18 火炎竜



 ミエリッキは刀を振り下ろして自分に襲いかかる火炎を切り裂いた。


 俺はとっさに法術障壁を展開する。


 ライムグリーンの半球が俺たちを包む。


俺たちの目前で火炎が半球に阻まれる。


 あっぶねえ、今のタイミングは危なかったぜ。


 火炎が収まり、敵の姿が視認できるようになった。


 そこにいたのは、巨大な一頭のドラゴンだった。


 真っ赤なうろこに覆われた皮膚、全長十メートルはあろうかというでかさ。


 鋭い目で俺たちをにらみつけてくる。



「グハァ……グォォォ……」



 ――小さきものよ――



 俺の精神感応の能力によって、そいつの思考が俺に流れ込んでくる。



 ――身もわきまえず我らが棲家にやってくるとは……。



「……! 火炎竜です!」



 キッサが叫ぶ。



「飛竜と並び称されるほどの魔物です!」



 飛竜といえば殺すのに千人の討伐隊を要したというアレか、俺とヴェルがやっとのことで倒した相手だ。


 あいつと同程度の魔物が、今俺たちの目の前にいるのだ。



「……ちっ!」



 ミエリッキな小柄な身体で飛び出していく。


 火炎竜の火炎がミエリッキを狙う。


 だが、ミエリッキは信じられないことに壁を走るようにして火炎をよけ、それだけじゃない、火炎を刀で切り裂いていき――火炎竜に斬りかかった。


 ギャギャギャッ! という金属音とともに、ミエリッキの刃が火炎竜のうろこに跳ね返される。


 いったん離れるミエリッキ、その後ろから俺は硬貨を握りしめ、ライムグリーンの扇を出現させる。



「うらぁぁぁ!」



 その扇をミエリッキごと火炎竜に叩きつける。


 もちろん、俺の攻撃は俺が敵意を持ってない相手――つまりミエリッキにはなんの効果もない。


 だけど、効果がなかったのはミエリッキだけじゃなかった。



「ガハァッ……!」



 火炎竜が咆哮をあげると同時に、その身体を赤いオーラのようなものが覆った。



「法術障壁です!」



 魔物のくせに法術障壁まで使うのか。



「グハァ……ウオオオオン……」



 ――小さきものよ、無駄だ……ここで我が贄となり、我の子を産め……。



 火炎竜の思考。


 そうだ、魔物どもがあの忌まわしい病――『神の気まぐれ』を人間界に広めたのだ。


 そのせいでこの大陸では男が生まれなくなり、魔物たちは人間の女性に自らの子供を産ませようとしているのだ。


 だけどな。


 残念ながら、



「わりいな、俺は子供を産めねえぜ!」



 俺はライムグリーンに光る剣を出現させた。


 扇形だと攻撃力が足りない。


 法力をもっと凝縮しなくては。


 それには剣の形が一番都合がいい。


 そのあいだにも、ミエリッキが再び火炎竜に攻撃を仕掛ける。


 おいおい、今度は天井を走っているぞ、忍者かお前は。



「ギシャアァッ!」



 火炎をよけ、尻尾による攻撃を避け、ミエリッキは走る。


 一瞬逆側にフェイントをいれたあと、火炎竜のぶっとい腕に突きかかる。



「我を加護せしトゥーリ、我と契約せしルミよ! 我が剣に吹きすさぶ吹雪の力を与えよ!」



 ミエリッキが叫ぶ。


 とたんにミエリッキの刀が冷気を纏う。


 そのままミエリッキの刀の刃が火炎竜の腕に突き刺さった。


 その瞬間、火炎竜の腕が氷に包まれる。



「グワォォォォッ!」



 ――小さきものよ、許さんぞ!



 ダメージが通ったみたいだ、火炎竜は首を振って苦しむ様子を見せる。


 ミエリッキはすばやく火炎竜から距離をとる。


 今度は俺の出番だ、俺は自分の心の中で感情を爆発させる。



「オルァァァ! 死ねええええッ!」



 俺は全長十メートルはあるライムグリーンの剣を振るい、火炎竜の頭部に向けて思い切り振り下ろした。


 腕を凍らされて動きの鈍った火炎竜は俺の攻撃を避けられない。


 だが、俺の剣が火炎竜に届く前に、再び赤い光を放つ法術障壁に阻まれる。


 ガギョン! という金属音とともに跳ね返される。


 だが俺は攻撃をやめない。


 ここで俺がこいつを倒さなければ、俺のかわいい奴隷たちがこいつに子供を産ませられるかもしれないのだ。


 そんなん、感情が爆発しないわけがない。



「うおらぁぁぁぁっ!」



 全身全霊で法力をこめ、俺は再びライムグリーンの剣を火炎竜に振り下ろす。


 ギャリギャリギャリ! という金属音を発しつつ、今度は法術障壁ごと俺の剣が火炎竜の頭部に叩きつけられた。



「グワォォォッ!」



 雄叫びとともに、火炎竜はその場にどさりと倒れる。



「グワァ……ガゴォ……」



 だがまだ火炎竜は死んではいない。


 俺の攻撃をあれだけまともにくらって生きているとはさすがだぜ。


 さらに、もう一撃。


 法力の使いすぎで頭がクラっとしたが、全力でいかせてもらう。


 俺はライムグリーンの剣を振るい、地をはう火炎竜にむけてまたも振り下ろす。


 剣は火炎竜の頭部に直撃し――



「ギャアアアアアッ」



 赤い鱗のドラゴンは、今度こそ断末魔をあげて絶命した。


 同時に、俺はその場に膝をつく。



「エージ様! 大丈夫ですか?」


「いやあ……さすがに今のはきつかったぜ……かなり法力をつかっちまった……」



 頭がクラクラする上に頭痛までする。


 目がくらんで立っていられないのだ。


 ミエリッキも俺のそばまでくる。



「あんた、すごすぎるわよ、火炎竜だとわかったときには、私でも駄目かも、と思ったのに……。こんな短時間でやっつけちゃうって……」



 俺の顔を覗き込むミエリッキ。



「いったん、帰るわよ? さすがに火炎竜レベルまでもこのダンジョンにいるとは思わなかったわ。あんた、かなり法力を使っちゃったみたいだし、出直しましょ」


「……いや、大丈夫だ、このまま進もう……」


「はあ? あんた、もう法力が残っていないじゃない。この先、火炎竜レベルの魔物がまだいるなら、さすがの私でも一人じゃきついわ、あんたの実力は認めてあげる。だから、今回は……」


「そうか、まだミエリッキには言ってなかったな。えーと……」



 サクラとイーダ、どちらにしようか。


 うーん、法力の量と質でいえばサクラの方が上だから、サクラの法力は大ボス戦にとっておくか。



「イーダ!」



 俺は奴隷の一人を呼んだ。




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