11 酒宴
さすが遊牧の民。
キッサのナイフさばきは見事なものだった。
体長十メートルはあろうかというカスモラトの腹部を裂き、内蔵を引きずり出す。
「おいおい……どうすんだよこれ……」
採れる肉の量は尋常じゃなさそうだ。
「そうですね……ちょっとサクラさんにでもひとっぱしり行ってもらって、人を読んできてもらいましょう」
サクラが馬を走らせて遊牧の民の天幕、つまりテントだな、そこまで人を呼びに行く。
キッサが肉をさばくあいだにも、わらわらと人々が集まってきた。
「なんと……三頭もいたカスモラトをこんなにも早く……?」
「さすが傭兵ギルドだ」
「しかしたった五人で……」
「見ろ、こっちのカスモラトはかすり傷ひとつないのに死んでるぞ……いったいどうやったんだ?」
「なんにしろすごい……本当にありがとう!」
「そうだそうだ、これで私達はまたここで放牧できる……いくら感謝してもしきれないよ!」
人々の驚嘆の声やら感謝の声に囲まれて、少し居心地が悪い。
と、キッサが肉の塊を持ってきて、
「これをここで焼いてみなで食べましょう。なかなかおいしいですよ!」
そんなわけで、焚き火に棒を突き刺した肉をかざす。
人々が持ってきた酒を振る舞ってくれるが、俺はあんまり酒に強くないからな。
そのかわり、キッサがひさびさに酒乱ぶりを発揮していた。
あの火がつくレベルの蒸留酒、タースラットビーナをゴクゴク喉を鳴らして飲んでやがる。
そして俺に絡んできやがる。
「エージしゃまぁ。エージしゃまはひどいですよねー。ちゅーして私のおっぱい揉み揉みしたくせにまだそれ以上してくれないんでしゅからぁ。いーんでしゅよお、私はエージしゃまのどれーなんでしゅからしたいことしてくれてもいーんでしゅよお」
赤い瞳で流し目を俺に向けるキッサ。
そうは言ってもなあ。
最近特に、そんなことできない雰囲気が……。
俺はサクラの方にちらと目を向けると、なんとサクラもグイグイとタースラットビーナを胃袋に送り込んでいる。
「お、おい、サクラ、大丈夫か、そんなに飲んで……」
「あ、はぁい♪ とってもだいじょおぶですよんご主人さまん♪ おしゃけって飲んだことなかったでしゅけどお、とってもいいものでしゅねえ、おいしゅうごじゃいましゅよお」
「ほどほどにしとけよ……」
「あ、はぁい♪ でももうちょっとだけ……。ご主人しゃま、私おもうんですけどねえ、キッサさんはしゅこしげひんだとおもいましゅう。九歳の妹の前でおっぱいでご主人様の身体洗うのとか、とってもよくないとおもいましゅう」
言われたキッサが反論し始める。
「にゃにいってんの、サクラさんも一緒にやってんでしょーが」
「あぁ? はいはい、でも私は妹が見てないからいーんでしゅー」
「九歳の女の子が見てる前ってのにはかわりがないでしょーが」
……なんか二人とも口調がものすごくおかしいものになっている、っていうか一触即発って感じで怖い。
「お前ら、そのへんにしとけ、キッサもサクラももう酒飲むな、仲良くやれ仲良く」
「はーーい」
「あ、はぁい」
なんつーか俺の貞操はキッサとサクラの相互監視によって成立しているといっても過言ではない気がする、まあ俺がヘタレなだけかもしれんが。
で、シュシュが肉の塊にかぶりつくのはいつものこととして。
この肉がまたうまいのだ。
遠火でじっくりと焼き上げられたカスモラトの肉は、表面は香ばしく、中は肉汁がたっぷりでかぶりつくと香ばしさとジューシーさで口腔内が満たされる。
少し焦げた部分のカリカリした歯ざわり、そして内部はレアでとても柔らかい。
しっかりした歯ごたえがあるのに三、四回も噛むともう口の中でとろけてなくなる。
味付けは塩コショウの他に地元の人が持ってきた特別製のタレ。熟成させたオニオン主体のソースだ。
それを口の中に放り込み、もぐもぐと咀嚼したあと、水で割ったタースラットビーナで流し込む。
さいっこう!
これ以上のものはこの世にそうそうないと思うぜ。
個人的には宮廷料理の上を行くな。
蛇料理など論外だ。
「おいしいね、おにいちゃん!」
「ああ、うまいな、シュシュももっと食え」
さて。
酒と肉を存分に楽しむ俺の傍らに。
地獄の苦しみを味わっている人物がいた。
いうまでもない、イーダだ。
彼女は粘膜直接接触法――つまりキスだが――で俺に法力を渡した。
その副作用は三十六時間のあいだ、麻薬の禁断症状の十倍ともいわれるほどの衝動で、俺にキスをしまくりたくなるというもの。
いつぞやのミーシアみたいに簀巻にぐるぐる巻きにしてその辺ほうっといてもいいんだけど、ヴェルに言わせると死んだほうがマシレベルの苦しみらしいからな。
今回は特に必要もなかったけど実験もかねて接触法をやったという引け目もあるし、求められたらたっぷりとキスをしてやることにする。
「ご主人様ぁ……」
十四歳とは思えないほどの妖艶な表情で俺にすりよってくるイーダ。
半開きにしたプルンとした唇を俺に向け、トロンとした碧い目で俺を見つめて、
「頼む……です。また副作用が来た……です。頼む……ですから……」
俺は肉を食う手を止め、イーダを抱き寄せる。
真っ白な髪はとてもいい匂いがする。
「ご主人様ぁ……はやく……はやく……」
目の端に涙を浮かべて唇を突き出すイーダ、俺はそこにむしゃぶりつく。
「ご主人……ふはぁ、んちゅ、ちゅ……もっと……もっと……んれろれろれろ」
俺たちは舌の粘膜をこすり合わせる。
そのたびにピタピタという音が漏れる。
ざらっとしてぬるっとした感触に、俺までもが夢中になってしまう。
イーダの髪をくしゃっと鷲掴みにし、さらにぐいっと抱き寄せ、舌をイーダの口中深くに差し込む。
イーダの舌はそれを歓喜しているかのように受け入れて、ねちゃねちゃといやらしい音をたてて俺の粘膜を味わうのだ。
「……いやらしい」
「あ、はい、いやらしいですね……」
「お肉おいひい、おいひい、もっと、ちょーだい!」
他の奴隷三人の言葉を聞きながら、俺はずっとイーダの唇を貪り続けるのだった。
うん、十四歳の少女奴隷とキスしまくるとか、俺には副作用ないはずなのに全然やめらんねーぜ。
古来より、人を駄目にするものといえば酒色にきまっている。
酒と女に囲まれて、その上少女の汚れを知らない唇を俺の唇と舌で汚しまくりながら、少しは自重しなきゃな、などと思う俺であった。
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