14 虚無の表情



 俺はこの表情を見たことがある。


 元いた世界の、会社の中。


 俺がちょっと好きだった事務の女の子。


 その子の祖父が長期間の闘病の末に、亡くなったときのことだ。


 事務の女の子はおじいちゃんっこだったらしく、その知らせを受けた女の子は携帯を耳にあてたまま同じ顔をしていた。


 感情の麻痺。


 悲しさ、怒り、諦め。


 見開かれた目、血の気のひいた顔色。


 それと同じ表情が二つ、俺を見ていた。


 絨毯に四つん這いになっている黒髪のロリ女帝ミーシア。


 その背中に馬乗りになってミーシアのパンツをおろし、今まさに主君の尻を叩こうとしていた金髪碧眼の女騎士ヴェル。


 その二人が、バスタオル一枚腰に巻いた俺を虚無の表情で見つめている。


 俺はというと、ヘラヘラした笑顔で二人にペコリと頭を下げ、ゆっくりと歩いてミーシアのローブの下にあったトランクスを取る。


 背中を向けてそれを履き、スラックスとTシャツも身につけた。


 そしてまた二人を見ると、ミーシアとヴェルはまだ無感情な顔でそんな俺を見つめていた。


 ……馬乗りスパンキングSMプレイの体勢のまま。


 いやだなもう。


 異性が着替えるところをじっと見つめるなんて、はしたない女の子たちだなあ。


 まあ俺はその女の子達のSMプレイをこっそり覗いていたんだけどなっ!



「えーと、あの……」



 何を話しかけたらいいかわからず、俺はキッサがやっていたように絨毯の上に正座する。


 ヴェルは主君であるミーシアの背中からゆっくりと立ち上がった。


 視線は俺に向けたままだ。


 ヴェルの瞳孔が開いている。


 無表情。


 そこからは、何を考えているか全然読み取れない。


 怖い。


 女騎士は赤いドレスのスカートをパンパンと手で払い、シワをのばす。


 十二歳女帝陛下も立ち上がり、下半身に手を伸ばして膝まで降ろされていた下着をあげる。


 すべてが静寂の中で行われた。


 ヴェルはやっと俺から視線を離して床にひざまずき、こうべを垂れる。


 ミーシアはソファに座ろうとして俺に背中を向けたが、おおっと。


 こりゃまずい、注意してあげないと。



「あの、陛下……パンツ、スカートを巻き込んでます、お尻見えてます」


「ひゃっ」



 短い悲鳴をあげてそれをなおすロリ女帝。


 うん、ヴェルが言っていたとおり、キュっとひきしまったこぶりなお尻で、いかにも成長途上の女の子って感じだった。


 とてもかわいらしい。


 あとパンツにはデフォルメされた兎みたいな動物の漫画チックな絵が描いてあった。


 いやあ、この国広しといえど、女帝陛下のうさちゃんパンツなお尻を見たことある奴なんて、ヴェルと俺くらいなものだろう。


 ヴェルはまあ女帝本人が望んだからいいんだろうけど、俺の場合は違うわけでさ。


 うんうん。


 つまり、俺、死刑、確定。


 ミーシアはソファに腰掛けると、背筋をのばす。


 王宮で見たのと同じような皇帝っぽい姿勢と表情。


 まあ確かにこうしてみると威厳があるようには見えるけどね。


 ロリ女帝は「こほん」と小さく咳払いをし、



「あの……見ましたか?」



 と俺に訊いた。



「いいええ! 全然!」



 俺は力強く首を横に振った。


 そしてとぼけて言う。



「え、見たって何がですか?」



 ミーシアはちょっと口ごもりながら、



「パ……パ、パンツとか……」


「全然! 見えませんでした!」


「子どもっぽいとか思いましたか?」


「うさぎさんは別に子供っぽくないですよ! むしろ日本では兎の格好をしたバニーガールとか大人の女性の象徴みたいなもんですし!」


「そうですか、見えましたか……」



 ミーシアは華奢な肩をさらに小さく縮こませて俯く。


 顔が真っ赤になっているのがわかる。


 うん、今の誘導尋問ですよね、そうです見ました!


 皇帝陛下の十二歳うさぎさんパンツ、見ましたよぉっ!


 そこに、ミーシアのそばで跪くヴェルが口を挟む。



「陛下、第八等ごときの者にお言葉をかけるべきではありません」


「あ、ああ、そ、そうだよね……」


「で、エージ」



 ヴェルが、感情も抑揚もない声で俺に話しかける。



「あんた、どこまで見たの」


「いや? なんにも? ほら、俺、ずっとシャワー浴びてたし」


「それにしては全然身体が濡れてなかったわよ」


「よく拭いたから!」


「じゃあ、見てないのね?」


「もちろん!」



 うん、そういうことにしといてください。


 その方がお互いのためだと思うんです。


 でも、ヴェルは性格上その辺うやむやにしたくない性質だったらしい。



「じゃ、あたしが陛下に不躾な行いをしていたのも見てなかったわよね」


「はい、もちろんもちろん!」


「いっとくけど、あれはあたしが陛下に反乱をおこしたとか、陛下を傷つけようとかしたわけじゃないからね、わかっているわよね、あれがそういうんじゃないってこと」


「もちろんわかってますよ! ああいうのは日本でもよく行われるプレイで……」


「やっぱり見てたのね」


「…………………………はい」



 観念した俺は素直にそう返事をした。


 すると突然、ロリ女帝が「やだぁ」と声をあげて、顔を両手で覆った。



「……もう私、生きていけない……」



 ヴェルは優しげな声でミーシアを慰める。



「大丈夫です、陛下。なかったことにすればいいだけのことです。陛下もあたしもなにもしていなかった。見ている者はいなかった。いたとしても……」



 そして冷たい目で俺をギロッと見て、



「いなくなればよい、それだけです。陛下、この場で処刑してもいいですか? それとものこぎり引き? 生きたまま家畜のエサ? ご裁可を」



 うん知ってた!


 そういう展開になるってこと、もう知ってたよ!


 許可を求められた女帝は、顔を両手で覆ったまま、



「な、なるべく痛くない方法で……してあげなさい……」



 と言った。


 いやあ、さすがロリ女帝様、おやさしいなあ。


 こういうとこ一つとっても、憐れみ深いお人柄が伺えます!


 そうだよね、死刑は人道的に行わないとねえ。


 痛くないように、苦しまないようにね。


 女帝陛下はいい子だなあ。


 うんうん。


 って駄目じゃん!


 やっぱり俺死ぬんじゃん!


 で、俺が死ぬってことは同時に部屋の隅っこで寝ている俺の奴隷、キッサとシュシュの姉妹も首輪の術式により死ぬわけで。


 俺以下三名、女帝陛下と騎士様の倒錯SMプレイを見たとがで死刑に処される。


 残念、俺の冒険はここで終わってしまった!


 とか言ってる場合じゃねえ!


 俺はキッサがさきほど俺にしたのと同じように、両手を床につき、がばっと土下座をした。


 そして、



「陛下! はっきり申しまして! 陛下とヴェル卿のプレイ、全然まだまだでございました!」



 と叫んだ。

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