17 コボルド

 キッサの能力がダンジョンの壁によって阻害されているといっても、壁のない部分でさえあれば暗視と遠視はできる。


 ダンジョンの中は真っ暗闇で、その点キッサの能力はやはり便利だった。


 なにしろ、ランプの光だけじゃほんの数メートル先までしかみえないのだ。


 ダンジョンの通路は五メートル幅ほどあり、大型の魔物でも通れるようになっている。


 つまり、俺たちの持つランプだと、道の端から反対側の端がやっと見える程度なのだ。


 これじゃあいつどこからどんな攻撃をくらうかわからない。


 この暗闇、はっきりいってかなり怖いぞ。


 足がすくむ。


 人間、なにも見えない真っ暗だと、本能的に恐怖を感じるようになっているんだなあ。


 ゲームみたいにはいかない。



「――私の見える範囲内には魔物はいません」



 キッサの言葉がなかったら、はっきりいって一歩も進みたくない感じ。


 頼りないランプの光とキッサの索敵を頼りに俺たちはダンジョンを先に進む。


 ダンジョンは曲がりくねった通路でできていて、角を曲がるたびに緊張する。



「もっと魔物でひしめきあってるのかと思ったけど、そんなことはないんだな」



 俺のつぶやきに、キッサが返した。



「……いえ、やはりそういうわけでもないようです。距離三十マルト先……人型の魔物が五匹」



 聞いた瞬間、俺は硬貨を握りしめて身構える。


 ミエリッキも背中の刀を抜いた。


 俺たちはジリジリと距離をつめていく。



「敵、まだこちらに気づいていないようです……」



 なるべく音を立てないようにそっと歩く。


 九歳のシュシュを抱き寄せる。


 多分、俺の近くが一番安全なはずだ。



「距離十メートル……すぐそこです……」



 キッサの囁き。


 敵からはすでに俺たちのランプの光が見えているはずだ。


 と、突然、ミエリッキが敵の方向に向けてなにかを放り投げた。


 瞬間、バシュッ! という音ともに、辺り一面が明るくなる。


 照明弾かよ、投げるなら投げると言えよ、俺まで目がくらむだろうが!


 敵影を確認する。


 身長でいえば二メートルほどの人型の怪物。


 鬼のように二本の角が生え、禍々しいでかい口には巨大な牙。


 そして緑色の身体。



「コボルドです!」



 キッサが叫ぶのと、



「ギシャアァ!」



 コボルドが俺たちに襲い掛かってくるのとは同時だった。


 ミエリッキが長い刀をきらめかせ、一本三つ編みを揺らして敵との距離をつめる。


 コボルドが鋭い爪でミエリッキを引っ掻こうとするが、そこにはすでにミエリッキの姿はない。


 恐ろしいほどのスピードでコボルドの懐に飛び込むミエリッキ。


 次の瞬間にはコボルドの首がすっとび、壁にぶつかってから床に転がった。



「ギシャア! ギャゥゥ!」



 コボルドたちが咆哮をあげて俺たちに向かって突っ込んでくる。


 俺は硬貨を握りしめた右腕をコボルドに振り下ろす。


 俺の右手からライムグリーンの剣が出現する。コボルドは腕でガードしようとするが、俺の能力の前では無意味だ。俺の剣はガードしようとした腕ごとコボルドの身体を透過する。



「グギャ」



 という悲鳴とともにコボルドは床に倒れ込んだ。



「ギェアアア!」



 別のコボルドが俺の背後から襲い掛かってきたが、そいつはミエリッキに足を斬られ、ぶざまに床を舐めたあと、ミエリッキの刀によって胴体を真っ二つにされていた。



「ギュア! ギュア!」



 残った二匹のコボルドが何事かを叫びながら逃げようとするが、



「おるぁぁぁぁ!」



 その背中に向けて法術を展開する俺。


 奴らの二つの緑色の身体は、扇形の光に包まれた。


 あとに残されたのは五つのコボルドの死体。



「…………」



 無言でそれらを眺めたあと、ミエリッキは刀を背中の鞘におさめた。


 うーむ、このミエリッキってやつ、まじで強いぞ。


 スピードが尋常じゃない。


 もしかしてこいつとタイマンはったら、そのスピードで俺ですら翻弄されるかもしれない。


 そんな俺の視線に気づいたのか、



「……あんたもやるわね」



 ニヤリと笑ってミエリッキが言った。


 こいつが笑ったところを始めてみた、わりと凄みのある笑みだな。



「ただ思ったんだけど……戦闘能力をもっているのってほんとにあんただけなのね。そこの――キッサとかいったか――その奴隷の索敵能力はともかく、ほかは全然役立たずじゃない」


「まあ、そうだな」



 俺は答える。


 実際その通りなんだから仕方がない。


 九歳のシュシュはもちろん、サクラもイーダも戦闘能力は皆無。


 そもそも俺の法力補充要員として連れてきたからな。


 シュシュに至ってはただの足手まといにすぎないのも事実だ。



「提案なんだけど――私とあんた、それにキッサとかいう奴隷。三人で進まない? あとの三人はいるだけで邪魔よ」


「駄目だな」



 ミエリッキの提案はもっともなものだったけど、それにのるわけにはいかない。


 特に、シュシュを置いていくという選択肢はありえない。


 なにしろ、俺から三十メートル離れたら、シュシュは死んでしまうのだ。


 それに、サクラとイーダにしても、いつでも法力を補充できるという安心感があるのは大きい。


 ゲームのダンジョン探索とかだと、だいたい魔法を使う職業のMPが切れたときが帰り時なわけだ。


 サクラとイーダ、二人がいればそのMP切れをかなり先まで引き伸ばすことができるのだ。



「このパーティで進む。いやならミエリッキ、お前だけ帰ってもいいぞ」



 チッ、と舌打ちをするミエリッキ。



「いざとなったら私はあんたたちを見捨てるわよ」



 ミエリッキは吐き捨てるようにそう言った。


 俺たちはなんかぎくしゃくとした雰囲気のままダンジョン探索を続ける。


 途中、何度かさきほどと同じコボルドに遭遇したが、瞬殺してやった。


 しばらく進んだあと、キッサが言った。



「おそらくこの先に……地下二階へと降りる階段があります。ただ……その前にも一頭、魔物が……」



 聞いてミエリッキは刀を抜いて走り出す。


 こいつ、一人で片付ける気か。



「気をつけて! かなり巨大です!」



 キッサの言葉終わるか終わらないかのうちに、巨大な火炎が俺たち全員を包み込んだ。



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