21 言葉もない



「……確かに、吐き気のする光景ね」



 ミエリッキが言う。


 だけど、その表情はどこか悲しげだった。



「この人達……魔物に襲われて死んだ人たちなのよ……」



 いわれてよく見てみると、当たり前だがその死体は全員女性で、中には……シュシュと変わらない年齢のこどもまで……。



「おえっ!」



 さっきとは別の意味で嘔気が襲ってきた。


 こどもまで!


 くっそ、なんだこいつら。



「人間同士で争ってる場合じゃねえよな、こんな魔物どもが人の生活圏にまで入り込んでるんだもんな……」



 そう呟く。


 と、ミエリッキが大きく頷いた。



「その通りよ。たくさんの人が敵を見誤っている。殺すべき、倒すべきはまず、こいつらなのに……エージ、分かる? 魔物たちがこどもまで襲っているあいだに、私たちはそのこどもを放っておいて人間同士で殺し合っている……もちろん、この世が綺麗事ですまないことは私も知っている、私こそが知ってる、汚れ仕事をたくさんしてきたもの。でも……」



 その言葉を俺が継ぐ。



「たしかに、釈然としねえな。戦争自体を良い悪い言っても仕方がないけどさ、まず殲滅すべきは魔物たちだよな……」



 今の人類の危機をつくった『神の気まぐれ』自体、魔物たちがもたらしたものなのだ。


 現代の地球だって、もし火星人が襲ってきたら宗教とか文化の違いを乗り越えて一致団結すると思うぜ。……いや、それは楽観的すぎか、それでも人類は争いをやめないのかもしれない。


 それこそが人間の本質で、そこから逃げ出すのではなく、向き合わなければいけないのかもしれない。



「そう、真の敵は魔物たち……というより、魔王軍よ……」



 そこに、キッサたちが俺たちのところまでやってきた。


 キッサもサクラも顔をしかめて人間の死体を踏み越えてくる。


 イーダは副作用でそれどころじゃないみたいだけど……。


 ただ、この光景にもっとも衝撃を受けているのは。


 当たり前すぎるけど。


 まだ九歳のシュシュだった。


 シュシュは自分とそう年齢の変わらない女の子が哀れな姿で倒れているのを凝視したかと思うと、すぐに目をぎゅっとつむり、姉の袖をひっぱって俺のところまでくると、俺に抱きついてくる。


 いつものお腹すいたー、も言わず、俺に顔を押し付けて、肩を震わせる。


 戦乱の世の中である程度は慣れているとは言え、これだけの死体の山を前に、やはりショックが大きいのだろう。



「うう……おねえちゃん……おにいちゃん……これ、やだよぉ……」



 幼い彼女の泣き声に、おれまでもらい泣きしそうになる。


 俺はシュシュの銀色の髪の毛をやさしく撫でてやり、



「悪かったな、やな光景を見せた……そうだよな、いやだよな、こんなの……」



 この世界にきて、無我夢中で戦い続けてきたけど。


 なんだか、ひとつの大きな目的をみつけた気がした。


 この子に、これ以上こんな光景を見せたくない。


 こどもはこどもらしく、殺戮だとか戦争だとかから遠ざけてやりたい。


 安楽にすごしてほしい。


 そして、平和とか安楽とかは、誰かが戦って初めて達成され維持されるものだ。


 その誰かに、俺がなってやろうじゃないか。



「魔物の殲滅がなにより先だ……」



 俺の言葉に、ミエリッキが力強くうなずく。



「エージの言うとおりね、……ふん、あんたとはその点でだけは私の考えと一致してるわ」


「ああ、まずはこのダンジョンの魔物を一掃しようぜ」


「そうね」



 俺たちはさらに先をすすむ。


 死体の山を踏み越えて。


 もちろん、シュシュの目をふさいでやりながら。


 いまさら遅いかもしれないが、九歳のこどもには絶対見せたくない光景だからな。


 地下二階には、ほかにたいした魔物もいず、俺たちは地下三階まで到達する。


 そこは、ダンジョンというよりは、魔物の詰め所だった。


 降りたとたん、だだっ広い空間に出たのだ。


 壁なんてほとんどない。


 ただただ広く、ランプの光も照明弾の光までも奥まで届かない広さ。


 キッサが、震える声で言った。



「……魔物たちに、囲まれています……すごい数です……」


「……具体的には?」


「コボルド……カスモラト……オークまで……」



 オークというと、豚の化物みたいなやつか。


 よく同人誌で女騎士を拷問にかけてるやつだな。



「数は?」


「……数え切れません……百はくだりません……」



 俺はさっきみた幼女の死体を思い出す。


 瞬間、怒りの感情が湧き出てくる。


 頭の先がジンジンと痺れる。


 ――ぶち殺してやる。


 そう思った。


 日本円の硬貨が入った巾着を握りしめる。


 もう片方の手で握りしめるのは、シュシュの柔らかくて小さな手。



「……襲ってきます!」



 言われるまでもない。



「オオオォォォォォオオオオオォオオォォ」



 魔物どもの咆哮が地下三階すべてに満ちているのだ。



「くそ、こんな数がいるとは……本気のダンジョンね……いったん逃げるのも手よ」



 ミエリッキまでもが若干の恐怖の感情をおもてに出して言う。


 が。


 俺は言った。



「サクラ、こいつらを殺したあと、補充を頼む……」


「あ、はい」



 サクラの返事を聞くか聞かないかのうちに、俺は怒りの感情を爆発させた。



「てめえらみんな死ねええええええええええええ!!」



 ゴワッという地響きとともに、俺の手から巨大な剣が出現した。


 このフロアは広すぎ、そして闇が深すぎてなにも見えない。


 見えないが、その先に人間を殺しまくっている魔物たちがいるのだ。


 そいつら、みんな俺の倒すべき敵だ。



「うおらあああああああああああ!!」



 ライムグリーンの剣は長さ二百メートルにも達していく。


 俺の中にこれだけの怒りの感情があるとは。


 怒りに身をまかせ、剣を横薙ぎに払う。


 ギャリンギャリンギャリン! という鼓膜がやぶれるかと思うほどの金属音。


 おそらく、魔物どもがはった法術障壁を俺の能力が破った音だ。


 そして。



「ウゴォ!」


「ギュアアア!」


「ギシャアァッ」



 耳をつんざくほどの魔物どもの悲鳴があがり、――すぐに静寂が訪れた。



「な……! 嘘……でしょう? 敵……全滅……エージ様……すごすぎる……」



 キッサがあっけにとられた声で言う。



「………………桁の違う戦闘能力ね…………もう言葉もないわ……」



 ミエリッキがぽつりと漏らす。


 この間たったの数秒、俺は地下三階の魔物を全滅させたのだ。


 だけど。


 当然。


 力を使い果たした俺は、その場にばったりと倒れ――そうになるところを、キッサのIカップに抱きとめられた。


 キッサの柔らかい乳房に顔を包まれて、俺は意識を失った。

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