15 言い逃れ
「え?」
「はあっ?」
俺の意表をついた言葉に、間抜けな声をだす二人。
俺は畳み掛けて言う。
「私が産まれた国、日本ではああいうプレイは非常に一般的でとても発達しているのですが! あの程度、日本では十歳に満たぬ子どもがやるレベルですっ」
「え、こ、子どもの……」
あまりの予想外の言葉に、ヴェルはキョトンとした表情で聞き返す。
「はい! 日本ではもう、お尻を叩く程度は五歳くらいで覚える技術でございます! 大人であればもっと素晴らしい方法がたくさんあるわけで!」
「で、でも、この国ではあんなの、他にやってる人なんか見たことも聞いたこともないわよ……まあ奴隷をいじめて楽しむ奴はいるけど、こんな貴族同士で……」
「え、そうなんですか? それはもったいない! エスエムプレイといいますが、日本人なら全員たしなんでいる、ごくごく一般的なストレス解消法でございます!」
日本の皆様方、ごめんなさい。
でもいいよね、どうせばれないし。
今この瞬間から、ターセル帝国において日本人は全員変態ということになるけど、許してね。
一億二千万人、総変態!
まじごめんなさい!
でもでもほら、俺の命がかかってるから!
どうせターセル帝国と日本との行き来なんて絶対にないし!
許してっ!
「陛下はなにやら恥ずかしがっていらっしゃるごようす、しかし、申し訳ございませんが、私が生まれ育った国ではこれ以上ないほど普通のことなのでございます! おじゃましてはいけないかと黙って拝見させていただいておりましたが、しかし、陛下はいったい何を恥ずかしがっていらっしゃるのか、私には皆目見当がつきません」
「え、そ、そうなんですか……?」
顔をあげたミーシア陛下が俺に直接言う。
十二歳の女子にとって恥ずかしい性癖を知られるとか、これ以上ないほどの大事件だ。
第八等とか謁見資格とか、そんなのもうどうでもいいんだろう。
俺は首の骨が折れるかと思うほど力強く頷き、
「はい、そうです!」
「し、しかし、この国では……今のは、ちょっと、人に知られるとかなり恥ずかしいというか……」
「あ、そうなんですか! それならば私は他の誰にも一切今のことは口外いたしません! 私自身はそういう国からやってきたものですから、どうとも思っておりませんし」
「あ、そうですか。ええと、その、ほんとに誰にも言いませんか?」
「もちろんです!」
「それでも、ちょっと、あなた自身がなにも思わなくても、私としては、あなたに知られたのは恥ずかしいような……」
「私は陛下の家臣、ヴェル・ア・レイラ・イアリー卿の部下でございます! もちろん私は陛下の陪臣であり、イアリー卿がたとえば陛下の右腕ならば、私は小指の爪先みたいなもんです! ご自分の爪先に対して、ご自身が何をもって恥ずかしがるというのでしょうか!」
もう、論理もなにもあったもんじゃない。
はちゃめちゃである。
しかし、俺の作ったこの勢いに少し押されたのか、
「そうですか……。ニホンでは、恥ずかしくないことなのですね……」
胸に手をあてほっとため息をつく女帝陛下。
ヴェルはミーシアよりも疑い深いらしく、
「あんた、自分が助かろうと思って嘘をついてるんじゃないでしょうね」
「まさか! 全部本当のことです」
「だったら、私達がやってたのが子どものやることだってなら、ニホンという国の大人はどんなことをするのかしら?」
うわあ!
やっぱりこの質問がきちゃった!
どうしよう、ぶっちゃけ俺、別にそんなにSMプレイに詳しくないし!
でもこの勢いを止めたらこいつに首を刎ねられるかも!
ええい、口からでまかせでいいから!
何か言え!
なにか言うんだ俺!
「ろ……」
「ろ?」
「露出プレイとか!」
あー俺いったい何を言ってるんだ、だいたい露出プレイはSMの本道ではない気がするけど、でもでも俺詳しくないし、もうどうでもいいや!
「ろしゅつぷれえ? なにそれ、どうすんのよ」
「た、例えば、裸にさせて縄で手足を縛り、その上からコートか何かを着せるわけです。そしてその状態で屋外に連れて行き、誰かに見つかるかもしれないような場所でコートを脱がせっ! 放置するのです! 手足が縛られてるわけですから身動きできない、隠れられない逃げられない状態で、誰もこないことを祈りながら青空の下で緊縛された素っ裸を晒させるのです! 一応日本でも裸は恥ずかしいものとされてますので、このドキドキがすべてのストレスを吹っ飛ばすのです!」
「…………」
「………………」
うーん、そういうエロ同人漫画を読んだことがあったから言ってみたけど。
ちらっとヴェルの顔を窺う。
眉をひそめて、実に微妙な顔をしている。
「奴隷みたいなことをさせるってわけ?」
「そうです! 奴隷プレイです! 皇帝陛下や貴族が奴隷と同じように扱われる! これやってみてください、すごいですよ!」
「変態ね……ニホンジンは、変態だわ……」
ヴェルはそう呟いた。
うん、俺もそう思う。
悪いのはあのエロ同人漫画描いた同人作家だから!
俺じゃないからね!
あと日本人が変態だというのは特に否定もできないような気もする。
日本が誇る大芸術家、葛飾北斎ですら、タコが女の子をなぶってる触手プレイ浮世絵とか描いてるしな。
さてミーシアの方はというと。
頬を上気させ、ぽけーっと宙を見ている。
なにかを想像しているような表情。
もしかしたら、俺が今いったプレイについて考えているんじゃないだろうか。
「陛下、こやつの処遇、どういたしましょうか……? こんな変態な奴は、私といたしましては……」
ヴェルが話しかけるが、答えない。
「…………ん? 陛下? 陛下! 陛下ってば! ミーシア、こら、帰って来なさい!」
「はっ! ごめんなさい、今ちょっとどこかにいってました」
女帝陛下は髪をかきあげる。
耳許のマゼグロンクリスタル、それに赤い聖石が輝く。
でもミーシアちゃん十二歳皇帝は耳まで顔を赤くしているので、赤いラスカスの聖石の色が目立たないほどだった。
「エージ……日本というのは、すごい国ですね……」
隠そうとはしているけど、口元が少しにやついているロリ女帝。
あ、こいつ、やりたそうだなあ。
まじ変態だわー。
引くわー。
異世界の人間とはいえ、十二歳の女の子がこんな話に興味を持つなんて、まじで引くわー。
なんだかものすごく奇妙な雰囲気の沈黙があたりを包み込む。
しばらくしてから、ミーシアが口を開いた。
「た……」
「た?」
「試しに、やってみても、いいかなあ?」
「ミーシア、あんたなにいっちゃってんの!」
ヴェルの怒号。
「え、だって、ほんとにすごそうだと思わない? もう私、皇帝の仕事やってて精神的に潰れそうなほどだし、それでほら、私のストレスがなくなるなら、国家泰平のためにすごくいいことだと思うんだ」
「えー。ミーシアまじで言ってんのそれ」
もう敬語とかなくなって素で会話しはじめる二人。
「だってさ、今エージが言ったのとか、協力者がいないとできないわけでしょ? つまりヴェルにしか頼めないわけだけど、ヴェルは明日西の領地に帰っちゃうじゃない? ってことは、今やるしかないよね? 正直いってね、ヴェル、いつも最後は私のお腹を蹴り飛ばして終わりになるじゃない? ちょっと飽きてきてたんだよね」
……なにやってんだこいつら。
どうやらロリ女帝様は筋金入りの変態っぽいぞ。
それに付き合うヴェルもヴェルだと思うが。
「ミーシア、こんなやつのいうこと真に受けて……だいたいね、危険よ。あんたは皇帝なんだし、はっきりいって政敵もいないわけじゃないのに、そんな無防備な姿で外に出るなんて」
「ヴェルが守ってくれるでしょ?」
「そりゃもちろんそうだけどさ。それに、ほんとに誰かに見られたらどうすんのよ。言っておくけど、もしミーシアのそんな姿誰かに見られたら、そいつをあたし裁可待たずに焼き払うわよ。あたしの実力知ってるでしょ、多分今あたしより強い奴って帝城の中にいないからね。肉も骨も耳も塵も残さず焼き尽くしちゃうわよ」
「じゃ、絶対人がこない場所とか……」
「屋外でそんなとこ、この帝城に、あるわけが……」
ヴェルはそこで言葉を止め、しばらく考えてから、
「あるわね。あの、古い方の西の塔」
と言った。
ロリ女帝も思い出したように、
「ああ! あの、見張り用の? 確か新しい塔建てたから今使ってないんだよね」
「うん。あそこあたしのとっておきの場所でさ。それこそほんとに誰もこないからお酒持ちこんで一人星空眺めてるとストレス解消になっていいのよね」
「ずるい! そんなところがあるなんて、教えてくれなかったじゃない! ね、今から行こう!」
「うーん……。いいけど。裸とか縛るのはなしね。行くだけよ」
「えー……」
「当たり前じゃない!」
「じゃ、行くだけ行って、もし安全そうだったら一瞬だけでもちょっと服を脱いで……」
「ミーシア、あんた、ほんとにやるつもりなの!?」
「ヴェルが守ってくれるからだいじょうぶだよ」
おいおい、なにやら話が具体的になってきたぞ。
皇帝と騎士が真剣な顔で話し込んでるけど、その内容は国政とか戦争についてではなく露出プレイについてである。
この国、もたないんじゃねえかなあ。
皇帝がちょっとなんというか、やばすぎる……。
一言で言うならばアホだ。
さて結局話がついたらしく、
「エージ、あんたそこの奴隷叩き起こして隣の部屋で着替えてきなさい。服はその部屋にあるからね。こっちはこっちでばれない格好に着替えておくからさ」
とヴェルが言った。
……本気か、こいつら。
俺が適当に言っただけのことなのに……。
ヤバイことにならないといいけどなあ。
そう思いながら、ミーシアが再びローブで顔を隠すのを確認してから、俺は奴隷姉妹の身体をガックンガックン揺すぶって無理やり目を覚まさせ、隣の部屋で着替えることにしたのだった。
このちょっとした冒険が、今後この国の歴史を大きく――いや、劇的に変えることになろうとはまったく想像もせずに。
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