65 再従姉妹



「うーん、馬車が揺れすぎてうまく書けない……」



 ミーシアが、彫刻刀ペンで薄い木の板にカリカリと文字を彫りながらいった。


 そういや、俺もキッサとシュシュの受け取りのサインに、同じ方法で名前を書いたんだったな。


 二日前のことが、遠い昔の出来事に思える。


 紙の代わりに文字を彫り込んでいるのは、木の板、というよりも経木だ。紙のようにペラペラで軽く、くるくると巻いてしまえばかさばらない。


 日本でも昔おにぎりとか包むのに使われていたアレだ。


 この世界にも普通に紙はあるけれど、正式な書類はこの方法で書くと伝統的に決まっているらしい。


 特殊な塗料を使っていて保存もきくそうだ。もちろんそれもキッサが教えてくれた。


 俺はちらりとミーシアの書いた文字を見る。


 全然読めない、そのうち俺もこの世界の文字を勉強しないとなあ。



「こんな字じゃ威厳がないかな……」



 と不安そうにいうミーシア。


「いやそんなことないです、すばらしく美しいご筆跡でございます!」



 わからんけど褒めておこう。


「えー。いつもエリンにもっと上手に字を書きなさいって怒られてたのに。エージ、適当なこといわないでよ」



 さっきからミーシアが書いているのは、各地への手紙だ。


 伝書カルトを手に入れたことで、俺たちは通信手段を手に入れたのだ。


 一応、遠距離通信が可能な法術もあることはあるらしいのだが、制約が多くて使い勝手は悪いらしい。



「瞬時に送れますが、百文字程度の文書がせいぜいです。送る側と受け取る側が同時に通信の法術を展開しないといけないので、定時連絡にはいいですが、緊急時に通信できるとは限らないのです」



 とはキッサの言葉。


 しっかし、キッサって辺境の農民の娘ってわりには、いろいろ物を知っているなあ。


 本を読むのが好きとかいってたが、もし貧農出身だとしたらそんな余裕もないだろう。地球を基準に考えれば、中世の貧農だったらそもそも字を読めるかどうかだ。


 実はこいつ、農民は農民でも地主とか庄屋みたいないいとこのお嬢さんだったりするんじゃないか?


 聞いてみると、



「まあ、そうですね、食べるには困らないくらいの家で生まれ育ちました」



 とかいってた。あとで落ち着いたころに、じっくりと聞いてみたい。


 さて遠距離の通信に関してだが。


 そもそも、今現在、その通信の法術を使えるものが俺たちの中にいない。


 だから、思い通りの場所へ手紙を運んでくれる魔獣を手に入れられたのは僥倖だった。


 魔獣は、魔石を飲み込んだハイラ族のみが使役できる。


 そして俺たちには、それができるキッサがいるのだ。


 宛先は、ヴェルの領地、西の戦線で獣の民の国の軍勢とにらみ合っているラータ将軍、東の戦線にいる第一軍のルフィナ将軍、その他各地の知行を持つ貴族・騎士、有力者たち。


 反乱の首謀者であるヘンナマリは、ミーシアが皇帝位を捨ててヴェルと駆け落ちし、それに乗じて帝位を簒奪しようとエリンが反乱を起こした、というストーリーをつくって流布している。


 それに対して、現皇帝は国家の秘宝とともに健在であること、反乱を起こしたのがヘンナマリであること、それに加わった第二軍のリューシア将軍はすでに討ち取ったこと、ミーシアは今は帝国随一の騎士、ヴェルに保護されていること、ヘンナマリ討伐に功のあったものは莫大な恩賞を出すこと、などを勅書としてあちこちにばらまいているのだ。



「いやー、ほんとに、陛下は人間的にすばらしく、寛大でお優しく、誰からも好かれる素敵な方でございます!」


「人間的に素晴らしかったら、反乱なんて起こらないはずだよね……」



 唇を噛むミーシア。


 実は、山賊たちからの情報で、ミーシアをさらにうちのめす事実がわかったのだ。



「私が至らないせいで、みんなを不幸にしちゃってる……セラフィまで巻き込んで」



 セラフィ・イ・カルタンティス・ターセル。


 山賊の情報で、俺はその人物の存在を初めて知った。


 皇族の中では、ミーシアがもっとも仲がよかったという人物。


 二十一歳の、ミーシアからみると大叔母の孫――つまり『再従姉妹』だ――にあたるこの彼女が、ヘンナマリによって第十九代皇帝としてかつぎあげられた。



「なるほどね。セラフィ殿下か……ヘンナマリのやりそうなことね」



 ヴェルの言葉に、ミーシアは過呼吸になりそうなほどの剣幕で、



「そんな! だってセラフィなんて皇族の中でも後ろ盾もいないし! 権力基盤とかなんにもないし! 派閥争いとか、そういうのぜんぜん縁がなかったじゃない! セラフィ本人だってびっくりするほど欲がない人なのに!」


「……それが都合がよかったのだと思うわ。ヘンナマリ派がかつぎ上げてるのは先々帝、つまりミーシアの祖母上様の妹様の血筋でしょ」


「だから! その血筋だと、セラフィの伯母上のヨキが中心的で……」


「ヨキ殿下は我が強すぎるわ。確かに皇族内でも一定の力をもっていらっしゃるけど、でもそれはヘンナマリとしては都合が悪かったのよ。自分の思い通りにならないものね。ヨキ殿下を帝位にすえたばあい、せっかくヘンナマリがリスクを犯して反乱を起こしたのに、主導権はヨキ殿下が握ってヘンナマリは冷や飯くわされる可能性も高いわ。ヘンナマリは今回の反乱、ヨキ殿下ともある程度通じていたかもしれないけど、その辺の騙しあいもあったんじゃないかしら。ヨキ殿下を帝位にすえる、といって協力させておいて、反乱のドサクサの中で、あの血筋でもっとも政治的に力がない人――つまりセラフィ殿下を中心にすえたんだと思うわ」


「セ、セラフィも反乱に……?」


「いいえ、あたしだってセラフィ殿下のご性格は知っているわよミーシア。反乱には加わってないわよ、あんな若いのに仙人みたいに泰然自若としている方だもん。たぶんさ、本人の意思とは無関係に、自らの傀儡として操縦しやすかった皇族を選んだのよ、ヘンナマリが」



 ただ、本人がどう思っていようと。


 帝位を簒奪しようとしている、その一点だけで、ミーシアは将来、反乱を鎮圧できたとしても、この仲のよい年上の女性を処刑せざるをえなくなった。


 鎮圧に失敗すれば、セラフィがミーシアを処刑することになる。



「そんな……だって……なんで……」



 真っ青な顔でブツブツとつぶやくミーシアに、ヴェルはものすごくいいにくそうに、



「そうなると、ヨキ殿下とヘンナマリのあいだにも今頃亀裂が走っている可能性が高いわ。……今回、セラフィの反乱として、ヨキ殿下のところに手紙を書いておいたほうがいいわね。ヨキは悪くない、セラフィとヘンナマリが悪い、だからこっちに協力しなさいって」



 そんな話を聞きながら、俺は心底うんざりしてしまった。


 ドロドロの陰謀が渦巻く世界だな。


 そして、その地位のわりには純朴な精神を持つミーシアがかわいそうでかわいそうで仕方がなくなる。


 こんな、権謀術数騙し騙され殺し殺されの世界、いやになる。



「いやあ陛下のお耳はとても美しい! こんな大きな宝石もとてもお似合いで……。って、よく見るとやっぱりちょっと耳たぶがのびてるような……そこまで重くないっていっても、ずっとつけっぱなしじゃあなあ」


「それはいわないで! ほんとは少しは気にしてたんだから!」


「あ、でもそれも魅力的ですよ陛下!」



 今は、ミーシアの気をまぎらわすことしかできないおれだが。


 戦うべきときが再びきたら、俺は全力でこの幼く善良な皇帝陛下を守って、のんびりとした日常をこの子たちが過ごせるように、全力を尽くしてやりたい。


 イアリー領にたどりつくまで、あと四日ほどか。


 俺がこの世界にきてからまだ二日というところなのに、先は長い。


 しっかし、こんなに濃い時間を過ごしたこと、人生ではじめてだなあ俺。



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