31 激烈な愛の告白

 見ると、一人の少年が壁をよじ登ってくる。



「お兄さん、見ない顔だね。よそから来た人?」


「……ああ、お前はこの集落の子か?」


「ボク? ああ、うん、ボクはそうだよ、ここの住人さ」



 この集落の子どもか。


 いや、子どもというには育ちすぎてるな、年齢不詳の顔立ちだけど、十五から二十歳のあいだというところだろう。


 少年は、日の出と同じ、薄紅の髪の毛をしている。


 その髪は男にしては長くて、耳全体を隠している。



「ね、お兄さん、知ってる?」



 無機質で抑揚がない、不思議な声。



「なにをだ?」


「帝都でさ、反乱が起きたんだってさ」


「そうなのか、こりゃ帝都には行かないほうがいいな」


「そうだね」



 いつの間にか、少年は俺とならんで防壁の上に座っていた。



「お兄さん、反乱を起こしたのは地方領主のヘンナマリ卿と、第二軍のリューシア将軍だって」


「ふーん、俺はよくわからんけど」


「お兄さん、この国の軍隊のこととか、知らないの?」



 知ってるわけがない。


 この世界にきてからまだ一日もたっていない。


 知らないことばかりだ。



「お前は知ってるのか? 俺は奴隷商人で軍隊とか詳しくないんだ。教えてくれよ」



 試しにそう言ってみる。



「うん、いいよ。この国ではね、皇帝直属の国軍があるんだ。近衛隊、それに第一軍から第八軍まで。でも、第四軍から第八軍までは治安維持のための小規模な部隊だからね。主力は第一軍から第三軍までなんだ。一応それぞれ三師団の三万人ずついることになっているけど……ま、かなり損耗してるらしいし、そこまではいないだろうね」


「なるほどな、この帝国の軍事力は、中央の国軍と、あとは地方領主の家臣団があるわけか」


「そういうことだね」



 まあ、なんとなく予測はついてたことだ。


 キッサによると、この国の半分強が皇帝の直轄地で、あとは上級貴族の荘園、そして貴族階級の騎士――つまり、ヴェルのような地方領主の領地。


 騎士とかいうからいまいちピンとこないんだ。


 日本人にわかりやすくいえば、要はヴェルは江戸時代でいうところの大名なわけだ。


 ミーシアにとってのヴェルは、江戸の将軍にとっての譜代大名みたいなもんだろうかね。


 半分中央集権、半分封建制ってことなのかな。


 このへんは俺もよくわからん。


 まあ地球の尺度を異世界にあてはめるのも無理があるかもしれないしな。


 もう太陽は、地平線の向こうから半分ほどその姿を表している。


 少年の瞳はじっとその光を眺めていた。


 こいつ、睫毛なげーな。


 女みたいな顔しやがって。


 っていうか、虹彩の色、グレーなんだな。


 この世界、髪の色や瞳の色が地球人と全然違っているのもいて、なかなか楽しい。



「それでね、お兄さん。第一軍は東の国境でまさに敵と睨み合ってる。第三軍は西の辺境でイアリー家の騎士団とともに獣の民の国、それに魔王軍と対峙してる。で、第二軍は後詰で帝都の近くにいたんだ。暇してたんだね。それがヘンナマリ卿の誘いにリューシア将軍がのった理由だよ」



 暇といったって。


 後詰って、要は予備戦力だろ。


 相手の防御に隙があったらその予備戦力を投入して勝利を掴み、逆にこちらの戦線が崩れそうになったらそこに救援として行く。


 超重要なポジションだ。



「暇ってことはないだろ、東西のどちらかで戦線が動いたら機動戦力として勝敗を決するんだから」


「いや、リューシア将軍は暇だったんだと思うよ。ボクにはわかるんだ。本人は庶民出身なんだよ、リューシア将軍って。貴族同士の権力争いなんて興味がないはずさ。ただたんに暇でさ、それに、きっとどうしても闘いたい相手がいたんだと思うんだ」


「なんだそれ」


「ボクにもわからないさ。でも、リューシア将軍は戦争狂で有名なんだ。というより、人殺しが好きなんだよ。知ってる? リューシア将軍、手強い相手と闘って勝つと、その首を――いや、可能なら全身を、法術で創った薬剤に浸して保存するんだ」


 うわ。


 キモッ!


 帝国で一番ヤバイ性格ってヴェルが言ってたけど、マジみたいだな。


 サイコパスか。



「それだけじゃないよ。運良く生け捕りできたときにはさ、生きたまま特別な薬剤につけるんだ。すると、どうなると思う? ねえお兄さん、どうなると思う?」



 灰色の瞳孔を開き、俺の顔を覗きこむようにして少年は訊いてくる。


 俺はもっと早く気づくべきだった。


 あまりにいろんな出来事が起こりすぎて、頭が回らなくなっていた。



「あのね、生きたまま薬剤につけるとね、肺から血液に薬がまわって、脳は死ぬんだ。でもね、でもね、肉体は生きたままなんだよ。ボク、いろいろ実験してみたんだけど、脳が死んだあと、薬剤からそいつを引き上げるんだ。それから管を使って栄養を直接胃に流し込むと、ずーっと生きてるんだよ、身体だけが!」



 この世界には男が産まれない。


 ってことは、俺の隣にいるこいつも、少年じゃなくて少女のはずだ。



「お兄さん、あのね、すごいよ、ボクの寝室はね、今七人が生きたまま死んでるんだ。好きなポーズとらせてさ、自分に勝ったボクを讃えてくれるんだよ。管理がものすごくめんどくさいんだけどさ、そんなのは奴隷にやらせればいいよね」



 妹大食い奴隷のシュシュには、俺が「お兄ちゃん」という言葉を教えた。


 だってこの世界にはもう数十年も男が産まれなかったのだ。


 そんな言葉は教えなきゃとっさに出ない。


 じゃあ初対面でいきなり俺に『お兄さん』と呼びかけたこいつはなんなんだ。


 この世界に男はいないはずなのに。


 いやもう、考えるまでもないじゃないか。


 俺が男だということを知っている人間だ。



「そのほかにさ、全身標本が二十二体。首だけならもっといっぱい。耳は別にいらないけど、国に提出するとお金もらえたり出世できたりするからね、切りとっちゃうんだ。でもやっぱり、あの生きた死体が一番だよね。あれ成功させるまでに、ボク、実験で戦争捕虜奴隷を一〇〇人は殺しちゃったよ」


「そりゃ、すごいな、努力家なんだな」


「そうなんだよ、でもね、綺麗な七人の生きた死体に見つめられてアレをするのは最高だからね、努力は惜しまないさ」


「アレ?」


「うん、奴隷にさ、奉仕させるんだ。それ専用に調教してあるから、すごいよ、舌の使い方とか。で、ボクは思ったんだ」



 さあ、俺はどうする。


 ヴェルはまだ起きてこないか?


 俺一人でこいつをどうにかできるだろうか。


 そっと胸の聖石――ニカリュウの石を握りしめる。


 そういや、俺の能力って、人間にも効くんだろうか?



「ボク、ずーーーっと好きだったんだ。あの金色に輝く髪の毛。綺麗な鼻筋。薄いけど、きりっと引き締まっている唇。それに、碧く深いあの瞳の色! 完璧に鍛えあげられた肉体、帝国で一番の戦闘能力。性格はちょっと子どもっぽいけど」



 でもまあ、一応念のため、俺の勘違いとか、こいつがただ狂っているだけとかの可能性を考えてみようかね。



「なあ、お前の名前、なんていうんだ?」


「なんだと思う? もうわかってるよね? ね、異世界からの蘇生者、タナカ・エージ。でも、正直、あなたのことはあまり興味がない。強そうじゃないし、顔形も美しくないし」



 うるせえ。


 っていうか、やっぱりこいつは俺のことを知っているんだな。


 少年にしては高く、少女にしては低すぎる、静かな声。


 だがこいつの話す内容は、静かどころか物騒がすぎるものだった。 



「それよりもボクが欲しいのは彼女さ。ヴェル・ア・レイラ・イアリー。士官学校の頃からさ、僕は彼女に恋してたんだ。これは絶対恋だよ。ボクは彼女の死体の前で絶頂に達したい。いやそれじゃ足りない、ボクは死んだ彼女の指でボクの体内をかきまわしたい。きっと生涯で最高のエクスタシーだと思うんだ。ヴェルはまだラスカスの聖石、碧くなっていないんだよね、残念だ、彼女の子どもを産みたかったのに。でも。脳は死んでも身体は生きてるんだから、もう少ししてボクの聖石が碧くなったら、それを彼女の胎内に埋め込んでみようと思うんだ。そしたら、彼女はボクの子どもを妊娠してくれるかな? それはまだ実験してないんだ」


「そりゃ、ぜひとも試してみないとな」


「うん、お兄さんはわかってるね。ボクはね、ヴェル・ア・レイラ・イアリーがどこにいるか、法術で追尾したんだ。苦手な法術だけど、やれば案外できるんだね、愛の力はすごいよ。ボクがあの下品な女の反乱にのったのも、ヴェルが理由のひとつだよ。だってこの大陸に彼女以上の戦士はいないんだ、雑魚と闘ってもつまんないし、暇つぶしにもなりゃしない」


「じゃあ、今ヴェルを呼んでくるから待ってろ」


「うん。お兄さん、ありがとう。あなたはあまり苦しませずに殺してあげるよ」



 そりゃ、ありがたい。



「じゃあお兄さん、リューシア・テ・ユーソラ・カンナスが、激烈な愛の告白をしたがっているって、あの騎士殿に言ってきてよ」



 俺は防壁から飛び降りる。


 そしてリューシアから五歩ほど離れた瞬間、ヘルッタの家のドアをぶち破って、巨大な――直径二メートルほどの火球が、俺の肩をかすめて背後のリューシアへと襲いかかっていった。



「バカエージ! 早くこっちにきなさい!」



 ヴェルの声。


 それと同時に俺は全力で走りだす。


 この気が触れたボーイッシュな少女が、今の攻撃で死んでいることを祈りながら。


 

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