52 隕石が産まれるの



 唇の先っぽ同士が、ちょん、と軽く触れた。


 俺の手の下でミーシアの肩がビックン! と大きく震える。


 ……うわー。


 俺、今、十二歳の女の子とキスしちゃってるんですけど。


 女帝陛下の唇は、弾力があって歯ごたえ……じゃないな、唇ごたえがある。


 プルンプルンしていてグミっぽい。


 幼い少女の肌の香り、唇の味。


 ちょっと鼻と鼻が触れる。


 うわ、くすぐってえ、若いだけあってお肌もつるつるしてるなー。


 ……で、どうしたらいいんだろう?


 多分、キッサや三十五番としたのと同じように、舌の粘膜同士をこすりあわせればいいはずだ。


 って言ってもなー。


 ミーシアは身体を硬直させちゃって、ビククン、ビククンとまるで携帯のバイブみたいに震えてるだけだし。


 ちょっとかわいそうな気もするし。


 でも、やらなきゃいけないことなのだ。


 軽く触れ合わせてるだけの唇を少し開き、舌を伸ばして侵入させようとする。



「んっ……」



 反射的になのだろうか、ミーシアはマゼグロンクリスタルを握りこんだ手で、俺の胸のあたりを押して抵抗しようとする。


 唇は固く閉ざされていたが、無理やりこじ開けるように舌をねじ込む。


 俺の舌はミーシアのちっちゃな前歯に当たり、それ以上先に進むことができない。



「んんー!」



 俺を突き放そうとするミーシアの腕。でもすぐに思い直したのか、その力を弱め、そして、



「んすー、んすー、んすー」



 と三回鼻で大きく息をすると、



「んふぅ……」



 と食いしばった顎から力を抜いた。


 くっそ、すっげえ悪い犯罪を犯している気分になる。


 万引き少女に無理やりエッチなことする漫画同人誌を思い出し、いやいやそういうんじゃないからこれ、と自分を奮い立たせる。


 とにかく、粘膜を接触させねば。


 ……この体勢だと、少し、やりにくい。


 俺は木の棒みたいにガチガチになっている小さな身体、その背中に脇の下から手を回して、力任せに抱き寄せた。



「んん!?」



 戸惑いの声をあげるミーシア、でもかまわずに俺は舌を彼女の口の中へ。


 くっそ、この身長差はきつい、もっと……。


 さらに思い切り抱きしめると、あれ、これ、ミーシアの身体、浮いちゃってね?


 俺が十二歳の少女の身体を無理やり抱き上げて唇を奪ってる、そんな格好。


 めっちゃ軽い! これ体重何キロだ?


 ミーシアがパタパタと足をばたつかせてるのを感じる。


 力づくで十二歳少女にキス。


 犯罪臭マックスだ、突き抜けてるぞこれ。


 いいや、かまわん。


 女帝陛下の舌粘膜を探して俺は自分の舌をさらに奥へと。


 そして、あった。


 口の奥の方へと避難していた、まだだれも味わったことのない幼い女帝の舌。


 怖がっているのか、身体と同じくピクピクと震えているそれに、俺の舌が襲いかかる。


 にゅるり、と舌先同士が触れた。


 その瞬間、腕の中のミーシアの身体がピン! と硬直する。


 唾液を潤滑剤代わりにして、少女の舌先を俺の舌で転がすように舐る。


 すると今度は少女の身体が、俺の腕の中でいやいやするようにモゾモゾ動く。


 いや関係ない、やめられない、やめちゃいけない。


 少女の身体を、男の力で逃げられないように思い切り抱きしめる。


 やばい気持ちいい、おいしい、食べてしまいたい。


 一瞬目的も忘れてミーシアの舌を舐めまわし、吸い、俺の舌先でレロレロと弾くように嬲る。


 身体もちっちぇえけど、舌まで小さいんだな、なんてことを思っていると。


 それは突然来た。


 キッサの時は、ピンク色の甘い液体、三十五番のときは溶岩が、俺の身体に流れこむのを感じた。


 だけど今度は正反対だ。


 俺の中のマナが、一気にミーシアへと送り込まれる。


 送り込まれる、という表現はちょっと違うかもしれない。


 正しくは、吸い込まれる、だ。


 俺の身体や精神や魂や、とにかく俺自身というものすべてが、ミーシアの身体へと吸い込まれていく。


 それも、掃除機がちいさなホコリを吸い込むのと同じくらいあっさりと簡単に。


 気がついたら俺はミーシアの中にいて。


 身体はチビのくせに、その心の中は果てが見えないほど広大で。


 でも俺の目の前ではカメラのフラッシュのような激しい光がバチン、バチンと無数に弾けていて。


 ああ、俺のすべてはもうこのままこの少女の一部になるんだな、俺はミーシアに取り込まれ吸收されてこのまま十二歳の女の子と同化して生きていくんだ、最高じゃん!


 気持ちいい……というよりも、これ以上ないほどの幸福感に包まれている、田中鋭史という人間の人生はこれで終わりだ、今後はミーシアという少女の一部となる、ああ産まれてきてよかった……。


 ゴツッ。


 んあ?


 なんか、すごく鈍い音がした。


 ……ぱっと目を開けると、見えるのは木製住宅の粗末な天井。


 後頭部がズキズキ痛い。


 とすると、さきほどの音は、俺が頭を床に打ち付けた音か?


 気がつくと、俺は床の上にだらしなく横になっていた。


 キッサや三十五番と同じだ、マナを渡しすぎちゃって、倒れてしまったのだ。



「はぁ、はぁ、げ、下品にしないでと……言ったのに……」



 少しばかり怒りを含んだミーシアの声が遠く感じる。


 身体に力が入らない。


 なんとか顔をよじると、呆れたような顔をしたキッサと目が合う。



「エージ様、大丈夫ですか?」


「あ、ああ……」



 なんとか声をひねり出す。



「よかった、無事ですね……。陛下との粘膜接触法もうまくいったみたいです。下品でしたけど」



 確かに、ミーシアがなにやら呪文のようなものを詠唱しているのが聞こえる。


 きっと、俺が渡したマナを増幅させる法術を使っているのだろう。


 ところで俺はこのままなのだろうか……。


 誰も俺を助け起こそうとする人がいない。


 床、冷たいなあ。


 そう思っていると、



「あれ……。思ったより早い……。そっか、せいぜい二人分だから……。もう、増幅が終わっちゃった」



 ミーシアの声が聞こえ、そして、



「タナカ・エージ……。今からあなたに増幅したマナを返します。それでヴェルを救って下さい。あ、その前にそこの妹の方の奴隷から法力を受け取るんでしたか」



 その声に応えて、キッサが言う。



「いえ、自分でやってみてわかりましたが、やはりこの方法はシュシュにはまだ無理だと思います。訓練もろくにしてないシュシュが粘膜直接接触法で法力を渡すと、一緒に命まで渡しかねません。シュシュの場合、マナの受け渡しは必要なく、エルプミィの加護を受けた法力を渡せればよいわけで、身体継続接触法でいけると思います。陛下、そのままエージ様にマナをお渡し下さい」


「うん、わかった」



 仰向けになって床に倒れていた俺の視界に、突然ミーシアの顔のどアップが映った。



「では、増幅したマナを返します。おそらく数百倍にまで増幅されています。入念に準備した宮廷法術士でも制御に苦労するマゼグロンクリスタルの力……並の人間なら生身で操作できるものではないですが、異世界の戦士、タナカ・エージ。飛竜をただ一撃で倒し、あのリューシアにまで勝ったあなたなら、きっとできると信じます」



 そう言って、ミーシアは俺のそばに膝をつき、寝たままの俺に顔を近づけ――



「目を、閉じて」



 という少女の言葉。


 俺がそれに従う前に、ミーシアの小さな手のひらが、優しく俺の目を覆った。


 そして。


 さきほどと同じくグミみたいな感触の唇が俺の口を塞ぐ。


 小さな舌がさっきとは逆に俺の中へと入ってきて、そして、粘膜と粘膜が、接触する。


 その途端。


 もう、女の子の舌の感触がどうのとか、そういうレベルじゃなかった。


 ミーシアから受け取ったそれが、俺の脳みその中で大爆発を起こした。


 すくなくともそう感じた。


 俺からすべての正常な判断能力が失われた。


 視覚はあるのに鋭敏になりすぎて空気の分子ひとつひとつまで全部見える、見えすぎて何も見えない。


 聴覚はあるのに鋭敏になりすぎてほんのわずかな空気の流れや自分自身の血流まで音となって俺の耳を覆い、聞こえすぎて何も聞こえない。


 触覚も嗅覚も味覚も同じだ。


 ありとあらゆる感覚が暴走して、何がどうなってるのか、まともな思考もできなくなった。


 物事の認識能力が極端に落ち、夢も現実も同じ価値を持った情報として処理される。


 小学生の頃好きだったアカリちゃんが目の前にいて、ランドセルを背負った彼女は、大きくなったお腹をさすりながら「隕石が産まれるの」と言った。


 これはいつ見た夢だっただろうか、それとも本当にあったことだろうか、今目の前で起こっている出来事かもしれないし、ひょっとしたらこれから未来に起こる出来事なのだろうか?


 そんなことすらわからない。


 やばい。


 生命の危機、というより、自我の危機を感じた。


 壊れる。


 俺という意識が、壊される。


 やっぱり、ただの落ちこぼれ営業マンにすぎない俺が、国家の秘宝の力を制御しようなんて無理な話だったのだ。


 ところで国家の秘宝ってなんだっけ。


 切り落とした少女の生首だ。


 たくさんの血がゴブゴブと不快な音とともに流れ出て小麦畑の地面に染みこんでいってきっとあれは肥料となって立派な小麦になってそれを別の女の子が食べてその女の子とキスをすると人殺しのくせに俺はお腹いっぱいになって眠くなってそのあとみんなに馬鹿にされるんだ。 


 俺はふらふらと立ち上がる。


 自分が立っているのか逆立ちしているのかすらも本当はわからない。


 俺の傍らにちっちゃな女の子がいて、その女の子の耳におっぱいが噛みつき、危ない、おっぱいに食べられちゃうぞ、と注意しようとしたら、実は食べられるのは俺の方で、ちっちゃな女の子は俺の左手の中指にしゃぶりついて、もごもごと千歳飴でもなめてるかのように舌を俺の指に絡めてきてきっとこのまま指も腕も全身もパクパクと食べられてしまうんだと思ったら悲しくなって涙が出てきたけど女の子は俺を食べようとしているくせに「がんばっておにいちゃん」とか言って変なやつだ俺を食べるんだろ? だってほら誰かが俺の手にお金を握らせてる、ジャラっとした硬貨だ、こんな小銭で俺は自分を売ったのか、数百円の金のために俺は幼女に食べられちゃうのだ値段がついただけでもよかったなあ。


 でもなんだろう、なんか知らんができる気がしたので硬貨を握りしめた右手をちょっと振るとそこには白っぽくて黄色い、ちょうど満月みたいな柔らかな光がでてきておかしい俺の色はライムグリーンだ。


 俺は。


 本当は女の子の首なんか斬りたくない俺は助けたい。


 守りたい。


 守るんだ。


 死なせたくない。


 だから、俺は指に噛み付かれたまま、今まさに死にそうになっている女の子のそばまでよろよろと歩いて行く。


 傷口。


 その金髪の女の子はお腹、というか右の下腹に穴が開いていて内蔵まで見えるぞ血がいっぱい出ているぞアンダーヘアーも金髪だぞ。


 おかしいな。


 女の子のお腹は子どもを育むゆりかごのはずだからこうして穴が開いてちゃいけないんだ、よし、塞ごう。


 右手をその傷口にあてる。


 血で手のひらが濡れる。


 温かい。


 まだ、生きてる。


 これからもずっと生きていてほしい。


 ヴェル。


 脳筋だけど騎士としての誇りに満ち溢れ、主君であり親友であるミーシアのためなら死んでもいい、むしろミーシアのために死にたい、そんな女の子。


 ヴェル・ア・レイラ・イアリーを、俺は助けるんだ。


 大丈夫。


 俺はおかしくなんてなっていない。


 わかっている、状況を把握できている。


 マゼグロンクリスタルの力に負けてなんかいられない。


 ちゃんと全部わかってる。


 シュシュが、俺の指を口の中に入れてなめている。


 治療の法術を俺にわけてくれているのだ。


 キッサがそのシュシュに後ろから抱きつき、耳にかじりついてる。


 きっと、シュシュにはまだ俺に法力を分けるだけの技術がないから、キッサが補助しているのだ。


 国家の秘宝? 


 俺が、この俺なら。


 みんなから協力してもらってるんだ、俺はできる、コントロールできる


 傷ついたヴェルの臓器に直接触れる。


 ヴェル、お前の内蔵って変な感触だな、あとでからかってやろう。


 満月のような光が俺の手を包み、それはヴェルの傷口からヴェルの体内へと静かに染みこんでいく。


 出血が止まり、壊死した部分はじりじりと焼け焦げ消滅し、その代わりに破壊された細胞が再生し始める。


 でも、これだけじゃまだ足りない。


 ヴェルは今までに血を失いすぎた。


 傷を塞いだからといってそれですっきり回復するわけじゃない。



「血が足りない……」



 そう呟くと、おっぱいが喋った。じゃない、キッサが喋った。



「騎士様にも粘膜直接接触法でマナを注入してあげてください。そうすればきっと……」



 俺は、『姉から耳を噛まれている幼女に指を噛み付かれている』という奇妙な格好のまま、右手は傷口から離さず、身をかがめてヴェルに顔を寄せる。


 この世界に来て最初に会話を交わしたのがヴェルだった。


 あの時から思っていたが、お前、俺好みのすんげえ美人だよな。


 今は肌色も悪く唇もカサカサしていて金色の髪の毛まで心なしかぱさついている。


 目は閉じているけれど、うん、お前の碧い目、綺麗だよな。


 闘いの時、ドレス姿で酔っ払っていた時、ミーシアとSMプレイをしていた時、それを俺に見られていたことに気づいた時。


 その時その時でヴェルの瞳は輝いたり曇ったりしてたけど、そのどれもがみんな美しかった。


 この眠り姫をキスで起こさないと、あの俺の好きな碧い目は、もう二度と見れないのだ。



 ――目を覚ましてくれよ、お姫様。



 とか馬鹿みたいなことを考えながら、俺はその乾いた唇にくちづけをした。


 舌と舌が触れ合い、俺の中のマナがヴェルに流れ込む。


 その時俺が何を考えていたかというと。


 ええと、キッサと、三十五番とミーシアと、それにヴェル。


 あれだけのディープキスをしたわけでみんな俺を介して間接キス、唾液交換。でも待てよ、ミーシアとの間接キスはヴェルだけだし、ヴェルの唾液の味は俺しか知らないわけだ。後でもう一回キッサと三十五番にキスしてやらないと不公平だよな? でもそれだったら女の子たちが直接キスしあえばいいんじゃね? いやまてそれじゃ俺が楽しい思いができないぞ、でもまあ美少女同士のレズキスってのも、いいよね。


 そんなことを大真面目に考えていた。


 だけど、それも長くは続かない。


 俺は俺の中にある全てのマナを、ヴェルの回復と傷の治療に使おうとして――キッサに無理やり引き剥がされた時には、もうほとんど意識を失っていた。


 この時、おぼろに記憶にあるのは、



「……誰が姫よ……。失礼ね、あたしは騎士だってば……」



 という、ヴェルの言葉と、



「まずいです、私、副作用が始まってます」



 というキッサの言葉だけだった。


 あれ? 俺、お姫様とか、口に出してたのか?


 恥ずかしいなあくそ。


 あと、副作用って、どんななんだろう? 頭がおかしくなるとかいってたけど、今俺は頭おかしくないよな?


 それ以上は何も考えることができなくなり、すぐに砂嵐が俺の視界を覆って、俺はそのまま意識を失った。


 

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