56 芋虫
そこに、九歳妹奴隷、シュシュがいつもどおりの空気を読めない発言。
「でも、騎士しゃま、おにいちゃんが寝ている間にも何度もちゅーしてたよねえ? すっごい嬉しそうな顔で。おねえちゃんもだけど」
まじかよ。
お前ら、そんな、本人の同意もなく……。
ま、正直、ここにいる女の子なら、誰にキスされても文句なんかないが。
俺に背中を向けたままのヴェルは、シュシュに秘密を暴露されると、プルプルと肩を震わせ、
「あ、あたしともあろうものが……そ、そう、別にしたくてしたわけじゃ……副作用のせい……でも、こんな副作用ごときに勝てないなんて……こんなザマじゃ恥ずかしくて領地に帰れないわ」
「いや、気にすんな、しょうがないことみたいだし」
「部下に気遣われるなんて……みっともない……」
「いやいや大丈夫、俺、ヴェルにならなにされてもいいから」
「な、なにされてもって……」
ヴェルはそのうなじを真っ赤にして、
「そういう上から目線やめてくれる? あたしに憧れてるような奴なんてこの帝国中にたくさんいるのよ?」
ああ、そういやリューシアもヴェルに惚れてたみたいだしな。
ぶっちゃけ、こいつすっげえ『男前』だし、まあ当然だ。
「でも初めての接吻が俺か……」
思わず言葉が出た。ふふふ、思わずにやけてしまう。
俺のそのにやけ顔を、ヴェルが振り向いてちらりと見る。
「あーもう!」
ヴェルはその場にしゃがみこんで頭を抱えた。
「こんなの相手にこのあたしが、恥よ、恥……。もう生きていられないわ……」
「いやまあそこまで思いつめなくてもいいぜ? したかったらいつでもキスくらいしてやるからさ」
「部下に……キスくらいしてやるとか言われるなんて……屈辱……恥……」
そしてぶるんと肩を震わせ、まさかのセリフを吐いた。
「くっ、いっそ殺せ……」
……この女騎士……。
まじか。言うのか、そのセリフ、まじで。
あやうく吹き出すとこだったぞ。
あー、うん。
女騎士だからそのセリフいつかどこかで言うことになるんじゃないかと、ひとごとながら心配してたけど、ここでノルマ達成するのね。うんうん、俺相手なら大丈夫だな、薄い本みたいにひどいことしないから俺。たぶん。
と、突然、馬車が急停止した。
座席に座っている俺と、身体を鍛えていてバランス感覚抜群のヴェルはなんとか踏みとどまったが、キッサとシュシュは、
「きゃっ」
と悲鳴をあげてつんのめる。
ついでにいうと、床に転がっていた芋虫……じゃない、敬愛すべき皇帝陛下は、毛布にくるまったままごろごろと向こうへ転がっていった。かわいそう。でも目隠しと猿ぐつわされたその顔をよく見ると、若干嬉しそう。
さすがドMロリ女帝。
「なあ、あの、陛下はなんで……」
いいかけたところで、突然馬車のドアが開く。
飛び込んできたのはブラウンのショートボブにブラウンの瞳の、超巨乳奴隷少女――夜伽三十五番だった。
キッサがスレンダー体型のすっきり巨乳だとすると、こいつはむっちり巨乳だ、ぱっと見は痩せているけど、なんというか全体的に色気のある肉付きをしている。
彼女は俺が目をさましているのをみると、一瞬びっくりした顔をしたが、
「あの、……また、いいですか?」
と、俺とヴェルの顔を交互に見ながらおずおずと言った。
「ああ、うん、いいんじゃない? 集中切らして馬車の操縦間違えられたらたまんないわ。事故死なんてごめんよ。ほら、エージ、こいつもいいでしょ?」
えーと、つまり、この奴隷少女も、同じ副作用ってことか、そりゃそうだよな。
「あー。まあ、うん、いいぞ」
平静を装ってクールに言うが、うん、俺も副作用のせいなのかしらんけど、この従順な奴隷少女とキスできるのは、嬉しい。
「あ、はい、ありがとうございます」
三十五番はそういって俺に近づき、遠慮がちに俺にちょこんと頭をさげると、
「申し訳ございませんご主人様」
と言って、なのにもう我慢できない、みたいなすごい勢いで俺に顔を近づけてキス。
厚くてふっくらとろとろの唇と熱い舌で、急ぐように俺の舌を「レロレロレロ!」となめ尽くすと、
「……ふう。ありがとうございました。これでまた十五分は戦えます」
と言ってまた御者席にもどっていった。
戦うって、なにとだよ……。
っていうか、十五分置きなのかよ。
「……俺が寝てる間も、こんなん?」
「しょうがないじゃない、こうしないとあたしもキッサもあの奴隷も正気を保てなかったんだから。あの奴隷なんて一度馬車ごと川につっこみそうになってたし、命にはかえらんないわ」
と、開き直ったようにいうヴェル。
「エージ様、さきほども言いましたけど、この副作用は三十六時間ほど続きます。ご自身は自覚ないかもしれませんが、もうエージ様は丸一日以上眠ってたんですよ。だから、あとしばらくの我慢です。……エージ様、身体が冷えきっていて、その間中、私と騎士様で暖めていたのです……もうこのまま死んじゃうんじゃないかって心配で……」
そんなキッサの言葉で、俺はさっきの二人の感触を思い出す。
キッサはすっげーたゆんたゆんだったし、ヴェルにしたってさー、身体に触れたの初めてだったけど、見た目通りの筋肉のしなやかさと女の子特有の脂肪の柔らかさがミックスしていて、むしろ心地よかったよなー。もう、なんというか、プリップリッだった……。
などと思っていると、ヴェルが真っ赤な顔で、
「なによ、変な顔しないでよ、悪かったわよ、あたしなんかで気持ち悪かったでしょうけどね、あんたを助けるためだったんだから、あたしに感謝しておきなさいよ」
俺は素直に、
「ああ、うん。ありがとう、ヴェル。ヴェルのおかげで、みんな助かった。陛下も俺もキッサもシュシュも、三十五番だってそうだ。ヴェルのおかげだ。ありがとうな、感謝してるぞ」
「い、いや、うん、わかればいいのよそれで。うん。そうなの。うん」
「あとヴェルの身体は気持ち悪くなんかなかったぞ、気持ちよかった」
「ふはっ? え、ええと、ええと、えっと……」
パントマイムのロボットダンスみたいにかくかくとした動きで狼狽するヴェル。
おお、俺なんかが元の世界でこんな発言したら、どこまで軽蔑されるか想像もつかないほどだけど、この世界ではどうも、俺は無敵モードに入ってるみたいだぞ。
おろおろしてるとこ、けっこうかわいいじゃん、こいつ。
さて、聞きたいことはまだある。
というかこれが一番聞きたいような。
「で、陛下はなんで芋虫になりはてていらっしゃるわけ?」
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