17 ネックレス

 それはネックレスだった。


 先っぽには銀色に光る、ごく小さな金属が付いている。


 ピーナッツの粒を半分にしたものをさらに四分の一にしたくらいの大きさ。


 ちっちぇえなあ! 


 確かにネックレスにでもしないとすぐになくしてしまいそうだ。



「これ、ニカリュウの聖石っていうのよ。これをあんたにあげるわ。精神感応の法力を増幅させてくれる聖石なのよ」


「あ、どうも」


「いっとくけどねっ! これ、すっごく高価なんだからね。大陸の西の一番端っこに昔隕石が落ちた大穴があってさ。そこでしか採掘できないんだけど、そこは今は魔王軍の本拠になってるし、もともと精神感応の法力を持った人は少ないしで、ほとんど流通してないの。それなくしたら予備とかないからね。いかなる時でも身につけておきなさい」


「はあ」


「で、力を使うときは、そうね、法力の初心者ならそれを握りしめて強く念じるのよ」


「念じる……?」


「うん、というより、感情を爆発させる感じ。そしたら法力的な力があなたの身体から発揮されるから、その力をいったんこの聖石にこめて、それから放出する感じ。あとで練習するといいわ」



 ふーん。


 法力っていうのはそうやって使うのか。



「法力の源泉はこの星の空気に微量に含まれるマナとよばれる成分なの。マナを蓄えられる量は個人差があるけど、注意しなさい、全部一気に放出しちゃうとそのショックで……」


「ショックで?」


「死ぬこともある」


「あ、はい」



 こええなあ。


 でも、少しわかってきた。


 感情の爆発、この星の空気。


 キッサを気絶させたのは本当の偶然だったけど、あのフルヤコイラっていう六本足の魔獣を殺したのはまじで俺の力だったのかもしれない。


 あの時は死の恐怖に襲われて感情の爆発といえばそうだったし、この星の空気を短時間でも吸っていたわけだから少しはマナとやらも俺の体内に取り込まれていたのだろう。


 別にニカリュウの聖石なんてその時は持っていなかったけどさ、それはつまり……俺って、もしかしたら法力の天才なのかもしれない!


 地球ではぱっとしない人生だったけど、もしかしてこの異世界だと俺ってば英雄にでもなれるんじゃね?


 いやまあわかってるよ、そんなの希望的観測にすぎないってことはさ。


 でも夢とか希望とかがないと人間は生きていけないしな。



「ねー、その話まだ終わんないの? 早くこの塔登ろうよ」



 奴隷の格好をした変態マゾロリ女帝(しかし我ながらひどいなこの表現)、ミーシアが不満そうに声を上げる。



「パッと登ってパッと服脱ぎたいんだけど……。奴隷用の首輪して外にいるだけでさっきから身体のゾクゾクがとまらなくて、なんか我慢できなくなってきたんだけど」



 キッサとシュシュは、ローブをかぶって顔を隠しているミーシアが実は皇帝であるなんて知らない。


 だからミーシアは二人に聞こえないようにこそこそと小声で言っている。


 十二歳にしてこんな性癖を持っているなんて、この子、立派な大人になれるのだろうか。


 少し心配になってくる。


 と、突然、



「きゃっ!」



 ミーシアが小さく悲鳴を上げて飛び跳ねた。


 見ると、その足元には全長五十センチほどの蛇。



「あ、そいつ別に毒もっていないし、ビビることはないわよ」



 ヴェルがそう言い、そして思いついたように、



「ほら、試しにあの蛇をジュードーで殺して見せて」



 と俺に言った。


 ふむ、やってみるか。


 さっき貰ったニカリュウの聖石を握りしめ、蛇を見る。


 感情の爆発。


 簡単に言うけど、感情を自分でコントロールするなんてかなりの難易度だ。


 えーと、どうしたらいいんだ?


 ん?


 この蛇、なんか目つきがあのクソハゲ課長に似ているなあ。


 あいつ、自分の通勤用のベンツをさ、勤務時間中に俺に洗車させておいて、んで終礼の時に『訪問先の数がたりねーんだよ!』とか言って俺に怒鳴ったりしてたなあ。


 あー。


 思い出したらむかついてきた。


 くっそ、死ね。


 死ね死ね。


 小汚いハゲ野郎が。


 同じハゲでも俺のことをかわいがってくれた係長とは大違いだ。


 係長はよくメシおごってくれて相談にのってくれたりして好きだったけど、あのクソハゲ課長は俺のことを虫けら扱いにしやがって。


 蛇と目があう。


 もうこの蛇が課長にしか見えなくなってくる。


 今まで受けた数々のいじめと屈辱を思い出し、頭に血が昇ってきた。



「死ね!」



 叫んで聖石を握った拳を突き出すと――


 嘘みたいにあっけなく蛇は腹を向けて転がり、それきり動かなくなった。



「エージ、やっぱりあなたの力は攻撃的精神感応で間違いないわね。その力、あたしと陛下のために存分に使いなさいよ」


「ああ……」


「じゃ、この塔を登りましょうか。今は使っていない見張り塔だから、灯りもないし、誰にも邪魔されず星空眺められるわよ。あ、そこのハイラ族の奴隷はここで誰かこないか見張ってて」


「ふん」



 言われてキッサはプイと横を向く。


 おい大丈夫か、お前奴隷なのに騎士様に逆らうとか。



「私はエージ様の奴隷ですからね。エージ様以外の命令は聞きません」



 よく考えたら、キッサとシュシュの奴隷姉妹はもともとヴェルと闘って捕らえられた戦争捕虜なわけで、キッサ達がヴェルに友好的に接するわけがないといえばいえる。


 とはいえ、立場的には服従すべきだとは思うが。


 案の定、



「お前、自分の立場わかってないわね……本当は今頃塩漬けの首だったのよ、エージの説得と陛下の気まぐれでたまたま生きてるだけなのよお前たち。妹ともども、殺すわよ?」



 ヴェルはあからさまにむっとしてそう言う。


 あーもうめんどくせえなあ。


 俺はめんどくさいのが一番嫌いなんだ。



「まあまあ。ほらお前ら、ここで見張っていてくれ。だれか来たら教えてくれよ、ここから離れるなよ」



 とりなすように俺が言うと、



「はーい、わっかりましたあ。エージ様から離れたら私達、この首輪の拘束術式で死んじゃうから絶対離れませんよ。エージ様の命令ならなんでも聞いちゃいます」



 にっこりと笑うキッサ。


 キッサにしてみれば俺は命の恩人だし、宿敵の女騎士の命令は聞きたくなくとも異世界出身で利害関係がそもそもない俺の言うことなら聞く気になっているらしい。


 酒を飲みながらの会話で、俺の出身である日本には奴隷制がないことにうすうす気がついているだろうしな。


 奴隷を奴隷として扱うことに慣れてない俺に従うことで、奴隷になっている自分たちのプライドを守ろうとしているのかもしれない。


 ただし、それはヴェルにたいする完全なあてつけでもある。



「この……エージだって私の部下なんだから、まず私の命令を聞きなさい! じゃないとあんたの腹かっさばいて内蔵取り出して妹に食わせるわよ」


「ああぁん? 今なんといいましたか、あなた?」



 いやほんと、ただでさえ女同士ってのはめんどくさいのに、もともと敵同士だとさらにめんどくせえ!



「いいから! ほらキッサ、お前もこれからはヴェルの言うことはきちんと聞くように! 俺の命令だからな」


「……はーい」



 そういや俺はヴェルのことなんて呼べばいいんだろう?


 今ナチュラルに呼び捨てにしてしまったけど。


 ヴェルは気づかなかったのか聞こえなかったのか知らないけど、塔の入り口のドアを開いて入っていく。


 とりあえず、円筒形の塔の内部、そこにある螺旋階段を俺たちは登っていくことにした。




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