16 吹雪のミエリッキ

「こちらもよろしく頼むぜ」



 ミエリッキにそう言うと、



「カスモラト三頭……」


「ん?」


「カスモラト三頭を、あっという間に倒したってね」


「ああ、別に難しくもなかったな」


「見た目はそうでもないけど、それなりの腕は持っているのね。少しは期待してるわよ」



 ミエリッキはそう言って、


「さ、じゃあ早速出発するわよ。ダンジョンのある辺境まで馬で四日はかかるわ」





 ミエリッキは、あまり多くを話したがらないやつだった。


 俺やキッサがいろいろ話しかけても、「そうね」「そうじゃないわ」と一言ふたこと返すだけで、会話がなかなか成立しない。


 傭兵ギルドが指名するほどのやつだから、腕がたつのは間違いないと思うんだけど。


 俺もそのうち諦めて、話しかけるのをやめた。


 そして四日間野宿を繰り返し、俺たちはついにダンジョンの近くまでやってきた。


 地元の遊牧民に話を聞くと、ダンジョンができたのはほんの三ヶ月ほど前。


 それができてからは、ダンジョンから毎日のように魔物が出てきて人や家畜を襲うのだという。今ではだれも近づく者はいない。


 このあたりはかなり危険な区域になったとのことだった。



「近くに街道があるんですが、その街道を通る隊商もよく襲われてねえ……。もう、あの街道は封鎖されたも同然ですよ。あの街道、軍隊を動かすのにもよく使われてたんですが、今はもう誰も通りませんや」



 と地元民は言う。


 そういうことか、それでローラ族族長アビアンナ・ローラが傭兵ギルドにダンジョン制圧依頼をしたということなんだな。



「前にも軍隊の精鋭だというのが十人ほどあのダンジョンに入ったんですが……ほとんど全滅しましてね、一人だけ逃げ帰ってきたんです」



 その逃げ帰った兵士の情報によると、ダンジョンは地下四階の小規模なものではあるが、中には多数の強力な魔物がいるという。


 広さはおおよそ五百メートル四方。


 確認されているだけでも、四つの地上からの入り口があるという。



「まあ、もともと私一人でも達成できる依頼よ」



 ミエリッキは自信ありげにそう言う。


 まじかよ、ダンジョンと聞いてさすがの俺も緊張してるってのに。


 とりあえず装備を整える。


 といっても長丁場になったときのためを考えて、食糧をサクラやイーダにたくさん持たせる、程度だが。


 キッサの能力はダンジョンにおいてめちゃくちゃ有用だと思ったので、疲れさせないようにキッサには荷物を持たせない。


 その分サクラとイーダが割を食うかたちになるけれど、さすが俺の奴隷、不平のかけらも言わない。


 そう。


 キッサの能力。


 透視・暗視・遠視の能力。


 その能力は十五キロ先まで及ぶ。


 五百メートル四方のダンジョンなんて、どこにどんな魔物が潜んでいるかすぐに把握できるだろう。


 俺がそう説明すると、ロリ巨乳、ミエリッキは、



「そう甘くいかないかもしれないわよ」



 と冷たく言い放つ。



「大丈夫さ、余裕だよ」



 とりあえずそう言って、俺たちはついにダンジョンの入り口までたどりついた。


 そこは、草原の中、ぽっかりと開いた大きな穴だった。



「キッサ、なにか見えるか?」


「はい、やってみます!」



 とりあえず索敵させてみる。


 だが。



「…………おかしいです……なにも見えません……」


「どういうことだ?」


「私の遠視と透視の能力が、なにかに阻まれて……」



 なんだそりゃ、そんなことってあるのか?



「ふん、やっぱりね。そううまくはいかないと思ったのよね。おそらく、このダンジョン、壁に魔石が埋め込まれているわね。ある種の魔石は法術の力を減衰させるのよ」



 ミエリッキが言った。



「前から気になっていたんだけど、聖石と魔石っていうのは別物なのか?」



 俺がそう訊くと、キッサが答えてくれる。



「聖石というのは法術の力を増幅したり変化させたりする特異な力を持つ鉱物です。そのほとんどがこの大陸で採掘できる鉱石なのです。その力のために、昔から聖なる石――聖石と呼ばれてきました。対して、魔石というのは大陸に存在するいかなる聖石とも似つかない、異世界――特に、魔物がやってくる魔界と呼ばれる世界の鉱物なのです。人間が手にする魔石は、魔物を殺した際にその身体から採取するものがほとんどです。前にも説明しましたが、我々ハイラ族はその魔石を少量ずつ子供のころから飲み込むことによって、自らの身体を魔物に近づけ、その力によって魔物と獣の合いの子、魔獣を操る術を得るのです。もちろん、魔石といってもいろいろな種類がありますが……」



 キッサの言葉をミエリッキが継ぐ。



「そう、その数多くある魔石の中でも、ある種のものはさっきいった通り、法術の力を減衰させる効果があるのよ。その魔石によってこのダンジョンの壁は作られている――だから、その奴隷の能力を使っても壁を透過してまでは見渡せない」



 くそ、なるほど、そういうことなのか。


 だったら本当の手探りでダンジョン探索しなきゃいけねえじゃねえか。



「しょうがねえ、じゃあ突入するしかないってことか」


「その通りね」



 と、その時、ダンジョンの入り口に大きな影が三つ、現れた。


 二頭のカスモラト――炎を吐くトリケラトプスの怪物だ。


 次の瞬間、俺が身構えるよりも早くミエリッキが背中の刀を抜いてカスモラトに突進していった。



「我を加護せしトゥーリ、我と契約せしルミよ! 我が剣に吹きすさぶ吹雪の力を与えよ!」



 カスモラトが大きな口を開け、俺たちに向かって炎を吐こうとしたその刹那――


 ミエリッキの刀がカスモラトの頭部を正中線からまっぷたつに割った。


 でかい身体を綺麗に二つに切り裂かれ、ドスン! という音と共に地面に倒れるカスモラト。


 その切り口の断面はまるで最初から氷の彫刻であったかのようにガチガチに凍っている。


 ミエリッキの動きはそれだけじゃ止まらない。


 そのまま宙を飛ぶような動き――これじゃまるで映画のワイヤーアクションだ――で次のカスモラトに近づくと、今度はそいつの首を切り落とす。


 すげえな。


 俺も硬貨を握りしめ、最後に残ったカスモラトに向かってライムグリーンの扇を叩きつける。



「ガフゥゥン……」



 断末魔とともに膝をつき、絶命するカスモラト。


 あっという間の出来事だった。


 正味一分もかからずにカスモラト三頭を殺したのだ。



「へえ、あなた、けっこうやるわね」



 ミエリッキが俺にころされたカスモラトの頭部を蹴り飛ばしながら言った。


 こっちとしてはけっこうやるどころじゃない。


 ミエリッキの攻撃はものすごいスピードだった。


 さすが傭兵ギルドに信頼されている人物だけある。


 一人でこのミッションを達成するつもりだったと豪語するだけあるな。


 舐められるわけにもいかないから、俺はいちおう余裕を見せて、



「まあな、じゃあ早速先に進もうぜ」



 と言った。



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