギルドの依頼を見事成し遂げたのだ。



「よっしゃ、ミエリッキ、お前すごいな、まったく……」



 俺が賞賛の声をあげようとしたのと、



「もう一匹、来ます! これは……今のよりもでかい!」



 キッサが叫ぶのとはほぼ同時だった。



「な……? まだいるのか?」



 通路の向こう側から姿を現したのは、今さっきミエリッキが倒したのよりも一回り大きく、青白い肌、そして三本の大きな角を生やした、もう一匹のトロールだった。


 大木を切り倒して作ったのだろうか、どでかいこん棒を持っている。



「ハイトロールだと!?」



 ミエリッキが叫ぶ。


 本当のボス戦はこれからのようだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る