12 盗賊退治



「まだ五日しかたってないじゃないか……もう逃げ帰ってきたのかい?」



 傭兵ギルドの受付嬢が見下したようすで俺に言う。


 その目の前に、依頼主である遊牧民の長が書いた書類をパシッと叩きつけた。



「…………はぁ? なに、もう終わらせてきたのかい? ……早すぎない? だって……カスモラト三頭だよ?」


「戦闘自体は三十分もかからなかったよ、そのあとの宴会の方がよっぽど体力使ったぜ」



 と俺は返す。


 それは事実で、イーダと三十六時間のあいだキスしまくってやったし、キスしながら馬を走らせてここまで戻ってきたのだ。


 いやあ、イーダとキスしているときのキッサとサクラの冷たい視線ったらなかったぜ。



「ご主人様はとても強い……かったですよ」



 そのイーダが受付嬢に誇らしげに言う。


 粘膜直接接触法ってやつは副作用がきつすぎるけど、その副作用も悪いことばかりじゃない。


 こうして三十六時間のキス地獄が終われば、俺の奴隷になったばかりのイーダでも、名実ともに『おれのもんになった』感があるし、なんとはなしに親しくなった気がする。


 もとからいる奴隷であるキッサとサクラの視線はまじ痛いけどな。



「で、次の仕事は?」



 と俺は訊く。


 こうなったらどんどん仕事をこなしていくに限る。



「おっと、その前に報酬だよ、まずはこのあいだ積んでもらった保証金、金貨三十枚、それに成功報酬、これはギルドが二割もらうから、残りの二十四枚だ。確認しな」



 受付嬢がカウンターに金貨を積み上げる。



「キッサ、頼む」



 というと、キッサがそれを数えて財布にいれた。


 何気ないやりとりだけど、金貨一枚で十万円相当だからな、かなりの大金のやりとりだぞこれ。



「さて、次の仕事の話だったね……」



 受付嬢がペラペラと書類をめくる。



「なるべく難易度が高くて期間が短いので頼む」


「それなら……これかな」



 一枚の書類を俺たちに見せる受付嬢。


 もちろん、何がかいてあるかは俺には読めない。


 一応言い訳しておくけど、俺だって多少の勉強はしてるんだぞ?


 ただ、さすがに独学ではなかなか字を覚えるってのは難しい。


 それも母語じゃない言語を読めるようになるってのは……日本で英語教育を受けたことのあるやつなら、そうそう簡単なことじゃないってことわかってくれるはずだ。


 特に俺は領主としての仕事も山積みだったからな。


 で、いつもどおり俺はキッサにそれを読んでもらう。



「ええと、これは……盗賊退治、ですね。北の方で十人ほどの盗賊が出没しているとか……。なかには戦闘法術を使えるものもいるみたいです。このあたりの道沿いは危険で商人の行き来が難しくなってるとか……。一応、高額の通行料を払えば見逃しはくれるみたいですね」



 ふむ、そいつら、勝手に関所を作ってるってことか。



「そんなの、正規軍の仕事じゃないのか?」


「いやね、ハイラ族族長カルビナ・リコリと、ローラ族族長アビアンナ・ローラとの対立は今や決定的なわけだよ、こんなくそ田舎の盗賊にいちいち兵を割いてくれなくなってきている。そんな余裕もないみたいだしね。そういう細かい仕事を請け負うのが、私ら傭兵ギルドってわけさ。依頼主はその田舎の一族の長だが、報酬がねえ……金貨五枚だってさ。田舎だから、このくらいしか用意できなかったみたいだね。安いと思うなら請けなくてもいいよ」


「受けるさ。前にもいったが、俺たちの目的は金じゃない、戦いだからな、うってつけだ」



 本当の目的は傭兵ギルドマスター、タニヤ・アラタロと会うことなんだけどな。


 軍資金はある程度あるし、今回の報酬でむしろ増えた。


 金なんか超どうでもいい、とにかく仕事をこなして傭兵ギルド内での地位を確保することが目標だ。



「……本気かい? 金貨五枚で盗賊十人だよ? 正直、誰もこの仕事請けないんだよねえ」



 そんな仕事をいの一番に紹介したのはどこの誰だよ。


 ま、俺たちは新参だからな、そうそううまい仕事はすぐにはまわってこないだろう。



「いいさ、受ける。また俺たち五人だけでやってくるよ。すぐに戻ってくるから、次の仕事の用意も頼むぜ」



 今度は北に馬を走らせる俺たち。


 俺も随分馬の扱いに慣れてきてしまった。


 最初の頃はよく筋肉痛になったけどな。


 馬ってやつはのるだけで結構筋肉を使うのだ。


 目標の場所は、山岳地帯だった。


 遊牧民の国といっても、草原ばかりが広がっているわけじゃない。


 北の方には険しい山々が連なり、その間を縫うようにして細い道がいくつかある。


 その道のうちの一本を盗賊たちに占拠されてるってことだな。


 俺はいつものように奴隷商人の扮装をして、その山道を行くことにした。


 道といっても土が踏み固められただけの、獣道に毛がはえた程度のものだ。


 山は針葉樹林で覆われ、森独特の新鮮な空気を吸いながら俺たちは馬を歩かせる。


 動物と魔獣の気配だけが感じられ、それこそ人間なんて一人も歩いていない。


 こんな平和そうな道にほんとに盗賊なんかがいるのか?


 たしかに田舎だし、こんなところまで正規軍を送り込むのも大変だよなあ。


 これ、盗賊をやっつけるよりも盗賊に出会うほうが大変なんじゃないか?


 などと考えていたとき。


 道のど真ん中に、メイスと鎧で武装した人間が三人、俺たちを待ち受けていたかのように立っているのが見えた。



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