53 胸がポカポカ
俺は眠っていた。
わかるのは、何か乗り物に乗っている、ということだけだ。
多分、俺は今、座席のようなところに座っているのだと思う。
ガタッゴトッ!
揺れている。
すっげえ、揺れている。
自動車か何かだろうか?
ガタッ!
小石を踏んだ程度の衝撃なはずなのに、それだけで車体が跳ねる。
うーん、この世界の人間はサスペンションというものを発明しなかったのだろうか?
ん?
この世界って、なんだ?
そうだ、俺は一度死んで、異世界で蘇生させられたのだ。
男が産まれない世界、女性しかいないこの世界に。
まぶたが重い。
目を開けようとするのだが、どうしても開かない。
その上、暑い。
暑いっていうか、なんだこりゃ?
俺の両隣に誰かがぴったりと密着している。
なんというか、汗でヌルヌルしている気がする。
汗をかいているのに、なぜか着ている服は濡れてない。
っていうか、あれ、これ……。
俺、今、ほとんど裸なんじゃないか?
しかも、俺の両隣にいる奴ら――この世界なんだから、当然女だ――も、多分、きっと、少なくとも俺に密着している部分には衣服を身につけていない、ような。
俺とそいつらの汗がうまい具合に接着剤代わりになっているのか、俺の身体がまじで女体に埋まっている、そんな感じ。
そいつら二人、わざと俺を蒸し焼きにしようとしているのかは知らないが、どうも、俺にその柔らかい身体――きっと裸体だ――を俺に押し付けている。
っていうか、多分これ、おっぱいだ!
裸の女の子が俺の両腕に抱きつくようにしてるのだっ!
女の子のふかふかたぷんたぷんなおっぱい、そのふたつの夢の丘の間に俺の腕はうめられ、その上、俺の両手のひらは女の子たちの太ももに挟まれてる、のだと思う。
さらにさらに、念の入ったことに、その上から俺たち全員の身体を、毛布か何かで覆っているっぽい。
さらにさらにさらに。
その毛布の上から、座席に座っている俺の膝の間に割りこむようにして、誰か小さい子どもみたいなのが座っている。
つまり、俺の両側には多分裸の女の子、そして俺たちにフタをするように子どもが俺を椅子にして座っている、そんな格好。
蒸し焼きにして殺すつもりか。
車が揺れるたびに、俺の腕と女の子の胸の脂肪が、ぬちゃ、ぬちゃ、と汗で音を出しながら擦られる。
ちなみに必要な情報かどうかは知らないが、右側の双丘はとてもでかく、左側はそれに比べると若干控えめだ。
右側のはとろけるほどに柔らかく、左側のは弾力があって張りがある。
うーん、行ったことはないけど、噂に聞くローションプレイってこんなんなのだろうか。
いや、それよりも、このままだと俺はまじで死にそうだ。
とにかく暑い。
もうやめてくれ、と言おうとするけど、口がどうしても動かない。
目も開かない。
身体全体が痺れるような疲労に包まれていて、熱中症で死ぬかもしれんのに声も出せないのだ。
やばい、ほんとにやばい、こんなに発汗していては脱水で死ぬ、水を、水を……。
と。
聞き慣れた声が左の耳許で、
「うーん、もう十分あったまったと思うのよね」
と言った。
ああ、懐かしいなあ、この声。
まだ会って一日程度しかたってないはずなのに懐かしいって感じるのは、人間の感覚っておもしろい。
右からは別の声。
「そうですね、だいぶましになりました。汗も出てきましたし。さっきまで氷のように冷たかったですからね……。こうして温めてさし上げたのは正解だったようですね。少し恥ずかしいですけど……。こんなに体温が下がったのはマナと法力を瞬間的に大量消費したからでしょう」
「死ぬこともある、って注意したのに。身体が冷えきって死んでいるのかと思ったわよ。騎士たるあたしが部下の身体をこんな風に暖めるなんて、屈辱だわ」
「それにしては率先してエージ様を温めていたじゃないですか」
「死なれたら困るからね。こいつ、ほとんど全部のマナをあたしにそそぎこむもんだから。馬鹿なやつよね」
「死んでもいいと思ったんじゃないですか。騎士様を救うためなら。私はとばっちりを食う側ですから是非やめていただきたいですけど」
ほんの数秒の沈黙。
そして、左側が、ぼそっと、
「そっか……。エージ、あたしのためなら死んでもよかったのか……。そっか」
「騎士様、顔がにやけてますよ?」
「う、うるさいわね!」
なんだこの二人、いい争いはどうでもいいから、水を、水を……。
「み、水……」
やっと、声が出た。目は開かない。
と、両側から同時に大声で、
「目は閉じてて!」
と叫ばれた。
だから開かないって。
「あれ、おにいちゃん起きたの?」
俺を椅子にして座っていた女の子が言う。
まあ声ですぐにわかったけどつまり、俺の右側に奴隷の姉の方、キッサが、左側には俺の上司であるはずの女騎士、ヴェルが、そして俺たちにフタをしていたのが奴隷の妹の方、シュシュだったわけだ。
「よかった、エージ様……、よかったぁ。あ、シュシュ、ええとね、私たちは今から服を着るから、エージ様の目を抑えておいて」
「はーい」
ちっちゃな手のひらが俺の目元を覆う。
「おにいちゃん、起きたね、よかったね!」
シュシュの無邪気な声。
あーそうか、俺はヴェルにマゼグロンクリスタルの力を使った治療の法術を施して、意識を失ったのだった。
女の子たちが服を着る、ガサゴソという衣擦れの音。
そして女の子っていうのはおしゃべりなもんで、それはどこの世界でも変わらないらしい。
「あんたねー……なに食べたらそんなに胸がでかくなるの? 邪魔じゃない?」
「正直、邪魔なことの方が多いですね……。でもエージ様がちらちら見てくるし、エージ様の身体に胸を押し付けると嬉しそうな顔するし、これはこれでいいかなって」
……ばれてるのかよっ!
俺がなにしてもいい奴隷の推定Iカップが目の前にあったら、そりゃ見るだろうが! じっくりたっぷり舐るように見まくるだろうがっ!
その上そのIカップを身体に押し付けられたら顔がだらしなくとろけるのも当たり前だろうがぁっ!
おっぱいを身体に押し付けられて喜ばない男はこの世にあんまりいない。
「騎士様こそ、その腹筋は何事ですか。どれだけ鍛えたらそうなるんですか」
「普通に鍛錬してたらこのくらいになるわよ。でも、あー。ここのとこ、傷跡が残ってるなー」
「内臓まで露出してましたからね。エージ様のおかげで助かったんですから、感謝するのがいいと思います。そのくらいですんでよかったじゃないですか」
「ま、そうね。こんな奴に身体の中をまさぐられたかと思うと変な気分になるけど」
「変な気分って、助けられたのに失礼な……」
「いや、そうじゃないわよ、心臓がこう……痛くなるっていうか、胸がポカポカしてきてさ。とにかく、変な気分なの」
「へー。少し、わかりますけど」
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