64 足ビンタ



「髪の毛が素敵ですよね! さらさらで艶があるし、ドキっとするほど魅力的です! それに、その瞳も素晴らしく美しいです! 大きくてまるで宝石のように輝いてます! 私のような卑しい臣下にも、いつも慈しみのこもった愛情深いまなざしをくださり、誠にありがたく思っております! ――ああ、そうです、私は陛下の臣下になれて、本当によかった、この身も心もすべてを、美しく麗しい陛下のために捧げたい、いつもそう思っております!」



 街道を西へとひた走る馬車。


 その中で、俺はミーシアの足下に跪いていた。


 そして、ひたすら頭をひねって言葉を紡ぐ。



「えーと、あとは、えーと、それに、すっきりとしたお顔だち、ああ、この世に美の極致というものがあるとするならば、それこそが陛下のお顔でございます! いつだって臣下や臣民を思い、徳が高く、その格別な能力と決断力で政治を……」


「政治の話はやめて。そういうんじゃなく、もっと、こう、私自身の、ほら」


「はいぃ! 申し訳ございません! ええと、えっと、おみあしもすばらしかったです! 接吻させていただけて光栄でございます! 小さくてかわいらしく、それでいて高貴で、その香りも格調高く……」


「ちょ、待ってよ、足のにおいの話はやめて! 格調高い足の香りってなんなの、もう馬鹿っ」



 顔を赤らめ、口を尖らしてそういうロリ女帝陛下。


 ちなみにその陛下は、今は裸足になっていて、その足をヴェルがマッサージしている。


 皇帝陛下は、疲労が足にきているらしい。まあ、無理もない。


 女騎士で今は皇帝専属マッサージ師を買って出ているヴェルは、ミーシアのふくらはぎから手を離すと、俺の頭を軽く叩いた。



「ほらほら、ミーシアがいやがるようなことは言わない。もっとあるでしょ、褒めるところが。まだまだ日没までは遠いのよ」



 そうなのだった。


 俺は、皇帝陛下であるミーシアと、それにヴェルたちを、やむを得ない事情があったとはいえ、思い切り蹴り飛ばしてしまったのだ。


 十二歳の少女帝に腹キックかますとか、本来ならば家畜のエサにされて死刑にされるところだ。


 しかし、このご慈愛深い陛下のお情けのおかげで、ヴェルのアイディアのもと、俺は日没までひたすらミーシアのことを褒め続ける、という罰ですむことになったのだ。



「っていうか、私のことを褒めるのって、それって、罰なの……?」


「いいえええ! とんでもないことでございます! わたくしごときウジ虫のような人間が陛下のことを褒めさせていただけるなど、この上なく幸せで光栄なことです」


「そ、そう?」


「はい! ええと、陛下は、ええと、唇もとても甘くていいお味で、ぎゅっと抱きしめると、女の子の優しい香りがして柔らかくてああ、なんておかわいらしく……」


「待って! 唇の味とか、身体の抱き心地とか、それもやめてよっ」



 書き物をしている手をとめ、顔を耳まで真っ赤にするミーシア。


 うーん、そうだよな、十二歳の少女に向かって唇が甘くておいしいとか、変質者以外、絶対に口に出さない言葉だ。


 でもなあ、もう褒め始めてから二時間もたつし、そろそろ褒めるネタがつきてきたんだよなあ。



「成長途上のほっそりとしたおからだつき、とても魅力的で、それに軽くて簡単に抱き上げられるし、ええと、その、かわいくて、なんというか、お胸はこれから成長するにしても……」


「馬鹿っ」



 ミーシアが足で俺のほっぺたを叩く。


 ペチン、というかわいらしい音がした。


 十二歳の女の子に足でビンタされちゃった。


 うん。


 ありがとうございますっ!


 ミーシアは呆れたような声で、



「だからそういうのやめてってば。というか、それ、褒めてるの? エージにそういうこと言われると、なんかこう、……身体はもういいから、性格をほめてよ」



 ぷうっと頬を膨らませていう。


 いつのまにか、俺に対してもヴェルに対するのと同じようなフランクな口調になっている。


 それが地味に嬉しい。今まで他人行儀な敬語だったからな。


 ガタッ! と馬車の車輪が石を踏み、俺たちの身体はその衝撃で飛び跳ねる。


 今俺たちは、ヴェルの領土に向かって街道を西へとむかわせているわけだが、説明によると、帝都からヴェルの領土まではだいたい三百カルマルト、この馬車のスピードだと、五日ほどかかるそうだ。


 とらえた山賊たちは、伝書カルトを接収したうえ、俺たちが無事逃げられたら爵位と知行を与える、という約束をしてやった。


 その上、首領の腹違いの妹とかいう少女を人質として馬車内で監禁拘束している。


 首領とはぜんぜん似ていない。


 十四歳だという彼女は、白い髪に白い肌、瞳だけは黒いが、基本的にガルド族よりもハイラ族っぽい。



「産んだ本人に似ることになりますからね。産んだ人は実母といい、ラスカスの聖石を提供した人は聖石母と呼ばれます」



 と、いつもどおりキッサが説明してくれた。


 ちなみに、俺に向かってフルヤコイラをけしかけたハイラ族の手下は、手下というよりも副首領ポジションで、彼女の産みの母親と首領の聖石母とのあいだに産まれたのが、今人質にしているこの少女らしい。


 ややこしいが、要は首領と副首領の妹だ。首領の聖石母(父親と解するのがわかりやすい)と副首領の実母がダブル不倫の末に産まれた娘で、その不倫がもともと騎士階級だった首領の一族が没落する一因だったそうだが、まあとりあえずどうでもいいか。


 とにかく、その首領の妹ってのを、さっきまでのミーシアみたいに芋虫にして馬車内のはじっこにくくりつけてある。


 すまんな、かわいそうだとは思うけど、殺すかこうするかの二択だったんだ。


 そんなわけで、人質をとられた山賊たちは、今は、俺たちの馬車の後ろを騎馬で追走している。


 ちょっとした護衛だが、逆に目立ってしまうかもしれない。


 ヴェルは後顧の憂いをなくすためにも全員殺しておくべきだ、と主張していた。


 味方にしても信用なんてできないし、戦力にもならなそうだし、ミーシアが皇帝だということが俺たちのやりとりでばれてしまっただろうし、生かしておくメリットがひとつもない、というのだ。


 逃がして俺たちの所在をヘンナマリに密告でもされたらまずいしな。


 実際、ヴェルの言うとおりだと思う。


 俺たちはこの山賊を殺すべきだ。


 反対したのはミーシアだ。


 理由は単純に、もう目の前で人が死ぬのを見るのはいや、という、実に女の子らしいものだった。


 当たり前と言えば当たり前な理由で、論理もへったくれもない。


 十二歳の少女のセリフとしては妥当すぎるほど妥当だろう。


 だけど、この世界のこの時代、彼女の立場と現在の状況を考えればそうもいっていられない。


 とはいえ、今、ミーシアの精神はあまりに疲弊しすぎていた。反乱、戦闘、親代わりだったエリンの死、親友の危篤、逃亡、接触法の副作用による狂乱、山賊の襲撃。


 ミーシアは現代日本なら中学一年生の女子の年齢だ。


 気がおかしくなっても不思議じゃないレベルの苦難が続いている。


 俺たちが愛する皇帝陛下は、ほんとにギリギリのところでふんばっているのだった。


 それは、俺もヴェルも痛感している。


 だから、ミーシアの涙の訴えは、これ以上ミーシアの心に負担をかけたくない、というヴェルの親心を動かした。


 ついでにいうと、俺だって人殺しはしなくていいならしたくないしな。


 二日前まで平和な日本で落ちこぼれ営業マンだったオタクにすぎないし。


 それに、よくよく首領から話を聞いてみると、(と、いうより、ヴェルが首領の妹への拷問をちらつかせながら強引にききだしていた、怖い)、奴らは、ミーシアやヴェルも知らないうちに、帝国内に没落貴族のゆるやかな互助団体をつくっているらしかった。


 そのネットワークは決して無視できないほどの規模になっているようで、ミーシアもヴェルも驚いていた。


 帝都はもちろん、ヴェルの領土やエリンの荘園、ヘンナマリの領土近辺にもメンバーがちらばっているらしい。



「ま、利用価値はないこともないわね」



 というヴェルの一言で、こいつらを生かしておくことになったのだった。


 吉と出るか凶と出るか。


 事態はあまりに渾沌としていて、これから何がどうなるのか、まったく予想がつかない。



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