35 破滅の象徴

 特に視力が悪いわけじゃなかったのに、急に視界がクリアになったのだ。


 離れた場所で剣を振るうヴェルの額の汗まで鮮明に見える。


 こりゃすげえ……!


 俺の耳から口を離したキッサが答える。



「私の能力のごく一部を分け与えたのです。ほんの数十分ですが、これでエージ様にも法力の軌跡が見えると思います。もう一度攻撃してみてください」


「ああ、わかった」



 俺たちがそんなことをしているのを、魔物たちはじっと待っていた……わけがない。


 漫画の悪役じゃあるまいし、敵はこっちがパワーアップするのを普通は待たない。


 だけど。


 敵に俺たちを攻撃させないようにしているのは、紅い鎧の女騎士、ヴェルだった。


 自分に襲いかかってくるリューシアのサソリの尾をかわしつつも、ヴェルは剣先から火球を放出していた。


 リューシアに向けて、ではない。


 俺たちを狙う魔物に向けて、だ。 


 ヴェルと俺達の距離はおおよそ百メートルほど、リューシアと闘いながらだから狙いは正確ではないものの、牽制としては十分だった。


 空飛ぶ魔物どもからヴェルが俺たちを守っていてくれたのだ。


 実際、ステンベルギの放つ火の玉が何発か直撃コースで俺たちに向かってきていたが、ヴェルの巨大な火球がそれを吹き飛ばしていたし、始祖鳥の化け物、ゾルンバードが俺たちに近づこうとするたびにやはりヴェルの火球が邪魔をしていてくれた。


 いやあ、騎士って、かっけーな。



「ヴェル! サンキューな! もういいぞ!」



 大声で叫ぶと、ヴェルは俺たちの方を見もせずに軽く左手をあげた。


 うん、まじかっけーな。


 ちょっと感動した。


 ヴェルの相手は帝国の第二軍将軍・リューシアなのだ。


 自分だって戦闘で精一杯のはずなのに。


 賭けてもいいけどあいつ、女しかいないこの世界でめっちゃモテてると思う。


 まあ、ヴェルはそれが理由で自分を追いかけてきたリューシアと今闘っているんだけどな。


 ともかく、俺は目の前の敵を倒さなきゃいけない。


 キッサの法力が俺に流れ込み、ヴェルやリューシアが身にまとっている法力のオーラのようなものも目に見えるようになっていた。


 魔物どもは俺たちをなめているのか、散発的にしか攻撃してこない。


 ふと、思いついた。


 あいつら、もしかして本気じゃないんじゃないか?


 飛竜の知能は高いという。


 なら、戦力を集中させ、一気に俺たちに攻めてくるのが普通だ。


 だけど、そうしてこない。


 それはつまり、本気じゃないということだ。


 どういうふうにコミュニケーションをとっているのかは知らんが、きっとリューシアはヴェルと闘うにあたって、念のためくらいの気持ちで援軍を魔物たちに依頼したのだろう。


 飛竜はそれを受けたものの、あくまで自分たちに被害が及ばない程度の攻撃しかしないつもりなんじゃないか。


 だから、こうして上空から遠巻きにしてるんじゃないか?


 特に、ヴェルには近づかず、ヴェルの取り巻きである(というふうに奴らには見えているだろう)俺たちだけに、単発の攻撃をしてきている。


 ヴェルの戦闘能力を考えれば、ヴェルに対して本気で攻撃すれば魔物たちにも被害が出るだろう。


 希望的観測にすぎるかもしれないけど、飛竜たちは本気じゃないんだと思う。


 もしそうなら、勝機がある。


 二匹の飛竜、それにプテラノドンそっくりなステンベルギが十、始祖鳥の化け物みたいなゾルンバードが二十。


 一気にこられたらやばいが、一匹ずつならなんとかできなくはないはずだ。


 ちょうど一匹のステンベルギが俺たちに近づいてきた。


 そこに向かって拳を突き出す。



「いけっ!」



 ステンベルギに向かって法力を放出する。


 鮮やかなグリーンの光が見えた。


 これが俺の法力か。


 それは俺の拳から直径五センチほどの光の束となってステンベルギへと向かっていく。


 その動きはレーザーというよりも、ムチそっくりだ。


 曲線を描いてしなり、ステンベルギの羽をかすめる。


 なるほど、こうなってたのか。


 でもこれならかなりの範囲まで射程距離におさめられそうだ。


 とりあえず、数十メートルの距離なら問題ない。


 ステンベルギが大きく口を開け、火の玉を吐き出そうとする。


 俺達に向かって一直線に向かってくるので、照準はつけやすい。


 そいつに狙いを定め、もう一度。



「オルァッ!」



 気合をこめてグリーンのムチを放つ。


 光のムチの先端が、ステンベルギの頭部を直撃した。



「グギャ!」



 断末魔の声をあげてステンベルギは失速し、そのまま小麦畑の中へと墜落した。


 おそらく殺せただろうと思う。



「よし、次だ!」



 今度は始祖鳥の化け物、ゾルンバードに狙いを定める。


 ステンベルギは火の玉を吐くが、ゾルンバードにはそういう能力はないらしく、肉弾戦をしかけてくる。


 つまり、体当たりを狙って急降下してくるのだ。



「オラッ! 死ねぇ!」



 光のムチをそいつに向かって振るう。


 今度は先端じゃなかったが、緑色の光の束がゾルンバードの身体を貫通する。



「ギャウッ」



 その瞬間にはもう飛行体勢を保てなくなったらしく、ゾルンバードはきりもみ状態で地面に激突した。


 うむ、コツを掴んだ。


 やってみると案外簡単だ。



「よし、やれる! 戦えるぞ!」


「エージ様、すごいです! 精神感応の法術でこれだけの戦闘能力があるなんて……。初めて見ました! 私も負けてられません! エージ様はステンベルギを中心に狙って下さい! ゾルンバードは私が引き受けます!」


「ああ、頼んだ……って、どうやるんだ?」


「私達ハイラの民は、十歳になると魔物が魔界からこの世界に持ち込んだ魔石を飲み込みます……。一月にほんの一粒ずつ。それは体内に蓄積され、そして魔獣を操る力を得るのです。まあ、見ていてください」



 ちょうど一匹のゾルンバードがまたもや俺たちめがけて急降下してくる。


 キッサが叫ぶ。



「ダリュシイの魔石よ! 我の体内にて我の血肉を喰え! 魔に魅入られた獣よ、我は魔なり!」



 だがゾルンバードの動きは止まらない。


 そのまま俺達に向かって急降下し――だが直前で一度羽ばたきをして速度をゆるめた。


 そのままゆったりとした動きで俺たちの足元に着地する。



「ギャウギャウ……」



 甘えたような声を出してキッサの足に顔をすりつけるゾルンバード。


 なるほど、こうして魔獣を操るわけか。


 っていうか、ゾルンバード、まるで猫のようなかわいげな仕草でキッサにじゃれついてるが、その姿は始祖鳥なわけで、正直気持ち悪い。


 あんまり近くによらないでくれ。


 まあいい、この調子ならなんとかなりそうだ。


 俺は光のムチをステンベルギに振るう。


 何度もやっているうちに法力の使い方を身体が覚えたのか、だんだんと射程が長くなっていき、ついには俺たちを攻撃してくる個体ばかりでなく、上空を旋回する群れにまで届くようになっていった。



「ギュフウ!」


「ギョワッ」



 一匹、二匹、三匹。


 あっという間に仕留めていき、小麦畑に転がるステンベルギの死骸を増やしていく。


 キッサの方も順調にゾルンバードを支配下においていって、いまやゾルンバードが五匹ほど、俺たちを守るかのように俺たち三人の周りをぐるぐると飛び回っている。



「エージ様、疲れてませんか?」


「いや、全然。キッサは?」


「私も、このくらいは。ハイラの民は魔獣を使った牧畜が生活の糧ですからね、慣れてます」



 空飛ぶ魔物たちを見た時はどうなることかと思ったが、これならなんとかなりそうか?


 いや、そんなはずはない。


 今からが、本番なのだ。



「キッサ、そろそろあいつが来るか?」


「来ますね、二匹ともこっちをガン見してますよ」



 そう、一匹討伐するのに千人を必要としたという上位の魔物、飛竜。


 黒みがかった翼を広げ、確かにその目は俺たちをギロリと睨んでいる。


 太陽はいつの間にか随分と高く昇っていた。


 その陽光を背景にして飛び回る飛竜のシルエットはまさに破滅の象徴。


 そして。



「ゴワアァァァァァっ!!」



 空気が震動するほどの大きな雄叫びが、小麦畑を覆った。



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