63 罪とご褒美
「これは……すごいことかも、しれません……」
俺との粘膜接触で禁断症状が収まったキッサは、冷静さを取り戻した声でいった。縛られていた手首が痛いのだろうか、そこを撫でさすっている。
「あのリューシアですら、他人の命ごとマナや法力を吸い取っていました。リューシアの法力を補充できるほど体内にマナを蓄えられる人間は、そうは多くないはずなのです。でも、エージ様は粘膜直接接触法によって他人から法力を受け取ることができ、その上副作用も出ない……。そしてこれだけの戦闘力がある……。この世界の戦争のあり方を根本的に変えるほどです……」
「そうなのか?」
「はい。例えば、一人で飛竜を倒してしまうほどの力をもった騎士様ですら、一人だけの力では戦争に勝てません。なぜなら数千、数万の兵が動く戦争ともなると、かならず双方に法術障壁を展開できる術士がいるからです。騎士様ほどの力があれば、敵方に強力な法術障壁を生成する術士がいたとしても、その障壁を破壊することは可能でしょう。ですが、その時点で騎士様はマナのほとんどを使い果たしている可能性も高い、となると、個人の力だけでは大勢がぶつかりあう戦闘をすべてコントロールすることは難しい……でも」
「そうね」
ヴェルがキッサの言葉をひきつぐ。
「キッサの言うとおりよ、誇張やうぬぼれ抜きで、確かにあたしは帝国内でも有数の戦闘能力を持っている。でも、体内に蓄えたマナには限界があるわ、それはエージ、あんたも知ってるわよね。あたしの力をいつどこでどのタイミングで使うのか、それが戦闘のキモみたいなところはある。リューシアとの闘いみたいにほとんど個人対個人ならともかく、多数がぶつかり合う戦争ともなると特にね。まさか戦闘中にパルピオンテ移転法みたいな、二時間もかかる方法で他人からマナを受け取る暇なんかないし」
ヴェルは、自分の鼻血を布で拭き取りながら続ける。
「リューシアの奴は奴隷からマナを補充してたけど、そのための奴隷を戦闘のたびに用意するのは大変だったはずよ。補充するたびに殺しちゃうことになるしね。でも、あんたはそのマナの補充を人的消耗なしで、しかも粘膜直接接触法で瞬時に行うことができるってことになると……。そこの夜伽奴隷みたいなのを十人から二十人、どうにか確保すれば、あとは戦闘中ずっと最大出力の法術を使い続けることができる、あんた一人で戦争を遂行できるってことになるわね」
「いいえ、それどころでは、ありません……」
今度はミーシアが、まだ痛いのだろう、お腹を抑えながら小さな声で言う。
「タナカ・エージ、あなたは国家の秘宝、マゼグロンクリスタルの力を制御できることを見事に示してくれました。宮廷法術士が大掛かりな準備とともに数人がかりでやっと制御できる力、正直、私は成功の確率は一割、いえ、一分もないと思っていたのですが……」
え、そうなのか。
うん、まあそうかもしれない、なにしろ国家の秘宝というくらいだ。
ミーシアにしてみれば、どんなに成功確率が低くても、親友の命を助けるためだったのだ、それに賭けるしかなかったのだろう。
「さすがにタナカ・エージ、あなたの力でもマゼグロンクリスタルの力を使用したあとには意識を失ってしまいましたが、でも、どうでしょう、今の話を総合すると、戦闘の最も重要な場面で、私があなたのそばにいて、マゼグロンクリスタルの力を解放すれば……」
クリスタルの法力増幅を、戦闘法術に使ったらどうなるのか。
俺なら大掛かりな準備も、時間がかかる移転法も必要ない。
ただ単に、誰かからマナを受け取り、さらにミーシアとキスすればそれでいい。
ただし。
「それやると、元気なのは俺だけで、俺の周りの人間はみんな副作用に苦しむことになるな……」
俺がそう言うと、ヴェルが答える。
「ま、死ぬよかましでしょ、……いや、死んだほうがましレベルでつらいけど、ほんとに死んじゃうわけじゃないし。ヘタすると、敵味方だれも死なない……」
「いやいや、だれも死なないってことはないだろ……」
「いえ、見なさい、ほら」
ヴェルが、地面を指さす。
そこには、山賊の首領の、死体。
死体?
「う……うう……」
死体がうめいた、いやそんなわけがない、つまりこいつはまだ死んでいないのだ。
「だけど、俺の法術は精神を破壊するからこいつはもう……駄目だろ?」
「いえ、前にも言ったけど、知り合いに攻撃的精神感応の持ち主がいるのよ、あんたと同じね。あんたが元いた、ええと、ニホン? とかいう国では、ジュードーとかいうんだっけ」
「ちが……」
違うといいかけてやめた、そうだ、そういうことにしてたんだった、忘れてた。
「ああ、ジュードーには似た技がある」
と言い直しておく。
「うん、そいつはね、あんたほどの力はないけど。でも、魔獣程度ならそれで殺せていたわ。より高度な知性と精神を持つ人間相手だと、むしろ殺すまでいかなかった、気絶させるとか一時的に記憶喪失にさせるとかそんな感じ。あんたとキッサが闘ったとき、昏倒させてたでしょ。あ、同じだ、ってピンときたのよね」
いやあれはたまたま偶然にふりまわしたカバンがあたっただけ……なのだが、まあ、それもそういうことにしておこう。
「でね、エージ、たぶん、あんたもそろそろこの力のコントロールが効くようになってきたと思うんだけど……」
首領の頭を、ヴェルがコツン、と蹴る。
「うぐ……うう……あ!?」
日本人男性にそっくりな顔をしたガルド族の首領が、目を開けて飛び起きた。
「な、な……? いったい、なにが……?」
首領は呆然として、きょとんと俺の顔を見る。
「ほらね。見ててわかったけど、リューシアの時に比べると、あんた随分手加減してたようだから。まあ、いずれにしてもお手柄ってことにしとこうかな、こいつらからはまだまだ情報を引き出したいしね」
そして、俺をジロリと見て、
「あと、お仕置きもね。あたしはともかく、ミーシアにあんなことして……。ミーシアは身体を鍛えてるわけでもない普通の女の子なんだから、もしも大怪我してたらどうすんのよ、状況的に仕方がなかったかもしれないけど、それでもさ……」
そうだった、俺は十二歳の女の子のお腹に、ガチな回し蹴りを入れてしまったのだ。
俺はミーシアに向かって膝を揃えて座る。
ミーシアが皇帝陛下だとかそんなことは関係なしに、俺は男として許されない行為をしてしまったのだ。
「陛下、さきほどは本当に申し訳ございません! どんな罰でもお受けいたします!」
本心からの謝罪の言葉とともに、土下座する俺。
額を地面にこすりつける。
十二歳の女の子をガチで蹴ったんだもんなあ。
まだスネにミーシアのやわらかいおなかの感触が残っている。
「――死ぬかと思いました……」
ミーシアの声。
「すみませんっ」
「あんな強く蹴っ飛ばされたのは生まれて初めてです……。ヴェルはいつも手加減してましたし」
「ごめんなさいっ! お身体大丈夫ですか?」
「まだズキズキします。第五等程度の臣下にお腹を蹴られるなんて……」
「申し訳ございません!」
「私なんて身体が小さいから、軽くふっとばされましたし……痛くて苦しくて惨めに地面にころがることしかできませんでした」
「申し訳っ……」
「ふ、ふふふ……惨めに……蹴飛ばされて痛がって踏み潰された虫けらみたいみたいにこんな汚い地面でのたうちまわってもうほんと、なんにも考えられなくてああ私はゴミみたいな存在だなあとか思ったら、ふ、ふふふ、ふふふふ、くすくすくす……すごく、なんか、こう、すごく……ふふふふ」
「……………………」
うん、なにかこのドMロリ女帝陛下に対してコメントするのはやめておこう。
別にだからといって、俺が守るべき女の子を蹴ったのが許されるわけじゃない。
「痛くてつらくて苦しくて、とても、いい感じでした……」
などと意味の分からない供述をする十二歳皇帝陛下の頭を、親友でもある臣下の騎士、ヴェルがパカーンと平手ではたいた。
「あんたなにいっちゃってんの……。喜んでどうすんのよ、怒りなさいよ!」
「え、でもエージが私に敵意をもってこんなことするわけないし、信頼している相手に痛めつけられるのって、……いいよね?」
「いくないわよっ! ……ま、こいつが敵意をもってないのは確かだろうけど。さっきだって一人だけ逃げようと思えばできただろうし。でもね、ミーシアと、あと私に蹴りをいれやがったんだから。こんな奴、こうしてやるのが一番よ!」
そういってヴェルが土下座している俺の後頭部をグリグリと踏みつける。
ま、女の子を蹴飛ばしてこのくらいですむならいいか。
「ミーシアも思い切り踏み潰してやりなさい。不躾な行いをした臣下には、ちゃんと罰を与えないと示しがつかないわ」
「え? こう?」
ロリ女帝の小さな足が、こわごわと俺の後頭部を踏む。
んでもって、むしろ足でマッサージしてくれてるのかと思うような優しい力で、クニクニと踏みにじられた。
……あっ!
なるほどぉっ!
十二歳のか弱い少女に頭を踏まれてる……。
なるほど、なるほど、なるほどぉ!
いいっ! いいよ、これっ!
ありがとうございますっ! ありがとうございますぅっ!
「あれ……っ? いつもこういうの、やられる方がいいのに、やってみると悪くないなあ」
などと呟く、少女帝。
うんうん、SはMになれないけど、Mの人はSにもなれるからね!
ああ、俺も結構、こういうの、好きかもしれない……。
女の子に踏まれるなんて、うん、罰どころかご褒美だぁ……。
さて。
ご褒美タイムも終わったところで、まだやらなきゃいけないことがある。
山賊から全国から集めたという情報を引き出せるだけ引き出さなきゃな。
そして、伝書カルト。
通信手段を手に入れたのだ、次は、情報戦だ。
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