34 甘噛み

 とりあえず相手すべきなのはゾルンバードとステンベルギだ。


 ステンベルギってやつは初めて見たけど、うん、恐竜図鑑でそっくりなやつを見たことがある。


 猫型ロボットの大長編映画にも出てたなあ。


 でかい頭にとがったとさか、大きなくちばし。


 空飛ぶ恐竜、プテラノドンだ。


 ただ、恐竜と違うのは――



「来ます!」



 キッサが叫ぶ。



「ギシャア!」



 不快な鳴き声とともに、ステンベルギが小さな火の玉を吐いたのだ。


 西の塔で見た、流れ星。


 その正体がこれか。


 そのスピードからして、人間の動きではよけきれないだろう。


 俺はキッサの身体にしがみつく。


 シュシュも同じように姉に抱きつき、



「こわいい!」



 と叫んだ。


 うん、やべえ、まじこええ!


 火の玉がぐんぐんこちらへと近づいてくる。


 ああ、これと同じ光景、テレビで見たなあ、と思った。


 スポーツニュースで、野球選手の放った打球がテレビカメラを直撃するビデオ。


 あんな感じ。


 ただ違うのは、今俺たちめがけて飛んでくるのは、ボールじゃなく火の玉だということだ。


 どんどん俺たちに火の玉が迫ってきて――そして目の前数十センチ、死の予感で全身が震えたその瞬間。



 ――バチィィン!



 激しい音が鳴り響いた。


 キッサの作った障壁に、火の玉が弾き返されたのだ。



「キッサ、すごいじゃないか」


「ふふ、まあこのくらい……と言いたいところですが、かなりギリギリですね。このままではジリ貧です。こちらから反撃しないと……」



 その通りだ。


 でも、そうはいっても、俺の能力――攻撃的精神感応ってやつは、どのくらいの射程があるのだろうか?


 精神感応の能力を底上げしてくれるというニカリュウの聖石を握りしめ、俺の数十メートル上空を飛ぶステンベルギを睨む。


 やらなきゃ、殺されるだけだ。


 しかも、俺だけじゃない。


 キッサとシュシュの命もかかっている。


 俺が死ねば、キッサとシュシュも死ぬ。


 姉妹二人分の命。


 落ちこぼれ営業マンだった頃の俺の命とは、価値が桁違いだ。


 俺の命は俺だけのものじゃない。


 そう思ったら不思議と全身に力がみなぎってきた。



「よし、俺がやる」


「エージ様、お願いします。守りは私がやります!」



 キッサが俺に背中から抱きつく。



「エージ様、ごめんなさい、でもこうしておかないと障壁の外に出てしまったら大変ですから」


「ああ、ありがとな」



 そこに、妹幼女奴隷シュシュが前から俺に抱きついてきた。



「お兄ちゃんこわいよお!」


「シュシュ、大丈夫だ、俺が――お兄ちゃんが、全部やっつけるからな」



 ヴェルからきいた法術のコツを思い出す。



『感情を爆発させる』



 ああ、爆発しそうだぜ。


 だって今まさに俺の背中にさ、乙女のIカップが押し付けられているんだぜ?


 ムニュムニュモニュモニュ。


 あふぅっ、超気持ちいい。


 おそらくこの世に存在する中で最も素晴らしい感触を今俺は味わっているのだ。


 ついでに言うと、俺のみぞおちのあたりにシュシュが顔を埋めるように抱きついてきていて、九歳幼女の体温と心臓の音がダイレクトに伝わってくる。


 あー幼女の身体ってぷにぷにしてるぅ……。


 俺、今、美少女姉妹にサンドイッチされてるぜ!


 これで感情が爆発しない男なんて、この世に存在し得ない。


 まあ、感情というよりむしろ、劣情だけどな!


 まあなんでもいい、やるだけだ!


 ニカリュウの聖石を握りこんだ拳を上空のステンベルギに向け、俺は叫んだ。



「死ね!」



 拳の先からなにかが放出される感覚があった。


 俺の力が届いた――感触はあったが、ステンベルギはゆうゆうと飛行を続けている。



「くそ! 駄目か?」



 と、背中から抱きついてきているキッサが俺の耳許で囁いた。



「大丈夫です、届いてます。少し外れただけです」



 耳にキッサの吐息がかかってこそばゆい。



「そうなのか? くそ、自分でもわからねえ……」


「エージ様はまだ法術の訓練を積んでいませんから見えないだけです。かなり強い法力がきちんとエージ様の手から放出されてます」


「見えなきゃ狙いがつかん……どうすりゃ見えるようになるんだ?」


「一週間ほど集中して訓練すれば見えるようになると思いますが」


「はは、じゃあ今からあの魔物たちに言ってこようぜ、有給休暇とるから一週間だけここでそのまま待っていてくれって」


「ふふふ、生き伸びられたら私が手とり足取り教えて差し上げますよ。さしあたって今は、直接エージ様に私の法力を注ぎ込みます。いっときの間だけですが、それでエージ様にも見えるようになると思います。エージ様、少しだけ身をかがめていただけますか?」


「ああ、わかった、こうか?」



 次の瞬間、ぬめっとした何かが、俺の耳に触れた。



「うわおい、なんだよ!」



 俺の耳たぶに、キッサが吸い付いてきたのだ。


 あったかくてぬるっとしたキッサの粘膜。


 十七歳の少女の、柔らかい唇の感触、舌の先が耳のふちをそっとなぞる。


 ゾクゾクっと背筋に震えが走る。


 そしてキッサの歯の感触。


 キッサの吐息が熱い。


 え、俺いきなりなにされてんの?


 美少女に耳をかじられてるんですけど!?


 かじられてるっていうか、なんていうか歯で撫でられてるみたいな……。


 あっ、これかっ。


 これが噂に聞く、甘噛みってやつか!


 俺今、かわいい女の子に後ろから抱きつかれて耳を甘噛みされてる!?


 やっべ、生死をかけた戦闘の最中だってのに、いやだからこそ?


 なんつーかこう……。


 くそ、変なところがムズムズしちゃうだろうが!


 まずいまずい、まだ九歳のシュシュが真正面から俺に抱きついているんだぜ、幼女が俺の身体の異変に気づいちゃったら教育上まことによろしくねえぞ!


 などと馬鹿なことを考えていたら、突然、俺の心臓がバクバクし始めた。


 いや、もともと恐怖と興奮でドキドキはしていたけど、それとはまた違う、外部の力で動かされてる感じ。


 だんだんと全身が不思議な力に満たされてくるような気がした。


 そして。



「おわ、なんだこれ?」



 思わず声が出た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る