28 私にしなさい
そんな話をしているうちに、帝都をぐるりと囲う城壁、その北門が見えてきた。
多くの市民たちが帝都を脱出しようとしている。
本来なら、夜になると城門は閉じることになっているそうだ。
だけど反乱という想定外の出来事な上、民衆たちが暴徒化するのを恐れたのか、それとも衛兵たち自身も逃げ出してしまったのか、城門は開け放たれていた。
その人混みに隠れて俺たちも帝都を脱出する。
拍子抜けなほど順調だ。
そのまま、北西の農地にあるというヴェルのセーフ・ハウスへと向かう。
ヴェルもほっとしたのか、
「うまく帝都を抜け出せたわね。今頃、ヘンナマリは宮殿の焼け跡からマゼグロンクリスタルを探しだそうと躍起になってるだろうし、リューシアも帝城内の掌握で動けないでしょ」と言った。
「マゼグロンクリスタルってそんなに丈夫なのか」
俺はミーシアの両耳からぶら下がる二つの聖石をちらりと見る。
「ええ。飛竜の火炎を至近距離から受けようが、巨人が思い切りこん棒で叩こうが、決して破壊されないわ。なにしろ、国家の秘宝だからね」
「なあ、今回の反乱はヘンナマリが主導しているのか? それとも、リューシアとかいう将軍なのか?」
俺は青髪ハイレグ騎士――ヘンナマリの顔を思い浮かべながら訊く。
底意地が悪そうな印象の奴だった。
リューシアとは会ったことがないのでどんな奴かは知らない。
「そうね。はっきりいって、第二軍の将軍、リューシアは帝国で一番ヤバイ性格をしてる。でも、こういう陰謀とか権力には興味がないタイプだった。戦場があって戦う敵がいればそれで満足、っていう性格よ。帝国は東西に敵を抱えていて戦場には事欠かなかったはずだしね。……いいことじゃないけどさ。だから、リューシアがこんなめんどくさい準備が必要な反乱を起こすなんて考えられないと思う」
「じゃあ、やっぱり……」
「うん、ヘンナマリはあたしと同じで地方に領地を持つ騎士なんだけど、権力志向だったし、先帝――つまりミーシアのご母堂様の系統からはちょっと離れたグループに所属していたわ。正確にいうと、先々帝――ミーシアの祖母上様、その妹様のご子孫の家系とつながりが深いの。このあと、だれか傀儡になる皇族を立てて帝位につかせるつもりじゃないかしら。でも、その正当性は今のところ諸侯から認められることはないでしょう。そこは、あんたの言うとおりだと思う」
「皇帝陛下がご健在で、国家の秘宝までこちらの手にあるから?」
「そのとおりよ。だからこそ、あたしたちは何を犠牲にしてでも、ミーシアとミーシアの持つマゼグロンクリスタルを守らなければならない。でもここまで来たら大丈夫よ。まさかあたしたちが生きて帝都を脱出してるなんて思ってもないでしょうし、はっきり言ってあたし、強いから。多少の追っ手だったら余裕で塵にしてやるわ」
すげえな、この自信。
まあ確かに、西の塔で始祖鳥に似た魔獣、ゾルンバードを殺した時には、ものすごいスピードの火球をぶつけていた。
「……お前よりも強い奴っていないのか」
「思い上がりじゃなく、……いないでしょうね。もちろん、油断は禁物だけど。でも、戦闘能力だけで言えば……、そうね……マンツーマンで距離十マルトからよーいどんで戦うなら、ヘンナマリだろうがリューシアだろうが八割方勝てると思う。ヘンナマリなんて近づけなきゃなんてことないし、リューシアはちょっと厄介だけど対個人の戦闘力で言うならあたしの方が上のはずよ。それ以外の雑兵だったら話にならないわね」
八割、か。
安心していいのかどうか、微妙な数字だな……。
「エージ、あんたの言うとおりにしてよかった。あの時、ミーシアに自害させてたら……。馬鹿なことをするところだったわ。エージのおかげで頭が冷やせた。感謝してる。あと、あのとき蹴ってごめんなさい。痛かったでしょ?」
あれ、結構素直なんだな、こいつ。
蹴られたみぞおちはまだ痛い。
理不尽暴力だと思う。
だって俺はヴェルの裸を隅から隅までじっくりと堪能したかっただけなんだぜ?
少なくともピンク色の下着姿はガン見させてもらったしな!
たったそれだけのことで蹴り飛ばすなんて……。
見ても減るもんじゃねえし、着替えを見られたくらいで女の子が男を蹴り飛ばすなんて!
……うん、暴力はよくないが、理不尽ではないな。
どっちかというと、俺が悪いような気がしてきた。
「あれは俺も悪かった。ま、これからはなるべく殴ったり蹴ったりはよしてくれ」
「了解よ、『なるべく』殴ったり蹴ったりしないように努力はするわ」
「……うん、頼むぜ……」
「あ、見えてきた、あそこよ」
見ると、城壁のつもりだろうか、石を積み上げた粗末な壁で囲まれた集落がある。
「まあ実は資金を迂回させてばれないようにはしてるけど、この集落ごとあたしが面倒みてるようなもんだからね。いろいろ便宜を図ってやってるし。あ、それは皇帝陛下には秘密なんだけど。まあでもどっちかというと赤字だし、いいでしょ」
などと言うヴェルの顔を、じっと見上げるミーシアの黒い瞳。
秘密も何も、目の前で暴露しちゃってるじゃねえか。
ロリ女帝陛下はぷうっと頬をふくらませて、
「皇帝直轄地で許可無く活動するのは法で禁じられているはずです。あとで罰を与えますよ、ヴェル・ア・レイラ」
「これはこれは申し訳ございません、陛下。どのような罰を?」
「ムチ打ち一〇回……」
「ムチ打ち……ですか」
「を、私にしなさい」
はいはい、そのオチは見えてましたよ!
そんなわけで俺達は、集落の端にある農家にお邪魔することにしたのだった。
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