101 近衛兵



「いいですか、そもそもマゼグロンタワーには専門の法術障壁士がいて帝都全体を守っています。しかしこれは外界からの法術による攻撃を防ぐためのもので、内部で法術を使う分には影響ありません」



 真っ暗闇の帝都。


 夜中のうちに俺たちはこっそりと帝城へと向かう。


 その途中、赤髪緑目のアリビーナとひそひそと打ち合わせをする。



「なるべく隠密に守備の兵を倒していきましょう」


「わかってる、まかせろ」



 まだ空は暗い。


 夜明けまで一時間はあるだろう。



「キッサ、衛兵はどのくらいいる?」


「見てみます」



 暗視と透視の能力を持つキッサが、帝城への門周辺を索敵する。



「……ほとんどいませんね。城門に衛兵は四人しかいません」


「ならいけるな」



 ギリギリまで警戒されたくないので、俺たちはまだ奴隷商人の扮装をしている。


 四人の首輪につけた鎖をもって、俺は帝城の城門に近づく。



「ん? なんだ、こんな時間に。開門するのは朝だぞ?」



 門の守兵が俺たちを見つけて言う。


 まあそりゃそうだ、時刻でいえば午前四時、まだ夜明け前だ。



「へへへ、だんなぁ……そういわねえで通してくださいよぉ。ライバルたちよりはやくいい場所とりたいんですよぉ。おっとこれを……」



 俺は銀貨をとりだすと、それを守兵に握らせようとする。


 そろそろ俺もこの世界に慣れてきたのかもしれん。


 だが守兵はとりあわず、



「駄目だ駄目だ。規則は規則だ。明るくなってからまたこい」



 仕事熱心で好感の持てる対応だな。


 自分の仕事をきちんとこなしている奴には悪いが、



「じゃあ、ちょっと眠っててください」


 俺は突然右手にライムグリーンのナイフを出現させると、それで守兵の頭をぶっ叩く。



「ぐぁ……?」



 守兵は小さなうめき声とともにその場に倒れた。


 心配するな、峰打ちじゃ、殺しはしてない。


 法術に峰打ちもなにもないが、まあ気絶させただけだ。


 振り向くと、アリビーナがすでに他の三人も片付けていた。



「よし、入るぞ……おい、まさか殺してないだろうな?」


「手加減しましたから。多分死なないと思います」


「ならよし」



 悪いのはヘンナマリであって、守兵に対して恨みがあるわけでもないからな。


 いちいち殺してたら悪夢にうなされて俺の夜の安眠が奪われる。


 俺たちは夜明け前の闇にまぎれて、帝城の中央にそびえ立つマゼグロンタワーを目指す。


 高さ百二十メートルだけあって、暗い中、遠くからでもひと目でその場所がわかる。



「キッサ、タワーの守兵は?」


「…………三十人ほど詰めている模様です。どうしますか?」


「…………押し通る! いいかシュシュとサクラは俺から離れるな、アリビーナ、俺が討ち漏らしたやつはお前が片付けろ」


「了解です!」



 俺たちはなるべく気づかれないように近寄り――



「おい! 誰だ!?」



 気づかれた瞬間に、俺はライムグリーンの巨大な扇を出現させる。



「な……!?」



 狼狽する守兵に向かって、



「おるぁぁぁ!」



 その扇を振り下ろした。


 守兵たちはなすすべもなくその場で倒れる。



「て、敵襲……」



 扇の攻撃から外れた守兵が叫ぼうとするところに、アリビーナが素早く駆けより、その顎を一発ぶん殴った。


 カクン、と膝から折れてその場に倒れる守兵。


 残りも俺とアリビーナでやすやす片付けていく。



「突入するぞ!」


「はい!」



 タワーの正門を堂々と扇でぶち壊し、俺たちは中に走りこむ。


 その頃には異変に気づいた守兵たちがわらわらと集まってきていた。


 あれ、思ったよりも多いな、しかも近衛兵だけじゃなく、結構立派な甲冑を身につけた兵もいる。


 マゼグロンタワーのエントランスはあっというまに近衛兵と甲冑の兵で埋まった。



「なんだ貴様は!」


「我らは――」



 俺は声をはりあげた。



「第十八代皇帝ミーシア・イシリラル・アクティアラ・ターセル陛下の命により、逆臣ヘンナマリによって捕らえられた、セラフィ殿下を救出にきた! 我が名はエージ・アルゼリオン・タナカである! 道を開けよ!」



 ざわざわっ! と兵たちがどよめく。


 そうなのだ、近衛兵たちは別にヘンナマリに忠誠を誓っているわけじゃない、皇族全体に対して忠誠を誓う集団だと聞いた。



「今回の件、ひとりヘンナマリの変心によるもの! 皇帝陛下におかれても、セラフィ殿下におかれてもそのご意思によって行われたものではない!」



 俺の叫びに、近衛兵たちは目に見えて動揺する。


 このまま近衛兵たちを味方につけられれば――



「待て、そのもののいうことは全て嘘だ!」



 甲冑を身につけた兵が言う。


 その甲冑にはバラの花の紋章。


 見たことあるぞ、これ。


 ……そうだ、ヘンナマリの紋章だ。


 ってことはこいつ、ヘンナマリの部下か。



「もともとは先帝ミーシア陛下が帝位を投げ出し、それを憂いたセラフィ陛下が民衆のために帝位を継いだのだ! そのものを殺せ! そいつは逆臣だ!」


「あほか! みんなも知ってるだろう、ヘンナマリが反乱によって強引にミーシア陛下を追い出し、セラフィ殿下を無理やり帝位につけたにすぎない! これはミーシア陛下、セラフィ殿下のご意思ではない!」



 俺も叫び返す。



「…………私も、これは陛下のご意思ではないと思う……」


「じゃあどうするのよ、ミーシア陛下の命令ってあいつが自分でいってるだけよ」


「いや、私もヘンナマリのやり方には疑問をもっていたんだ」



 近衛兵たちが相談を始める。



「あいつが本当にミーシア陛下が遣わしたものかどうかはともかく、私たちは別にヘンナマリの手勢ってわけじゃない……」


「そうだ! 我らは皇族の兵! ヘンナマリごとき田舎騎士のいうことを聞く筋合いはないわ!」



 近衛兵たちは甲冑をみにつけたヘンナマリの兵に剣を向ける。



「な、お、お前たち……! 反逆だ! 近衛兵どもが反逆をおこしたぞ!」



 彼女の叫びに、奥から何十人もの甲冑の兵士がわらわらと出てきた。



「なにを! 反逆したのはヘンナマリじゃないか! 私らみんなそれを知っている!」



 近衛兵たちも負けじと言い返し、小競り合いが始まった。


 やった、やったぜ! 


 俺たちがいる限り、甲冑の兵士ごときには負けはしない。


 これでマゼグロンタワー……いや、帝城を掌握できるかもしれない!


 そう思った時。


 いきなり、近衛兵の一人が倒れた。


その首は何かに斬られたようにぱっくり割れ、ドクドクと血が流れ出ている。



「……何だ!?」



 驚くその隣の近衛兵もすぐにばったりと倒れる。


 というよりも、首と胴が切り離されていた。


 飛ばされた首が俺の足元にごろごろと転がってくる。


 おいおい、なにがおこっているんだよ!


 驚く俺たちの目の前で、一人、また一人と倒れていく近衛兵たち。


 なんなんだ、どこからどんな攻撃を受けている!?


 百人はいた近衛兵たちが全員床に伏すのに、三分もかからなかった。


 ちくしょう、なにかがいる!


 目に見えない何かが。


 なんだ、これは。


 くそ……。


 と、タワーのエントランスに、一人の女性の声が響き渡った。



「あーら、これは久しぶり、かしらね、異世界の戦士ちゃん。まさかこんなところまで入り込んでくるなんて、かわいいわぁ」



 その声に、俺は聞き覚えがあった。


 と、そこには誰もいなかったはずなのに、エントランスの中央に人影が現れた。


 真っ青な髪の色、エメラルドグリーンの胸当て、ハイレグみたいに股に食い込んだ下品な衣装。



「エージちゃんといったかしらねぇ。ミーシアちゃんとヴェルちゃんはお元気かしらぁ?」



 そこにいたのは。


 まぎれもない、今回の反乱の首謀者。


 俺は叫んだ。



「…………ヘンナマリ・アルゼリオン・オリヴィア・アウッティ!」

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