102 攻防



「そうよぉ、わたしよぉ。んふふ、しっかし近衛兵ちゃんたちもダメダメねえ。私一人にこんなにあっさり倒されるなんて、守備兵の意味がないわぁ」



 なんだと。


 さっきの攻撃はヘンナマリ一人がやったってのか?



「……今日決戦があるはずだ、なぜここに?」


「なあにいってんのお? 今日決戦があるから、士気鼓舞のために皇帝陛下のご親征をお願いにこちらにきたのよぉ」


「皇帝陛下はミーシア陛下ただお一人だ」


「それは前の皇帝でしょお? ミーシアちゃんはヴェルちゃんと交尾したくて帝都をにげだしたのよぉ?」


「それはお前のつくり話だろうが!」


「んふふふ。どんな話でも多少はつくられてるものよぉ。あとは、勝った方が本当になるだけ」


「いいのか、今日これから決戦だぞ」


「今日の夕方に総攻撃をかけるわよお。なあに、エージちゃん、私の心配してくれてるのぉ?」


「いいや、ラータ閣下は今日未明……つまり今だ、今総攻撃をかける予定だといっていた」



 ピクリとヘンナマリの眉が動く。


 すげえなラータの読みぴったりだったってことか。



「……あのヘビ女ぁ……いつもいつも私の邪魔ばかりするのねぇ……ま、いいわ、私も今ここであなたを片付けて戦場に赴くとするわぁ。どうせ私に勝てるものなんていないんだし。ヴェルちゃんだけはやっかいだけど、先制さえされなきゃどうってことないわぁ」



 そういえば、ヴェルもヘンナマリの能力について、『近づけさえしなきゃなんてことない』と言っていた。


 逆にいえば近づかれるとやばい、ってことか。


 しかし、今俺とヘンナマリの距離は……近づかれない距離ではない。


 俺は右手に日本円の硬貨を握りしめる。


 ニカリュウの聖石――ニッケルが、俺の攻撃的精神感応の力を増幅させる。


 なるほど先制されなきゃ、か。


 じゃあ先制してやろうじゃないか!


 アリビーナも同じ考えだったらしく、



「ヘンナマリ、覚悟っ」



 足に法力を放出し、ものすごいスピードでヘンナマリにつっこんいった。


 赤く光るアリビーナの拳。


 その拳がヘンナマリの顎に届いた、と思った瞬間。


 ヘンナマリの姿が消えた。


 消えたのだ。


 以前戦った緑髪と同じ、姿を消す法術か?


 アリビーナのパンチが空を切る。


 姿を消しただけならあのパンチはあたっているはずだ、幻影の法術?



「くそ……!」



 渾身の一撃をかわされたアリビーナが一瞬ふらつく、俺はいやな予感がして叫んだ。



「くるぞぉ!」



 だが。


 その声がアリビーナに届く前に。


 アリビーナの左足が、血しぶきとともに切断された。



「アリビーナ!」


「ぐおぉぉぉ!?」



 アリビーナはそれでも体勢を整えようとするが、片足を失ったのだ、さすがに床へと倒れこんだ。



「あら、弱いわね……」



 姿の見えないヘンナマリの声が聞こえ、



「じゃ、死んじゃいなさい……」


「させるかぁ!」



 俺はアリビーナを中心とした半径数樹メートルの範囲に、ライムグリーンの扇を叩きつけた。


 俺の攻撃は俺が敵意を持っていない者には効かないのだ、アリビーナごと俺の攻撃が広範囲を包み込む。


 ギィン! と何度も聞き慣れた金属音がした。


 法術が法術障壁で跳ね返された音だ、やはりヘンナマリはアリビーナの近くにいたらしい。



「やるじゃない、味方ごと殺しに来るなんてエージちゃん、気に入ったわよ!」



 アリビーナの足からの出血がひどい、俺はシュシュとキッサに向かって、



「シュシュ、止血頼む! キッサ、シュシュを守ってくれ!」


「はい、エージ様!」


「うん、わかったよお兄ちゃん!」



 シュシュの能力は治癒。


 だがまだ九歳で、切り取られてしまったアリビーナの足を復活させるような力はない。それどころか、止血だけでもできるかどうか。前に聞いた時はかさぶたを直せるかどうかとか言ってたしな。


 とにかく、ヘンナマリがアリビーナに止めを刺しに来る前に、注意をこちらに惹きつけなければならない。


 俺は姿の見えないヘンナマリに聞こえるように、大声を出す。



「おるぁ来い、ヘンナマリ! この……若作りブスおばさん!」



 瞬間、左側から何かが来る気配を感じ、俺は法力でガード。


 ガギィン! という金属音、そしてヘンナマリが剣で俺に斬りかかっている状態で姿を見せた。



「だれがぁ……おばさんよぉ……?」



 俺の法力のバリアがかろうじてヘンナマリの剣から俺の身体を守っている。


 俺たちは睨み合ったまま、二度三度肩で呼吸をする。



「すみません間違えました、無理若作りブサイクおばあさんでした」


「くぉのガキがぁ!」



 ヘンナマリが剣を振りかぶる、俺はその彼女にむかってライムグリーンの光の剣を突き出す、俺の法力は自由自在に形をかえられるのだ。


 だがすぐにヘンナマリは再び姿を消した。


 だけど、少しわかったぞ。


 ヘンナマリの能力は、姿を消す能力じゃない。


 幻影を見せる能力でもない。


 テレポート? いや、そんな感じでもない、テレポートなら自分の剣を俺の体内にテレポートさせるだろう、そうじゃない。


 ヘンナマリの能力、それは超スピードだ。


 そこにいると認識できないほどのスピード。


 音速どころじゃない、音速ならまだ残像が見えるはずだ、それすら見えないってことはこれ、音速の何倍のスピードなんだ?


 やばい、これではヘンナマリがアリビーナやアリビーナを治療しているシュシュを狙ったら守り切れないかもしれない。


 挑発を続けるしかない。



「おばーちゃん! 分厚いお化粧がはがれちゃうよ!」


「このクソガキィ!」



 どこから攻撃がくるのかさっぱりわからないので全身を法力で覆う。


 ギャリギャリ! という俺の法力がヘンナマリの攻撃を防ぐ音、右斜め後ろから衝撃を感じた。


 これは参った、ヴェルは近づけなきゃなんてことない、なんて言ってたが、ここまで接近戦になると対抗が難しい。


 しかもここは周りを囲まれたマゼグロンタワーのエントランスルーム、距離をとることもできない。


 適当に目星をつけてライムグリーンの扇を振り回すが、まったく当たる気配がない。


 四方八方から見えない攻撃を受け続け、こちらの攻撃は通用しない。


 俺は、防戦一方になってしまった。


 どうしたらいいってんだちくしょう。

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