16 攻撃的精神感応

 着替えが終わったあと、西の塔へ向けて俺たちは出発した。


 先頭を行くのは鎧を身につけた騎士のヴェル、そのあとを奴隷の粗末な服に着替えたミーシア、次に俺、そして俺の所有物である奴隷姉妹が続いている。


 帝城は結構広くて、ヴェルの居室を出てから塔に付くまで二十分は歩いただろうか。


 途中の道すがら、歩哨中の衛兵にどこにいくのかと何度か訊かれたが、



「酔っ払ったから散歩よ」



 ヴェルが堂々と言うとみな、



「ではお気をつけて」



 と敬礼をして通してくれた。


 まあヴェル自体が貴族階級の騎士だし、特に見咎める理由があるわけもないしな。


 まさかヴェルのすぐあとを歩く首輪で繋がれた奴隷が、実はこの国の最高権力者、皇帝陛下であるなどとは夢にも思っていないだろうし。


 ちなみに俺もこの国の従者の格好をしている。


 そんな格好じゃ目立ちすぎるわよ、と言われたのでスーツは居室に置いてきた。


 ただし、なぜか革製の営業カバンはもたされた。


 中には生命保険のパンフレットで満載である。


 特に大事なものが入ってるわけじゃない。


 せいぜい財布くらいだけど、そもそも日本の金なんてこの国ではまさに紙切れだろうしなあ。


 ヴェルがいうところによると、



「それがあんたの武器なんでしょ? 常に身近に持っておきなさい」



 だそうだ。


 これでキッサをぶん殴って気絶させたせいで、勘違いされているっぽい。


 うーん、まあ営業マンの武器ではあるけど、軍事的な意味での武器ではないんだけどなあ。


 説明するのもめんどくさかったのでそのまま持ってきた。


 奴隷姉妹、巨乳酒乱姉奴隷のキッサと大食い幼女妹奴隷のシュシュも、この国ではごく普通の奴隷用衣服を身につけている。


 麻でできた粗末で単純なつくりの服とローブだ。


 二人の首輪から伸びたリードを俺が持っているので、まさに『夜のお散歩』である。


 うん、首輪をつけた女の子二人をお散歩させるなんて、結構ワクワクするシチュエーションではあるけれど、プレイとしてならともかく、こいつら、ガチで俺の奴隷なわけでちょっと良心が痛まなくもない。


 しばらく歩くと目当ての塔が見えてきた。


 古くなって破棄されたというだけあって、石を積み上げて作られた塔は、そこかしこが崩れかかっている。


 最上階部分には雨よけのための簡素な屋根があるが壁はなく吹きさらしだ。


 まあ見張りのための塔だし、こんなもんでいいのだろう。



「でもさ、エージ、あなた結構よく喋るわよね、ペラペラと」



 塔の入り口で、突然ヴェルがそう言ってきた。



「そうですか?」


「うん、書物にはさ、男っていうのは寡黙でおしゃべりを好まないとか書いてあったんだけどさ。全然そんなふうじゃないわよね、あたしにも陛下にも」



 営業マンとしてはあまり褒められたことじゃないんだよね、これって。


 話し上手は聞き上手ってやつで、営業マンは客に喋らせるのが仕事なのだ。


 生命の危機に瀕して、俺も必死になっちゃってたからなあ。


 ほんとは高倉健みたいな渋い大人に憧れているんだけどな。



「大陸語もうまいしさ。ね、エージ、ニホンっていう国でも大陸語が使われてるの?」


「はい? 俺は日本語話してますけど」


「いや、現に今、大陸語話してるじゃない」


「はあ?」



 んん?


 なにこれ、たまたま偶然に、日本語と異世界の言葉が一致していたってことか?



「どういうことかしら……。エージ、あんた文字は読める?」


「日本語なら読めるけど……」


「じゃ、これなんて書いてある?」



 ヴェルは自分の左手首を俺に見せてきた。


 そこには細い鎖が巻きつき、薄い金属の板が二枚ぶら下がっている。


 これはおそらく認識票だろう。


 アメリカ軍ではドッグタグとか呼ばれてる、軍人がつけるあれである。


 戦死したときとかに身元の確認がとれるように身につけておくものだ。



「これ、なんて書いてあるか読める?」



 重ねてヴェルが訊いてくる。


 全然読めない。


 ミミズがのたくったような見たことのない文字。



「いや、全然読めません」


「うーん、本当は字が読めないとかじゃないわよね?」


「いやだから日本語なら読めるし、英語だってちょっとならわかるけど」


「……うん、わかった。わかったわ、あんたの能力」



 へ?


 これでなにがわかったってんだろう。



「あたしね、ずっと考えてたの。ほら、あんたフルヤコイラを手も触れずに殺したじゃない? ジュードーの空気投げ、だっけ、それってどんな力なんだろうって考えてみたの。あんたの国でも、法術みたいな法力学的な力って発達してる?」



 法術ってあれだろ、ヴェルが剣を真っ赤に熱したり、キッサが魔獣を操ったり、あと照明をともしたり、そういう魔法みたいな力だ。



「いや、そういうのはないですが」


「そう? でもさ、ジュードーって要はあたしたちの世界の法術の、いわゆる攻撃的精神感応じゃないかって仮説たててみたのよ」


「攻撃的……精神感応?」


「うん。似たような力を持ったやつ、一人だけ知ってるからさ。あんたは軍人じゃないっていうし、あんたのジュードーの力がどれほどのものかは知らないけど、そうね、達人レベルだと手をまったく触れずに相手を倒すとかできるわけでしょ?」



 うーん、山下泰裕も古賀稔彦も野村忠宏も谷亮子もそんなことはしていなかったと思う。


 オリンピックの金メダリストでも無理だと思うなあ。


 あ、でも、合気道の達人で、じいさんがアメリカ大統領のSPを軽く手を触れるだけでねじ伏せている動画は見たことがある。


 柔道と合気道は全然別物だけどな。


 説明がめんどくさいから、



「あー……、まあ、いなくもないです」


「やっぱりね。ジュードーって、つまりは相手の脳の神経細胞にダメージを与える能力だと思うの。つまり、あんたは精神感応の力で私達の言葉を理解したりさせたりしているのよ」



 言われてみればそうかもという気もする。


 文字は読めないのに、異世界の人間と会話はできるんだもんな。


 しかしまあ、柔道というやつがターセル帝国ではとんでもない技術として知られてしまうなこれ。


 柔道の創始者の嘉納治五郎先生もびっくりだろう。



「それで、ほらこれ」



 ヴェルが俺に何かを差し出した。


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