30 パンフレット


 食事は粗末なものだった。


 パンと干し肉とスープ。


 こんな時間にいきなり訪問してメシ食わせろといったって、そうそう豪華な食事が用意できるわけもないしな。


 体感でいうと、今は深夜の三時くらいか。


 一応持ってきていた営業カバンの中を漁って、スマホをとりだしてみたが、表示されている時刻は午後一時だった。


 スマホが何かに使えるとは思えなかったけど、とりあえず電源を切って財布と一緒にカバンに押し込んでおく。


 というか。


 俺を生き返らせた蘇生召喚の法術って、持ち物も一緒に異世界に持ってこられるんだな。


 どういう原理なんだろうか。


 俺が死んだはずの世界だとその辺どんな処理がされているのか気になるけど、それを確認する方法はなさそうだし、考えない事にしよう。


 しかしまあ、うーん、もしかしたら、俺がこの世界に来てからまだ半日くらいしかたってないんじゃなかろうか。


 いろんなことがあった気がする。


 一週間くらいたっていてもよさそうなほどだけど、まさかまだ半日だったとは。


 キッサと酒飲みながら、結構肉とかパンとかも食べたので俺はそんなに腹が減ってない。


 シュシュは硬い干し肉をゴリゴリと音をたてて噛み砕いているが。


 キッサも俺と同じで腹は減っていないらしく、



「私は少し休みたいのですが……」という。



 ヴェルが少し考えてから答える。



「そうね、暗いうちにここ出発するのもいいけど、夜のうちは魔獣の活動も活発になるし、それも危険といえば危険ね……。それに、あたしはともかく、ミーシアが……」



 ミーシアを見やると、ヴェルの肩に頭を預けて、すーすーと静かな寝息を立てていた。


 今日の出来事で、精神的に一番ダメージを受けたのは、間違いなくミーシアだろう。


 うん、確かにちょっと寝かせてあげたい。



「ほんの少しだけ、……二時間ほど、ここで休憩していきましょう。夜明けと同時にここを出発するわよ」




     ★




 結局、俺は眠れなかった。


 ヴェルたちが毛布にくるまって熟睡している中、俺はこの家の主であるヘルッタに一言断ってから外に出る。


 集落を囲う壁はヘルッタの家のすぐそばで、高さは二メートルほどしかない。


 十メートルはあろうかという帝都の城壁とは全然違うが、まあこの集落の規模ならこんなもんだろう。


 長いこと手入れされていなかったのだろうか、積み上げられた壁の石があちこち崩れている。


 俺は地面に落ちた石を足がかりにして、壁の上へと登った。


 幅は一メートルほどあって、あぐらをかいて座るには十分なスペースだ。


 壁の向こうがわには小麦らしき作物の農地がひろがっていた。


 ちょうど東側の壁だったらしく、地平線がほのかに明るくなってきている。


 もう、夜明けだ。


 なんとなく営業カバンをもってきていたので、その中から保険のパンフレットを取り出して開いてみる。



『社長の皆様へ! こんなことにお困りではないですか?』


『養老保険の福利厚生プラン!』


『払込保険料の半分が福利厚生費として損金算入できます!』


『社員の方の退職金準備にぴったりです!』



 ふ。


 思わず笑ってしまう。


 実際のところは、退職金にあてることよりも、なにかあったときに簿外の資産として取り崩すことを主眼として売り込むのだ。



『長期平準定期保険の……』



 俺はパンフレットを閉じ、顔をあげる。


 太陽が地平線から昇り始めていた。


 カラスに似ているけど決してカラスではない鳥が、群れをなして空を飛んで行く。


 魔物やら魔獣やらがこのあたりにいたら、あんな鳥がのんびりと飛んでいるわけがないから、ひとまずは安心と思っていいのだろうか。


 手元には慣れ親しんだ保険のパンフレット、目の前の景色は異世界の夜明け。


 もう、なにが現実でなにが夢なのやら。


 ふわふわとしていて、よくわからなくなってくる。


 ぼうっと日の出を眺めていると、突然。



「そこのお兄さん」



 声をかけられた。


――――――――――――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!

こちらのページから★を入れていただけると嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/works/16817330656291347930#reviews




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る