36 飛竜

 機先を制したのは、キッサだった。



「ダリュシイの魔石によって命ず、我が敵は汝が敵なり!」



 キッサがそう叫ぶと同時に、



「ギシャア!」



 数匹のゾルンバードが飛竜に向かって一直線に飛んで行く。


 飛竜の巨大な翼に噛み付くゾルンバード。


 ゾルンバードだって羽を広げれば数メートルはあるというのに、飛竜が巨大すぎて小さく見えた。



「ゴワァ!」



 飛竜が身を震わせると、飛竜の翼からゾルンバードがあっさりと振り落とされる。


 そして。



「グフアァァァ!!」



 うなり声と共に飛竜が火炎を吐いた。


 帝都でヴェルの居室を襲ったあの火炎だ。


 ゾルンバードは悲鳴をあげる暇もなく黒焦げの炭となって地面に落ちていく。


 それを確認すると、飛竜は長い首をゆっくりと曲げて俺たちの方を見た。


 距離は二百メートルくらいか。


 俺の攻撃の射程範囲内だ。



「くそ、くらえっ!」



 俺はニカリュウの聖石を握りしめた拳を突き出し、ありったけの法力を飛竜に向けて発した。


 緑色の光の束が、ブウンとうなって飛竜めがけて飛んで行く。


 光のムチの先端が、飛竜の頭部へと届こうとしたそのとき。



「ゴハァッ」



 飛竜が小さな炎を吐いた。


 その圧力でムチの軌道がそれる。



「くそ、こんなのアリかよ?」


「……法術の力は法術の力で捻じ曲げることができるんです」



 なるほど、ってことは……。


 飛竜が大きく息を吸い込んだのが見えた。


 俺とキッサは身構え、シュシュは俺に抱きついたまま身体をぎゅっと固くする。



「ゴワァァァァ!!」



 飛竜の口から、火炎放射器のように炎が吐き出された。


 その炎から俺は目を離さない。


 慎重に距離を測る。


 そして。



「くっそがあああ!!」



 俺は大声で叫び、迫り来る火炎に向かって拳を突き出した。


 緑色のムチが火炎を斬るかのような軌跡を描く。


 まるで質量をもっているみたいに飛竜の吐いた炎が真っ二つに割れた。


 俺達の周囲が、灼熱の炎に包まれる。


 髪の毛がチリチリと焦げる臭い。


 周りの青々とした小麦が、あっというまに焼かれる。


 一瞬ののちに、俺たちを覆った炎が消えた。



「キッサ、シュシュ、大丈夫か?」



 声をかけると、



「……ええ、なんとか。まさか飛竜の炎を法術の力で切り裂くとは……。エージ様の力はすごいです」


「ふえーんお兄ちゃん、怖かったよお……」



 二人の無事を確認して、俺はほっとした。


 俺に抱きついてきているシュシュの頭を撫でてやる。



「シュシュ、火傷とかしてないか、大丈夫か?」


「うん、大丈夫……でも、怖いよ、お兄ちゃん……」



 直撃は避けられたとはいえ、あの火炎攻撃を受けて火傷すら負わなかったのは、キッサの展開する法術障壁のおかげだろう。


 俺達に攻撃してきた飛竜はゆっくりと俺たちのちょうど真上を旋回しはじめ、もう一匹は少し離れたところで様子を窺っているようだ。


 二匹から同時に火炎放射を受けていたらやばかったところだ。


 と。


 飛竜は、その漆黒の目玉で俺たちを捉えると。



「グファ」



 と威嚇するような声を出す。



 ――人間よ。



 ん、何だ?



 ――愚かな人間よ……。お前たちのような下等生物が……。



「キッサ、なんだこの声は?」


「なんですか? 私には飛竜の唸り声しか聞こえません」



 ――この不安定な世界を、我らが安定させてやろうというのだ……。忌まわしき寄生生物たちよ……。お前たちは我らの食糧、そして我らの子孫を孕むための器にすぎぬ……。



 これは……飛竜の声?


 そうか、俺の能力は精神感応。


 その力で、日本語しか喋れない俺がこの世界の人間たちとも会話できるのだ。


 飛竜は人間並みの知能を持つという。


 ということはつまり、人間のような言葉の概念があってもおかしくない、というか普通だ。


 他の人間にはわからなくても、精神感応の能力を持つ俺には、飛竜の言語が理解できてしまうってことらしい。



 ――我らが生殖能力を奪ってやったというのに、お前たちは小賢しい方法で自分たちの子孫を生み続けた……。



「な!? 『神の気まぐれ』はお前らが起こしたというのか?」



 ――ほう。我らの言語を理解できる人間がいるとは……。そうだ。我らは異なる種族に自らの子孫を産ませ、種の多様性を保つのだ……。我らの一部となれ、人間よ……。



「何を言ってる! 人間は人間だ!」



 ――だが、お前たちの一部は、それを受け入れたぞ……。この国を滅ぼしたあのメスは、繁殖用のメスを我らに提供すると約束した……。



 ヘンナマリのことか。


 あのハイレグ青髪騎士、そんな約束で魔王軍の力を借りたってことか。


 なんなんだあいつ!



「誰が誰の子を産むかは、そいつ自身が決めることだ! てめえら、自分が人間のメスにもてないからってひがむんじゃねーぞ!」



 ――人間のメスは愚かすぎて、優秀な繁殖相手を選ぶ能力がない……。



「優秀かどうかじゃねえ! オスでもメスでも、共に信頼しあって困難を乗り越えられる相手かどうかで人間は相手を決めるんだよ!」



 ――やはり、人間は愚かだ……。愚かすぎて我らの言葉は届かない。お前たちは我ら魔界の者の血を受け入れて、その愚かさを払拭せねばなるまい……。逆らう者たちは……死ね……。



 飛竜はぐわっと大きく口を開いた。


 そして再び吐き出される強大な火炎。


 俺もまた光のムチで応戦し、火炎を切り裂く。


 切り裂いた炎の向こう側から、飛竜が俺たちに向かって飛びかかってきた。


 物理攻撃することにしたらしい。



「やべえ、くそぉっ!」



 頭で考えたわけじゃない。


 身体が勝手に反応した。


 俺はとっさにキッサとシュシュの二人を抱きかかえ、そしてムチで地面を叩いたのだ。


 その反動で俺たちの身体が宙に浮く。


 ムチの力で十メートルほど横へと俺たち三人の身体がふっとばされる。


 着地はうまくいかなくて、俺達は小麦畑の中にごろごろと転がる。


 その拍子に、抱きしめていたシュシュの身体を手から離してしまった。



「シュシュ!」



 俺とキッサは慌ててシュシュに駆け寄る。


 キッサが焦った顔で妹の顔を覗きこむ。



「シュシュ、大丈夫? 怪我はない?」


「痛いよぉ……」



 可哀想に、シュシュのほっぺたには擦り傷ができていた。


 まだ九歳の女の子なのに、こんな怖い思いをさせ、それどころか顔に傷まで負わせてしまった。


 だけど、それだけではすまないかもしれない。


 なぜなら、そんな俺達に向けて再び飛竜が炎を吐いたのだ。


 俺はシュシュに気をとられていて、対応が遅れてしまった。


 もう今からムチを出すのは間に合わない。


 視界が凶悪に燃え盛る炎で埋め尽くされる。


 やばい、もう駄目か……!?


 俺はキッサとシュシュの身体をかばうように抱きかかえる。


 ああ、これは三人共黒焦げになるよなあ。


 観念して目をつむる。


 すまん、キッサ、シュシュ、俺はお前たちを守れなかった……。


 ちくしょう。


 ちくしょう。


 ちくしょう。


 俺がもっと強ければ。


 くそが!


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 あれ?


 いつまでたっても熱くならないぞ?


 恐る恐る目を開けると。


 俺達の目の前には一人の少女の後ろ姿。


 紅い鎧、なびく金髪。


 彼女は背中を向けたまま俺たちに言う。



「ふふん、昔からね、竜退治は騎士の仕事って決まっているのよ」


「ヴェル!」



 ヴェルの剣が、飛竜の炎を薙ぎ払ったのだ。


 うわ、かっけーなこいつまじで。


 抱かれたいぜ。


 むしろ俺がお前の子どもを孕みたいくらいだ。



「あんたたちだけで飛竜二匹と闘うなんて、無茶ね……。あの子は?」


「ヘルッタの家で隠れてる」


「うん、よくやったわよ。褒めてあげる。あとであたしの靴にキスさせてやるわ、感謝しなさい。さ、エージ、立ちなさい。騎士様とその従者で竜退治といきましょう。……といっても、こっちもまだ片付いてなかったんだけどね、こっちをどうにかしないとあんたたちが心配であたしも闘いに集中できないからさ」



 見ると、サソリの尾をウネウネとくねらせてリューシアがこちらに向かってきている。


 そして俺たちを睨む二匹の竜。


 そうだ、闘いはこれからが本番だ。


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