51 十二歳のカリスマ

 ミーシアにしてみれば親友の命がかかっているのだ、実際のところどんなことでもやる覚悟はあるのだろう。


 硬い表情のまま、女帝陛下は静かに言う。



「いまから、マゼグロンクリスタルの力を解放します。これは帝国の祖、初代皇帝イシリラル・ターセルの血を受け継ぐ、正当な帝国の皇帝たる私にしかできないこと。そのあと、タナカ・エージ、あなたは私へそのマナを捧げなさい」



 そして、自分の両耳にぶら下がっているマゼグロンクリスタルを取り外す。


 豪華な装飾に包まれたうずらの卵ほどの大きさのそれは、深い赤色の光をたたえている。


 ミーシアはその二つの国家の秘宝を両の手のひらに乗せ、顔の高さで捧げるようにする。


 そして、ひとつ大きな深呼吸をしたあと、ゆっくりといつもよりも低い声で詠唱を始めた。



「手にあるはマゼグロンクリスタルなり。……文明の祖にして大陸の母、帝国の加護神なるイシリラル・ターセルに申す。朕こそは英霊の直系の血族にしてその地位を受け継ぐ、ミーシア・イシリラル・アクティアラ・ターセルなり。願わくば我が血の味にて確かめよ……」



 ミーシアは装飾の尖っている部分で自分の親指の腹を突き刺す。


 ぷくっと血がにじみ出る。


 女帝はその血液を、マゼグロンクリスタルの表面に、拇印をおすようにして貼り付けた。


 と、その直後。


 クリスタルを捧げ持つミーシアを中心にして、ぐわっと空間が歪んだ。


 マゼグロンクリスタルからはまばゆい七色の光が放射状に発生し、それが風車のようにくるくると回転しながらこの部屋全体に満ち溢れる。


 すげえ。


 これが、国家の秘宝の力か。


 ヴェルの身体を覆っていたオーラの量もすごいと思ったが、これはその比じゃない。


 量もそうだが、その濃度が桁違いだ。


 回転する七色の光の中心で、ミーシアは詠唱を続ける。



「マゼグロンクリスタルよ、イシリラル・ターセルとの契約に従い、その大いなる力を朕に与えよ。これは朕の意志なり……」



 すると、密度が濃い光が回転を速め、そしてそのうちに収束してミーシアの胸のあたりに吸い込まれていく。


 先ほどまでこの部屋に満ち溢れていた光が嘘のように消え去った。


 そのかわり、ミーシアの、なんというんだろうか、存在の強さ、みたいなものが増したように見える。


 なにより、今の彼女の黒い瞳は、普段よりも奥深く神秘的な――そう、満天の星々をその小さな体積に濃縮しておさめたような、そんな魅惑的な光を放っている。


 ふと、ミーシアと目が合う。


 あ、やばい、これはやばい、このカリスマ感。


 こんなのに見つめられたら、この小さな少女は俺の心をすべて支配してしまうだろう。


 思わず視線を落とす。あまりの迫力に言葉もない。


 まいった、さすがです陛下。


 ふぅ、と息をついて、ミーシアが言う。



「これで、マゼグロンクリスタルの力を解放しました。今は私の微力なマナを少しずつとりこんでいます。さあ、タナカ・エージ。あなたのマナを私に捧げなさい」



 ああ、やっぱり普段は十二歳の女の子と言っても、皇帝は皇帝なんだな。


 帝国八百万人の臣民を統べる、国家の頂点。


 頼りない変態少女だとしか思っていなかったけれど、こうなってみると、ミーシアの背中に後光すら見える気がする。


 圧倒的とすら思える存在感だ。


 少女帝の黒い瞳はどこまでも深く輝き、俺をまっすぐ見据えている。


 身体は小さく薄く、着ているものは粗末なのに、とても高貴で大きなものに感じた。


 ただのドM少女だと思っていたのに。


 マナを、捧げる。


 俺が、この神聖なる少女に、キスを?


 冗談だろ?


 近寄りがたい雰囲気で、俺は一歩足を踏み出すのもためらってしまう。



「どうしたのです。さあ、早く」


「ええと、あの、陛下、いいのですか?」


「いいも悪いもありません。私を今まで支えてくれた我が忠臣ヴェル・ア・レイラ・イアリーを、ここで死なせるわけにはいきません。あなたも私の臣下なのです、第五等準騎士、タナカ・エージ。私が命じます。私にマナを捧げなさい」



 陛下のご命令なのだ、今のミーシアの命令に、俺ごときが逆らえるはずもない。


 なにより、もちろん俺もヴェルを救いたい。


 だから、俺は一歩踏み出した。


 ミーシアは緊張した面持ちでキュッと唇をひきしめ、目を強くつぶる。


 うん、目を閉じてくれて助かった、あんな女神様みたいな瞳で見つめられたままキスとか、俺には無理だ、そもそも畏れ多くて近寄れない。


 十二歳の皇帝陛下は俺がキスをするのを待っているみたいで、彼女の白い肌のほっぺたが、少し赤らんできた。


 ミーシアだってやっぱり少しは恥ずかしいとか思っているのだろう。


 ほっとした。


 うん、どんなに神秘的な存在となっても、ミーシアはミーシアで、俺の知っているあの少女に違いないのだ。


 これならキスできるな。


 ……いや、それもどうだろう。


 それはそれで、神秘的、という理由じゃなくて、犯罪的、という理由で実にキスしづらい。


 十七歳のキッサとか、年齢は知らないけど夜伽奴隷として飼われていた三十五番とくちづけするのとはまた違う抵抗がある。


 ……ええと。


 目の前にいる女帝陛下は、身長一五〇センチもない、どころかやっと一四〇センチを越えたくらいの低身長なのだ。


 どう見ても、子どもだよな。


 そもそも、どうやってくちづけすればいいんだろう。


 少し腰をかがめて顔を近づける。


 十二歳の少女帝は身を硬くしてそのときを待っている。


 でも、うーん、身長差がありすぎて、やりづらい。



「あの……お身体に触れても、いいですか?」



 目を閉じたままビクッと身体を震わせたミーシアは、



「か、かまわないですから、はやくぱぱっとすませなさい……いつもはパルピオンテ移転法でしたし、私だって粘膜の接触は初めてなのですから、その、もったいつけられるとこう、余計にドキドキしちゃって、無駄にウキウキしちゃうのです」



 え、なにその返答。


 なんだよウキウキって! おかしいだろっ!


 いやでもそうだった、こいつ、ドM女帝だった。お気に入りの女騎士様と二人きりになると、四つん這いになって椅子になってお尻を叩かれて喜ぶタイプの。


 そして、その女騎士様を救うためにこれは必要なのだ。


 俺はミーシアの両肩にそっと手を載せる。


 その瞬間、



「はふっ」



 と変な息を吐くミーシア。


 そして、



「あの……いちおう、私もそれなりの立場というものがありますから、あまり下品な感じにならないようにお願いします……じゃなくて、命じます」



 下品な感じっていうのは、つまりさっき夜伽三十五番とやったような、胸を激しく揉みしだきながら本能にまかせて舌をからめる、あんな感じのことだろう。


 もちろん俺だってこの清楚な黒髪十二歳にそんなことはするつもりもない。


 犯罪的だしな。


 ま、この国ではどんなことだろうと専制君主たる皇帝が許せば犯罪じゃなくなるけど。逆にいえばどんなことでも皇帝の逆鱗に触れれば死刑かもしれないわけで、俺は素直に、



「かしこまりました」



 と囁くように言った。


 ほんの少しだけ力をいれて、ミーシアの両肩を抑える。


 未成熟な少女の肩は本当にちっちゃくて薄くて脆そうで、これ以上力をいれたら壊してしまいそうだ。


 俺は、ゆっくりと顔をミーシアに近づける。


 一瞬少女は大きく「すー」と吸い、それから「はむ」と唇を引き結んで俺へと顔を向ける。唇以上に硬く硬く目を閉じながら。


 ――まるで、注射を怖がる子どもみたいだな……。


 なんてことを思いながら、俺は、ターセル帝国第十八代皇帝ミーシア・イ・アクティアラ・ターセル陛下(十二)に、くちづけをした。



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