39 雷炎

「いやあぁぁぁぁぁ!」



 キッサが叫ぶ。


 だがその光は、敵によるものではなかった。


 稲妻はシュシュの身体を包みこみ、飛竜とステンベルギの攻撃を跳ね返していたのだ。



「バカあんた、何やってんのよ!」



 いつの間にかシュシュのそばにいた紅い鎧の女騎士が、ゴツンと拳でシュシュの脳天をぶっ叩いた。


 彼女がシュシュを守ってくれたのだ。



「いたーい! ……ごめんなさい」



 素直に謝るシュシュ。


 ああくそ、もう、かっこよすぎるぜ騎士様!


 ヴェルはリューシアと闘っている最中でも、こちらの状況を冷静に見極めていたのだ。


 さすが、俺たちとは戦闘の経験が違う。


 飛竜が二匹同時に、ヴェルとシュシュに向かって火炎を吐く。



「我と契約せしプロテシイの神よ! 我の身体は雷雲なり! 我の生命と法力を糧に雷の刃を我に与えよ! 我を加護せしプルカオスの神よ! 我に怒れる大地の力を分け与えよ! 燃ゆる岩に雷の力を!」



 ヴェルが叫ぶ。


 同時に、彼女の周りに赤色のオーラが発生し、渦を巻くようにヴェルの身体を包み込む。


 空気が震える。


 リューシアが素早くサソリの尾のすべてを使って自らの身を守る体勢をとる。


 飛竜も何かを感じ取ったのか、距離を取った。


 ヴェルが剣を振りかぶる。



「わが剣の刃をなすカイラルの聖石よ! 我が法力にさらなる力を! ……いくぞ、我が生命の咆哮!」



 帝国最強の女騎士は、一匹の飛竜に向けて狙いを定め、剣を打ち下ろしながら叫んだ。



「――雷炎火山弾!!」



 数メートルは離れた俺の身体をもふっとばすほどの爆炎が巻き起こり、ヴェルの剣から直径十メートルはあろうかという巨大な火山弾が、帯電しバチバチと火花を爆ぜながらものすごいスピードで発射された。



「グガッ!」



 狙われた飛竜は空中で進路を変え、避けようとする。その動きは機敏だった。


 ヴェルの攻撃は命中しない、と思ったその時。



「行けわが生命!」



 ヴェルの叫びとともに、火山弾が見えない空中の壁に当たって跳ね返ったかのようなありえない挙動で鋭角に進行方向を変えた。


 その先には、もう一匹の飛竜。


 最初からそちらが狙いだったのだ。



「グガァゥッ!?」



 ――下等生物ごときに……!



 飛竜の叫び、だけどその言葉を最後まで聞くことはなかった。


 渾身の火山弾は飛竜の巨大な身体に直撃する。


 直後、飛竜の全身は強い電流に打たれて空中で大きく痙攣し、同時に激しく燃え盛った。


 翼をばたつかせて苦しそうにもがいたのも一瞬、やがて飛竜の身体は灰になるまで焼きつくされた。


 その灰はぱっと当たりに散らばって太陽の光を遮り、いっときのあいだ、周りが少し暗くなったほどだ。


 そしてそのあとには何も残らない。


 獣の民の国で、一匹倒すのに千人の討伐隊を要し、その半分の生命を奪ったという飛竜。


 そいつを、ヴェルはたった一人で殺すことに成功したのだ。



「すげえ……」



 感嘆して思わず呟いてしまった。


 キッサも、



「まさかあれほどまでの力があるとは……でも、今のは法力を使いすぎたかもしれません……」


「ピンチのままってことか」



 俺はキッサの手をとってなんとか立ち上がり、ヴェルとその足元でうずくまって震えているシュシュのもとへと走る。


 ヴェルが俺たちの方を見て、



「あんたたち、このガキから目をはな……」


 そこまで言った時。


 ガキョン、と大きな金属音のようなものが響き――


 ヴェルの口から、血が吹き出した。



「おいっ!? どうした?」



 なんだ、なにが起こったんだ。


 すぐにわかった。


 俺たちの方を向いているヴェルの脇腹から、何かが生えていた。


 毒サソリの尾の先。


 背中を突き刺し、内蔵を切り裂き、そして腹部を貫通したそれが、ヴェルの脇腹から見えていたのだ。


 ヴェルはゆっくりと振り向く。



「リューシ……」


「ヴェル、お見事だね。ボクだって一人で飛竜を倒せる自信がないよ。それをこんなに簡単にやっつけちゃうとは、さすがボクが惚れた女性だよ。でもね、さすがに法力を使いすぎたね。ボクのこんな攻撃にも気づかない、防げないだなんて」



 冷たく無機質なハスキーボイス。


 リューシアはグレーの瞳でヴェルの顔をじっと見つめる。



「この感触……ああ、ヴェル、君のお腹の中は、とってもあったかくて、気持ちいいよ……。残念だけど致命傷だね、君はもう助からない。せめてボクに、君が死にゆく表情をたっぷりと見せておくれよ」



 ヴェルがガクン、と膝をつく。


 大量の血液がヴェルの腹部から溢れだし、地面を濡らした。


 ヴェルは黙って傍らのシュシュを抱き寄せ、



「エージたちが来るまで動くんじゃないわよ……あと数十秒くらいまでならあたしの法力であんたを守れる」と言った。



 なんだこれ、くそ、こんな展開があっていいのかよ!



「……奴隷を守ろうとするなんて、ヴェルって結構博愛主義者なんだね」



 この場にそぐわないほど冷徹な声でリューシアがそう言い、ヴェルの身体を刺し貫いていたサソリの尾をずるり、と引き抜く。



「てめええええええ!」



 俺は大きく叫び、キッサを置いて走りだす。


 ヴェルやシュシュのそばまでくると、リューシアに向かって光のムチをふるおうとしたその時――



「エージ様、私から離れては……!」



 キッサの声が俺の耳に届いた時には、もう遅かった。


 気配を感じて振り向いた時、俺の目の前にはステンベルギ――火を吐くプテラノドンがいた。


 そいつが俺の背後から一直線に体当たり攻撃をしかけてきていたのだ。


 もう、どうしようもない。


 ステンベルギのくちばしは、俺の顔の前ほんの数十センチにあった。


 反射的に腕で顔をガードし、光のムチで身を守る。


 だけどそれもほとんど間に合わなくて、気がつくと俺は地面に叩きつけられていた。


 ゴキッ、とどこかの骨が折れた音が身体を伝わってくる。


 わけがわからないうちに、俺の身体は地べたにはいつくばることになった。


 すぐとなりに、もはや力尽きて膝立ちの体勢も保てなくなってしまったのか、俺と同じく地面に横たわり、口から血を流すヴェルの顔。


 その呼吸は絶え絶えで、もはや意識も残っていなそうだった。


 そのヴェルの身体、そして俺の身体両方にすがりつくようにして、



「騎士しゃま! お兄ちゃん!」



 シュシュの泣き叫ぶ声。


 だがその声も遠い。


 くそ。


 腕に力が入らない。


 あれ? 


 握りしめていたはずのニカリュウの聖石は……どこだ?


 まさか、さっきの一撃でどこかに落とした!?


 自分の右手を見る。


 ない。


 そこにあるのは、見慣れた自分の手のひら。


 ニカリュウの聖石は……?


 あんな、わずか直径数ミリしかないような小さな石を、こんな小麦畑で落としてしまったってのか。



「エージ様!」



 遅れてきたキッサが、妹の身体を抱き、俺にすがりつく。


 キッサに力を借りてなんとか上体を起こす。


 リューシアと目があった。


 くいっと首をかしげるリューシア。


 上空には仲間を殺された飛竜が、怒りの咆号をあげて飛んでいる。


 頼みの綱だったヴェルはもはや瀕死。


 俺の法力を増幅してくれるニカリュウの聖石も失った。


 あとは偵察能力に特化したキッサと、まだ九歳の幼女に過ぎないシュシュ。



「ヴェルと違って君の顔は醜いね、タナカ・エージ。でも、気が変わったよ。よく考えたら、男の標本なんてボクは持っていないからね。ヴェルは死んじゃうだろうから諦めたけど、君のことは生きたままボクの寝室に飾ろうかな」



 俺の第二の人生は、一日もたたぬうちに、女の子たちを守れもせずに終わることになりそうだった。




 


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